眼鏡さんこと、来條さん
4.
太陽の光が大地に力強く届く。暑さを感じる日が多くなっていた。ぽつぽつと綿あめのような雲が浮かんでいる。
「ここなの世界の空って、やっぱり僕のところと一緒なんだね」
緑あふれたここなの世界の空を見上げる。
二つの世界の共通点。遠くの大きな山や森林、そして空。だけど気温はここなの世界の方が涼しい。自然の量が関係しているのだろう。
休日はいつも僕の世界を案内していた。だけど今日の僕たちは、ここなの世界にいる。来條が僕と話をしたいと申し出てくれたからだ。僕も来條とゆっくり話をしてみたかった。
「お待ちしていましたよ。ここなさん。結人さんもご一緒ですよね?」
僕はここなに手を差し出し、僕の姿を映してもらう。
「おや、やっぱり。こないだ一瞬見えた姿は結人さんだったようです。やはり玲人さんに似ていらっしゃいますね」
来條が優しい顔で僕に微笑みかけた。
「父をご存じですか?」
「ええ。玲人さんには大変お世話になっています。さぁ、どうぞ。今日は私の部屋でお話することにしましょう」
来條がそう言って、集会所の奥へと歩き出す。僕らはその後に続き、歩き出した。
来條が通してくれた部屋はとてもシックで落ち着いた内装の部屋だった。
床は落ち着いたこげ茶色の石が敷き詰められていた。ガラス窓の向こうにはちいさな中庭が見える。壁は真っ白ではなく、くすんだ黄土色。家具は黒や茶色を基調したもので揃えられている。
部屋の奥には来條がいつも座っているのであろう立派な書斎机とチェアがある。その前に置かれた向かい合わせのソファに僕たちは案内された。
集会場、ここなたちの住居スペース。そして、来條の私室。それらの全ての部屋を見て、僕は改めて確信した。全てにおいて、木材を用いていない。
ここなも僕の世界にある『木製のもの』を見る度に『初めてみた』と言っていた。
「やっぱり、こっちの世界って『木』を使って造ったものが無いんですね」
僕は来條の部屋を眺めながら言う。近未来的でハイセンスな印象を受けるのは、そういうのも影響しているのだろう。
「そうですね。特別に持ち込まれたもの以外は存在しません。木は私たちの技術では再生させることができないので、劣化したら廃棄することになってしまいます。それではいくら自然があってもいずれ足りなくなります。
その代わり、鉱物などであれば、修復できる技術がありますので、リサイクルできます」
ここなの世界は自然が豊富に溢れている。それは環境保全を徹底しているということでもあるのだろう。
「何か飲まれますか?」
来條が簡易的なキッチンに歩いていく。
「結人くん、何が飲みたい?」
「え……っと」
「ご遠慮なさらず。結人さんは初めていらしたので、好みのものがあるか分かりませんが」
僕は何がいいだろうかと考えた。無難なところでお願いしよう。
「そしたら、冷たいお茶をお願いします」
「じゃあ、私も結人くんと同じものが飲みたいです」
「分かりました」
来條が飲み物の準備をしてくれる。
ガラスのコップに入ったお茶を二つと、ティーカップを盆にのせて戻ってきた。
「ありがとうございます」
来條は僕たちの前にお茶を出した後、向かいの席にゆったりと座った。
「どうぞ」
お茶を勧めてから、ティーカップを口に運ぶ。その様子が、いつもアパートの自宅で見ていた来條の仕草とそっくりで、僕はじっとその様子を見てしまった。
その僕の視線に気付いた来條が僕を見て、詫びてくる。
「私は季節関係なく、いつでも温かいものが好みなんです。一人温かいもので申し訳ないですね」
「あ、そうじゃなくて……」
「うん?」
来條の仕草から、『眼鏡さんはお茶タイム?』『何を飲んでいらっしゃるのかしらね。同じものを飲んでみたいわね』と話す母のことを思い出していたのだ。
「あの……。来條さんはいつも何を飲んでいるんですか?」
母に聞かれても答えることができなかったティーカップの中身。
「私はいつも紅茶ですね。収穫時期によって茶葉の味も変わるので、奥が深いのですよ」
来條がそう教えてくれる。これはさっそく帰ったら、母にも教えたい。
「あともう一人こちらに来る予定なのですが、まだ時間はあるみたいですね。それまでの間、私から話せることでしたら、お話ししましょうか」
「もう一人来る予定……ですか?」
「ええ、来たら紹介します。さて、結人さんたちの方から質問していただいた方が話しやすいですね。何か聞きたいことはありますか?」
「聞きたいことはたくさんあるのですが、まずは来條さんについて聞きたいです」
「私のことですか?」
「はい。実は…」
僕は幼い頃から来條の姿が見えていたことを話し出した。
来條は僕の話をニコニコしながら聞いてくれて、ここなも僕の話を楽しんでいた。話をしていて気付いた。
この部屋の家具の位置が、僕のアパートと同じこと。来條はずっとこの景色を見ながら過ごしていたのか。
それが分かると、これまで来條の存在によって悩まされてきた日々が払拭されるようだった。
「来條さんは神職という役職をされているんですよね。それってどんなお仕事なんですか?」
「そうですね。神職にもいろいろな役職があるのですが、私が担っているのは、家族たちからの相談を聞いて、助言する『傾聴者』っていう役職です」
「ここなが来條さんに質問した時、空の声を聞いているって言っていましたが、空の声ってどういうものなんですか?」
「私のような『傾聴者』は、相談してきた方に、《《その時だけ》》『アカシア』という媒体を使って、一番最適な助言をします。『アカシア』は、人間や動物などを含めたすべての生き物、また鉱物・植物などのすべての自然が、これまで積み上げてきた事象、体感、感覚をすべて記録したものですよ」
「そんな記録媒体が存在しているんですね」
「来條さん。そのアカシアはどうしたら読めるようになるんですか?」
ここなはアカシアに興味を持ったようで、興味津々な目をしていた。
「ここなさんはどうして、アカシアに興味を持ったのでしょう?」
来條はそんなここなの目を見て、質問に答えずに、聞き返す。
「ついこないだまで、自分の見えている世界のことしか知らなかったんです。だけど結人くんが見えている世界を知りました。その世界は本当に楽しくて、私が想像していなかったものがどんどん広がっていく。
自分でもよく分からないけれど、それを知りたいって思う気持ちが、ここ最近どんどん膨らんで、抑えられないんです。だからアカシアを読めるようになったら、いろいろなことをもっと知ることが出来て、理解できるのかもしれないと思ったんです!」
ここなは身を乗り出してワクワクするような顔で言う。だけどその反対に来條の表情は真剣になり口元は笑っていなかった。
「ここなさん。これまで私と関わってきた中で気付いていると思ったのですが、アカシアは万能ではありません。いいえ、アカシア自体は万能なのかもしれませんが、それを使う人によって差があります。
これまで、私がここなさんに聞くまでは知らなかった出来事もありましたよね?自身が知り得ないこと、知るには自身が足らぬとき、アカシアからもその記録を読み取れないんです。
つまりアカシアを読めるようになるためには、自身を極めないといけないのです。ただ知りたいという思いだけでは読めないのですよ」
「……そうなんですね」
ここながひどく沈んだ声で下を向く。
来條がここなに伝えたことは単なる興味本位で触れていいものではないといった牽制のようにも聞こえた。
それに来條は相談してきた方に助言するために、《《その時だけ》》使用すると言っていた。自分勝手にアカシアを読むこともできないのかもしれない。
「来條さんがアカシアを読めるようになるために自身を極めたっていうのは、どういうことをされたんですか?」
「ええ、それはですね。話すととても長くなりますね。それに関しては、玲人さんに大変お世話になった経緯もあります」
「え?父さんに?」
「おっと、その続きは俺も一緒に入ろうかなぁ~」
どこからか軽い調子の声が聞こえてきた。僕とここなはキョロキョロする。
「ああ。もう一人が来ましたね。紹介しましょう」
引き続き、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
異質な家族でもあった来條のことを知れた結人。
これからは自宅に現れる眼鏡さんへの思いも、より変わることでしょう。
そして、もう一人のお客さん。
それはもちろん。
次回、明日の更新は12時30分の予定です。
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