叡智と深淵の愛を舞え 13
「ははは……! 凄ぇなぁ……!」
「フヒヒヒ……マジで綺麗だね……スクショしとこ」
「本当にマスターしてきたのね、アオヘビ君」
春を表現する色とりどりの花が咲き誇るフィールドの中心で、魔法の刃と呪術の刃がそれぞれを打ち消し合う。風の刃は炎の刃によって打ち消され、雷の刃は毒の刃によって打ち消され、相殺した瞬間にアオヘビやティアラが叡淵のテンライに向けて息の合った舞で攻撃を仕掛ける。
現在の舞を鈴音の言葉で表すのならば、春の演目。春風に揺られる木のように舞う、純真さすら感じさせる舞だ。柔らかく、しかし大樹のような堅実さと穏やかさを思わせる舞。叡智の神人テンライの間合いでアオヘビの七支刀が舞い、深淵の竜人テンライの間合いでティアラの長剣が舞う。
ゆったりと、しかし少しでも動きを誤れば致命傷は免れない舞を踊る中で、時折叡智の神人テンライの刃がティアラに向く。深淵の竜人テンライの刃がアオヘビに向く。それをギリギリのタイミングでアオヘビが握る迎戟の短剣が風を纏う刃を弾き飛ばし、ティアラの長剣が雷の刃を弾き返せば、ペアが入れ替わる。
タイミングはランダムなのか、すぐに切り替わる時があれば、何度か切り結んでから切り替わる時もある。アドリブに強いアオヘビと、舞を完璧に踊り熟せるティアラだからこそ対応できているが、それが他のメンバーだったらと思うとぞっとしない。
そんな超技巧を見せつけるアオヘビとティアラの口元に浮かんでいるのは笑み。純粋に楽しんでいる時に浮かんでいる笑顔ではなく、あまりの難易度に対して思わず笑ってしまう時に浮かぶ笑顔に近い。竜の口を模した面の奥で、歪んだ笑みを浮かべるアオヘビの場合は三割純粋な楽しさ、七割笑うしかない状態。顔の上半分を隠す神を模した面を着けたティアラが浮かべる笑みの割合は九割九分笑うしかない状態だ。
そんな二人を眺めている中、不意に舞を踊る四人を囲うように空間が歪み、まるで霞から生み出されるかのように半透明の人型が現れる。その人型の数はおおよそ五十。全員が剣、刀、鉈など、様々な武器を握り、何やら面を被っていた。
「仕事、出てきたわね。舞の盛り上げ役ってところかしら?」
「ははは! 団長のダンスを眺めるだけだと暇すぎるって思ってたとこだ!」
「フヒヒヒ……! 主役を食い潰すような脇役を見せてあげようじゃないか……!!」
各々が武器を握り、笑みを浮かべる。アオヘビが開戦と共に叫んだ通り、この超高難易度コンテンツを最初から最後まで全力で楽しみ尽くしてやろうという笑みだ。
三人が半透明の人型――――宴の幻影と交戦を開始した直後、アオヘビの体に叡智の神人テンライの刃が突き刺さった。
食い縛りが強制発動されてなかったら即死だったぞこのアマァッ!!!
いやでも楽しいボスではある。超難しいけど、間違いなく良ボスの気配を感じさせる。運営はこのボスを生み出すために相当の時間を使ったに違いない。「リズム感が大切」、「滅茶苦茶強い」、「しかしぶっ壊れではない」を追い求めてなされた調整――――いわゆる勝てる理不尽、凄く難しいVRリズムバトルゲームを連想させる良ボスだ。ノーツは見えないから音ゲーとしてはクソかもしれない。
そんな事を考えながら、おしどり夫婦の刃をリキャストタイムが終了して起き上がってきたパリィングカウンターで弾き、ドラゴンロアで仰け反らせる。
「アオヘビさん、ご無事ですか」
「しにやすしにやす」
「冗談を話せるのならまだ余裕ですね」
この数十分で結構俺達の空気に順応してきたか、ティアラよ。ちなみに離脱の際は、ティアラとほぼ密着して踊るように離脱しないと追撃で死ぬ。ううむ、ほぼオワタ式。素晴らしきかな超高難易度。バグ、ラグ、当たり判定力学がないだけで、人はここまで高難易度を許せるようになる。
俺達が後退すれば、向こうも小休止だと言わんばかりに離れていく。おうおう、見せつけてくれんなァ、愛を拗らせまくってるおしどり夫婦よぉ……
「今のうちに回復を。ただし、舞を止めてはいけません」
「並列処理しろってことね。了解」
二分弱、春をテーマにした舞に対して金の舞と火の舞で対抗していたが、あんだけゆったりしてる舞に合わせられるもんだな。打ち合いは相克、離脱は相生。思考は止めるな。舞も止めたら間違いなくゲームオーバーだ。
「フラウヤ様様だぜ、全く」
HPが全損する一撃を喰らった際にHP1で生き残らせる、『食い縛り』を強制発動させるポーションが無かったら即死でゲームオーバーになってるところだ。ちなみにHPが最大の状態じゃないと発動しないらしいので注意だ。
普通に購入するなら数万(食い縛りのみ)、十数万ギール(食い縛り+αのオプションあり)すると笑っていたフラウヤに心の中で大喝采を送りながら、回復ポーションを一気飲みする。
「アオヘビさん、私の分のポーションは入用ですか?」
「いらんいらん。フラウヤのことだし、死にかけたら追加が飛んでくるだろ」
「信頼しているのですね」
「長い付き合いだからな」
いや本当に。俺を含めた七人は本当に長い付き合いだから。……まぁ、三年とかそこらだけどな?
回復も挟んで第二ラウンド開始……なんだが、周囲に変なのが出てきてるのが気になる。ソフィア達と戦ってるし。
「ティアラ、あれは?」
「この宴の記憶から滲み出た者達……過去の幻影です。祭囃子も……まだ数人しか現れていませんが、あそこに」
む、言われてみれば笛の音が聞こえる。その音がどこから聞こえてきているのかと視線を動かすと、面を被った半透明な人型が数名横笛を使って演奏をしている。まさかとは思うが、貴様ら最初からどこかにいたのか?
「ああ、追憶の獣みたいな」
「あれらよりも思念は弱いですが、認識は間違っていません」
何だかよく分からないが、ギミックということで間違いないな?
それはそうと、叡淵のテンライの勝利条件って何だろうな? ダンスバトル勝利ってわけじゃないだろうし、やっぱりこの舞を踊り切った後に何か特殊イベントを挟んで本番って考えた方がいいのか? 叡智テンライが扇を持っていないし……あれ、メインウェポンだよな? 腰に装備してるのに抜いてないし、あれを抜いてからが本番と見たね。
「よぉし、回復完了……もう一回行くぞ!」
「かしこまりました」
舞い踊りながらテンライに接近する。それに合わせて向こうも接近してくるので、金の舞を踊ろうとした直後――――時計が戦闘開始から四分経過したことを伝えた。
「回る、巡る、廻る。季節が動く」
「あ?」
季節が動く? ……ははぁ、そういうことね。
「ティアラ!」
「はい!」
テンライ達の動きに合わせて回転する。回り、踏み鳴らし、回り、踏み鳴らす。ぐるぐるとワルツでも踊るかのように回りながら地面を力強く踏み鳴らし、テンライの動きに注目する。季節が動いたという発言が来たとなれば、考えなくても分かる。次の演目、その季節は夏だ。その証拠に横笛のメロディーも激しくなり始めている。
「それは夏。想いが燃え上がり、運命と歩み始めた季節」
「夏の陽炎を纏い、想いは燃え盛り続けた」
ああ、これはまた情熱的な恋愛話を語ってくれるじゃないか。断片的にしか話してくれないが、お互いを見る目がとても熱っぽくて何だかいけないものを見ている気さえするぜ。
テンライ達が握る長剣が炎を纏い、彼らを中心に広がっていた花畑が青々と茂る草原へと変化する。この舞に関してはとても分かりやすくて助かるぜ……!
「お互い、水でいいからなぁ!」
まぁ、呪術の水は水というか氷なんだけどな。氷を纏った七支刀と、水を纏った長剣がテンライ達の長剣と激突すれば、春の演目と同じように属性相殺合戦が始まる。本来であれば相克が発生した場合、打ち消された属性は消えるはずなのに、テンライ達の炎は消えたそばからどんどん溢れてくる。まさに夏の暑さって感じだ。
ちなみに水の舞は流れるような感じ。こう……フラメンコよりかは神楽に近いんだけど、神楽とは似て非なるもので……流れに身を任せるように踊るのがコツ。これについては呪術の舞も魔法の舞も同じだ。金の舞と火の舞? 何かこう……あれだよ。金はがっちりと堅牢な感じで火(魔法)は轟々と燃え盛るキャンプファイアーみたいな感じ。鈴音姉さんがそう言ってた。
「ところでさぁティアラ!」
「何でしょう?」
「この面、今のところ全く効果を見せてくれないんだけどどうなってんの!?」
「舞を踊り切っていませんので、当然かと」
ああ、春夏秋冬を踊り切らないと効果が発動しない感じですかそうですか! そんだけ手間がかかるんだから破格の効果を期待してもいいよな? いいんだよな?
「って、油断も隙もあったもんじゃねぇなてめぇら! 節操無しかぁ!?」
不意に叡智テンライのタゲがティアラに向いたことで、深淵テンライのタゲが俺に斬り替わる。水の舞(呪術)を水の舞(魔法)に切り替え、打ち消しながら迎戟の短剣でパリィングカウンターを起動し長剣をかち上げて水を纏う七支刀で切り裂く。うーん、ダメージが入っている感じがしない。
「時折見せる春の残滓」
「それは友が揶揄うようで、何ともこそばゆく」
「は!?」
ちょっと泣きそうになりかけた瞬間、その涙が引っ込むような出来事が俺の目の前で起こった。おい、待ちやがれ……!
「前の演目をアドリブで捻じ込んでくるんじゃねぇよクソがァアアアアアアッッ!!!!」
思わずドラゴンロアを発動させてしまったが、風を纏った深淵テンライは止まることなく、俺の体に刃を深く沈めた。
「アオヘビさん!」
「持っててよかった食い縛りィ!!」
食い縛りを発動させながら深淵テンライの間合いから離脱すると、叡智テンライの舞から抜けてきたティアラが俺に合流する。ヤバイ、今のところ俺のミスでティアラの足を引っ張っている感じがするぞ。メインで戦ってる俺が戦犯とか笑えないからもっと研ぎ澄ませ?
「私もフラウヤさんのお蔭で首の皮一枚繋がりました」
「笑えねぇぜ」
「すみません」
「いやお前に言ってるんじゃなくてな?」
こうなってくるとあれだな……季節が変わったら、その前の季節の舞が飛んでくる可能性がある。それも考慮して戦わないといけないのか……ハッハァ、楽しくなってきたなぁ!! 楽しくなりすぎて涙が出てくるぜ。
「食い縛りポーションが足りるか心配になってきたな」
「私の分も使いますか?」
「使わねぇよ。っしゃあもう一回行くぞオラァ!!」
アドリブがなんだ! こちとらロボだろうがミリタリーだろうがファンタジーだろうがゴアだろうがほぼアドリブと変態ビルドで突破してきたゲーマーだぞ!! 多少のアドリブ程度突破してやらァ!!
なんて意気込んでから数分後、季節が秋へと転じた。食い縛りポーションは使っていない。大きな進歩と褒めてほしい。夏から秋に変わる季節の変わり目という独特のテンポを持った舞に対応できたんだ。誰か褒めてくれ。
季節が変わる時にテンライ達がまた何かあれこれと話していたが、秋には結婚したんだってさ! それはおめでたいことだよな! 心なしか指輪も輝いてますね! おめでとう、そして死に晒せ!!
「それは夏の残滓」
「情熱が燃え盛り、一つの命を宿す」
ご懐妊ですかそうですかおめでたいこった! 何だかよく分からないが火の舞が来たので水の舞で対抗。今回は叡智テンライのままなので水の舞(呪術)で対抗する。ぎゃああああ速い! 夏の演目はマジでテンポが速いって!秋になってちょっと落ち着いたかなぁって思った直後に叩き込まれる激しい舞は中々対応が難しい。だが耐えたぞゴラァ!!
「木々が赤く染まる中、初雪が降る」
「もう一つの命を抱え、乾いた空を見る」
「季節の先取りはファッションだけで結構だが!?」
春と夏が四分で終わったから秋も四分で終わると思ったんだが、いきなり季節の先取りが来た。いや待て、これはまさか季節の変わり目か!? 夏から秋に変わる時にやっただろうが!? だがテンポがダウンしている冬の演目になら対応しやすい! 土の舞で氷の刃を打ち消し、すぐさま秋の演目に合わせて火の舞を繰り出す。忙しくて楽しいなぁ!
んでもって、季節の変わり目の演目が来たということはだ。時間的にも――――!
「回る、巡る、廻る。季節が動く」
「そら来たァ!!」
季節が変わる合図だ。回れ回れ! 踏み鳴らせェ!!
「それは冬。万物が動きを止める、冷たい季節」
「寒空の中、我らは命の鼓動に想いを馳せる」
もしかしなくても子煩悩か? まだ妊娠何ヶ月ですかって話なんだが? いや、もしかして一年の春夏秋冬じゃなくて何年かの春夏秋冬なのか、これ。……考察は考察勢に任せる! 俺はそういうの苦手だ!
「水には土!」
「私も土ですね」
数十分も踊ってれば大分余裕も出てくるもので、ティアラの口元に浮かんでいた笑みも笑うしかないって感じじゃなくなってきている。まぁ、まだ七割くらい笑うしかないって感じだけど。
そんなことを考えつつ氷を纏う刃を土の刃で相殺。春よりもゆったりと、しかし秋よりも鋭く冷たい冬の演目に合わせて舞う。相手の舞とは違う属性の舞をやっているはずなのに、どうして噛み合うのかが不思議だ。
「ティアラァ!」
「何でしょう?」
「楽しめてるか!?」
「――――――――少しは楽しめているかと……!」
「それはよかった! もっと楽しんでいこうぜ!!」
このダンスバトル、楽しんだ方が勝つと俺は見たね! まぁ、もちろんゲームとしてはギミックをクリアすることで勝つものだけどな?
「…………ええ、そうですね」
そう言ってティアラが突然舞を切り替えた。先程まで魔法の舞をしていた彼女が舞うそれはまさしく呪術の舞。女性らしさよりも男性らしさを感じさせるその舞を見た瞬間、俺も舞を魔法の舞に切り替える。
「では、私達も好きにやりましょう」
「はははッ! アドリブは先に言ってくれると嬉しいなぁ!」
「すみません、興が乗りました」
「謝ったからノーカウント!」
何だかこの数十分間で神経が図太くなっている気がしてならないティアラに合わせて舞う。気付けば演奏者も増えており、横笛、鼓、琴、縦笛、三味線など和楽器が勢揃いだ。
「さぁて……そろそろ季節が一巡するぞ……!」
「アオヘビさん」
「ん?」
季節が一巡する数秒前、ティアラが俺に声をかけてきた。もちろん舞は止めずに。何か重要なことでも話すのかと耳を傾けると、こんな状況でなければ見惚れてしまうような素敵な笑みを浮かべて、言った。
「耐えてくださいね」
何に? と言う前に季節が一巡する。回り、踏み鳴らし、季節が一巡した。雪景色が一変し、花畑が広がる。
それと同時に、俺が装備していた憑竜面から炎を噴き出し、俺の顔を覆い隠した。
「うおおおお!!?」
熱くないけど何も見えねぇ!? 炎が邪魔過ぎる!
思わず装備を外したい衝動に駆られながらも、それを必死に抑えて炎が消えるのを待つ。その際にふと、俺のHPがどんどん削れていることに気付いた。リジェネでギリギリ相殺できているが、心臓に悪い……!!
『季節が巡り、竜と神の面に力が灯る……』
『その面は、身に着けた者に加護を与える』
『竜は炎を。神は雷を。それらは竜と神にはまだ遠い』
『しかし、確かに竜と神に近付いた』
そんなナレーションが頭の奥で聞えた後、炎が収まり、俺は何が起こったのかを確認しようと舞いながら目を動かす。……何も起こってない? いやあんな演出があったのに何もないはないだろう。そう思った矢先。
「これで第一段階は終了ですね」
ティアラの姿に凄く違和感を感じた。……エルフの綺麗な容姿、というよりもさらにこう……人間ぽくなくなってしまったというか……何か、叡智テンライに近付いたか?
「季節が一巡したことで私達は竜と神の力、その一端を身に宿した。もちろん一時的なものにはなりますが」
「そうか。……ん? ティアラは神の面だよな? ということは……」
「はい。アオヘビさんも竜に近付いたことで瞳が変わっていますよ。目元にも竜の鱗が生えています」
分かりにくい変化だなぁおい! けど確かに心なしか力が湧いてくるような気がする。気のせいかもしれないけど。
「さて、ここからは……春夏秋冬を行ったり来たりしますし……彼らの動きは更に洗練されます」
「問題なし!」
「頼もしい限りです」
テンライ達的には春夏秋冬を一巡するまでがチュートリアルって感じだったのだろう。心なしか向こうもどこか楽しそうというか……うん、とにかくキレが上がりますと言わんばかりの殺気が飛んできている。あとはまぁ、挑発みたいなのも感じる。「この程度では死にませんよね?」みたいなそんな感じのやつ。
「やってやろうじゃねぇかおしどり夫婦!!」
愛情拗らせてるやつに負けるほど俺は、俺達は甘くねぇんだよォ!!
宴の幻影
挑戦者×10の数現れる。レベルは平均レベルを参照。