叡智と深淵の愛を舞え 1
自然闘技場によって行われたレベリングによって、プレイヤーレベルが50、職業レベルが28と10。合計レベル88へと辿り着いた。レベリングのしやすさは、どのゲームよりもあるかもしれないな、リヴライン。ただ、これだけレベリングしやすい環境があるということは、ちゃんとステータスを上げていないとクリアできない高難易度が待っているのでは……? と勘繰ってしまう。現に、カリュドーンとかとんでもないレベル差があると思うし……そもそもレベルキャップの解放ってどこでやるんだろうか。
「……前から思っていたけど、アオヘビ君って結構鍛えてるわね」
「ん? なんで分かるんだよ」
「うーん……姿勢の良さとか、体幹の強さとかかしら。アオヘビ君、私がぶつかってもびくともしないし」
本当によく見ている。今主流となっているVRゲームもとい、フルダイブゲームはベッドなどに寝て仮想世界で遊ぶので、ディスプレイ型ゲームよりも筋肉が衰えやすいとされている。実際、フルダイブゲームをプレイする時の注意事項として、適度な運動を心がけましょうという項目があるくらいだ。さらに言えば、自分の体の調子がダイレクトにゲームプレイのクオリティに直結するので、プロゲーマー達もジム通いしている人が多いと聞く。
俺の場合、ある程度の運動だけではなく、踊りとかもやったりするので体幹と柔軟のトレーニングは毎日怠らずに行っている。そうじゃないと鈴音姉さんの抜き打ち伝統芸能の踊りチェックで地獄を見るので。それに、体幹トレーニングや柔軟を行っていると、ゲームをやっていていいことが結構あるのだ。人間の体がどこまで曲がるのかとか、どんな動きをするのかとか、どんな姿勢になると崩れやすいとか、どんな姿勢でいると崩されにくいのかとか、色々分かってくるのだ。
「ま、色々やってるからな。……よし、生姜焼き完成。副菜も余熱で火が通っただろうし、詰めるか」
夕方のはずなのに馬鹿みたいに暑い現代社会から切り離されたかのように涼しいソフィアの部屋のキッチンで作っていたのは、豚ロースの生姜焼き。昼に食べたレバーのパテは熱湯消毒を行った瓶に詰めたので、明日の朝も食べられる。副菜はサラダとひじき煮。あと小松菜の煮浸し。ほうれん草より癖が無くて好きなんだよな、小松菜。
「本当に手際良く進めるわね」
「慣れたらこうなるぞ。意外と楽しくなってくるし。……まぁ、仕事で疲れて帰ってくることが多いであろうソフィアには一ヶ月の食事が届く通販もオススメしよう」
老若男女問わず――――特に若い人達から――――人気を博するソフィアこと天羽星羅も一応女子高生のはずなんだけどな、と思いながらも一食分ずつ小分けしてタッパーに入れて冷凍室に放り込んでいく。こうしておくことで、弁当に入れた時に保冷剤代わりになる。もちろん保冷材も入れるけど、外側だけじゃなく内側からも保冷できるのだ。
「あ、これ両親が使ってるわ」
「ならもう一人分頼んでもらえば? 送る場所分けることできたはずだし」
少し大きめの皿に生姜焼きと副菜とご飯を盛りつけていく。洗い物をどれだけ減らせるかも家事の腕の見せ所だ。洗い物が減れば、ゲームをする時間が増えるのだから、どれだけ負担を減らせるのかを考えるのはゲーマーとして突き詰めねばなるまい。ちなみに汁物はわかめと豆腐の味噌汁。
「よし、食べようぜ。食べて色々済ませてリヴラインだ。ところで近くに銭湯とかあるか?」
「あるけど、うちのを使っていいわよ。ところでアオヘビ君」
「よし、銭湯行ってくるわ。それで、どうしたソフィア」
「蛇ノ目鈴音って、あなたのご家族?」
味噌汁を一口含もうとした手が止まる。いきなり我が自慢すべき姉の名前がゲーム仲間の口から飛び出たら、そりゃあ驚くに決まっている。
「二番目の姉だが、それがどうした?」
「私、次の仕事でダンスに合わせて歌うんだけど……って、耳栓まで持ってきてるのね」
「悪いなソフィア。俺は守秘義務をしっかり守るタイプなんだ。あとこれ睡眠用」
何が飛び出て、俺が口を滑らせてしまうか分かったものではないのだ。対策くらいはするぜ。
「さすがに守秘義務が発生するようなことは話さないわよ」
「次の仕事について一般人に話してる時点で――――」
「SNSで公開してる情報よ、これ」
なら問題ない……か? お、我ながら上手くいったな生姜焼き。七味マヨネーズが意外と合うんだよなぁ、生姜焼きって。ご飯のお供にピッタリすぎる。
「そのイベントの参加者に蛇ノ目って名前があったから、気になったのよ。アオヘビ君の苗字って、蛇ノ目でしょ?」
「だな。ダンスを極めてる二番目の姉さんだよ、蛇ノ目鈴音は」
マジで凄いんだよ、うちの姉も兄も両親も。話をすれば何時間も話せるが、自重しよう。ソフィアが話しているのは、鈴音姉さんが話していたエキシビジョンなるものについてだろう。ちょっと行儀が悪いが、スマホで確認してみる。
……ふぅん……色んなダンスが披露される文字通りスペシャルな祭なのか。お、露店も出るとか結構大きくやるんだ……で、ダンスはブレイクダンス、ストリートダンス、クラシックな社交ダンスなど……お、主な出場者も掲載されてる。…………うんうん、姉さんの名前があるよ。ただ、当たり前だけど、それ以外の人の名前は知らないな。
「それで? 君は参加するの?」
「そんなことしてる暇があるならリヴラインで遊びます」
「まぁ、そうなるわよねぇ。私もこの日、イベントが無かったらフルでリヴラインにいるつもりだったのに」
さすがゲーマーのソフィア。仕事よりもゲームをしたいと言い切るとは。
「最近なんて写真集の仕事なんかも来るし……マネージャーさんが精査してはくれてるけど、あんまり好きじゃないのよね」
「まぁ、ソフィアは美人だし、そういう仕事が来るのも仕方ないんじゃねぇの」
む、米が無くなった。配分をミスってしまうとは……久しぶりにやらかしたな……キャベツを主食にして生姜焼きを食べるか……うん、悪くない。にしても写真集ねぇ。
「夏服とかか?」
「興味あるの?」
「いや全く」
「じゃあどうして聞いてきたのよ」
「聞いてみただけだけど」
うん、ひじき煮もほぼほぼ完璧。ご飯に混ぜても美味しいんだよなこれ。
「で、リヴラインの話なんだけどさ」
「凄い勢いで話を転換したわね」
興味のない話はすぐに終わらせるのがセオリー。テストも課題も全部、面倒な問題から終わらせるのが楽でいいのだ。しかも今はソフィアもプライベートの時間なんだし、仕事の話をすることもないだろ。俺としても訳の分からない業界の話を聞いても疑問符を浮かべることしかできないし。
「フラウヤとヘイズを連れてテンライ達に会いに行ってもいいんじゃねぇかな」
「そうね。クエスト共有があるけど、やっぱり会って話を聞いた方がいいもの」
こういったフルダイブゲームは、ディスプレイゲーム以上にNPCに会って話を聞くか聞かないかとでは本当に没入感が変わる。しかも報酬も変わったりする。効率重視とか言ってNPCを無視して色々手に入れた後にクエストを受けると、名もない誰かが達成してくれたことになって報酬が手に入らないことがあったりするのだ。クエスト共有という有能なシステムが存在するリヴラインでそれが起こるとは思えないが、ヘイズとフラウヤには、ぜひあの人間味に溢れていて愛を拗らせている二人に会って話をしてもらいたいね。
にしても、本当にリヴライン――――ゲームの話をすると俺達は止まらないな。夕飯を済ませて食器を洗いながらもゲームの話をしている。夏のアップデートが数回あるとか、細かいグラフィックやモンスターの鳴き声などの修正というちょっとおかしいサイレント修正とかをやるヤベー運営だとか色々話しているだけで凄く時間が持っていかれる。
「よし、洗い物を終わらせたところで行くか……銭湯」
「うちのを使っていいって言ってるじゃない」
何だかんだ言って女性の家の風呂を使うのって勇気がいる行為なんだよ言わせるんじゃねえ! 近くに銭湯があるとは聞いてるんだ、少し歩く程度で――――
「あっづ!?」
そう思っていた時期が、俺にもあった……熱風が俺の顔を撫でた瞬間、俺の外に出ようという気力は消し飛ばされてしまった。そういえば、今日は熱帯夜になるから、エアコン付けっぱなしとかにして暑さ対策をしろっていう話をニュースでやっていたような気がする。確かにこの凄まじい蒸し暑さで外に出るような愚行を犯すのは間違いなく悪手……………………うん。
「ソフィア」
「何?」
「風呂、借りていいか……?」
「いいって言ってるじゃない」
こんなクソ暑い中外に出られるか! 俺は涼しい場所に居座らせてもらうぜ! まぁ、土曜日には帰るんだけど。




