この状況でラブコメに発展しない男と女
マジかこいつらという視線を向けながらお読みください。
「適当にくつろいでちょうだい」
「先に食材冷蔵庫に入れるわ」
ソフィアこと天羽星羅に連れられて、凄く高そうな部屋に案内された。広い。うちのリビングくらいの広さだ。んで、寝室とかも考えると……凄く広いな。家賃が怖い所だ。……そういえば何気に異性の部屋に来たのって初めてかも。姉さん達? あれは例外だろ。
そんなことを考えているのはおくびにも出さずに、冷蔵庫に食材を放り込んでいく。しかしながら、あれだな。思っていた以上に冷蔵庫の中が空っぽだ。冷凍庫には冷凍食品がいくつか入っているくらいで、なんとも生活感の無い冷蔵庫だ。今を輝くシンガーソングライターにして高校生の冷蔵庫か? これが? もう少し総菜類も買っておくべきだったかな。
「作り置きもしとくべきか……」
きんぴらごぼうとか、ひじき煮とか。あといくつかの常備菜……うわ、冷凍庫に見たことがない食材がある……なんだこれ……あ、英語がある。何々……ジャックフルーツ? ドリアンのような気配がするが、どうなんだろう。食べたことがないから分からない。
「アオヘビ君」
「何だよ自炊できないガール」
「自炊はできるけどそこまでしないだけよ。って、そうじゃなくて。メールの話、何があったの?」
「メール通り、としか言えないんだよな……」
花を添えて手を合わせたら二人目のテンライが現れて、愛を拗らせていることを教えてくれた。あと、叡智テンライにハードなダンスレッスンをしてもらった。深淵テンライはヘタレ拗らせ竜人。そのうち魔法の舞を教えてくれると信じている。
マジでこれに尽きるんだよな……悲しいことに。お、コーヒー豆あるじゃ――――ブルーマウンテン!? いやはやこんなところでお目にかかれるとは……バイト先でも使ってるコーヒーだけど、美味しいんだよなぁ。最近の技術でカフェインレスコーヒーにもブルーマウンテンとか、ハワイアンコナとか、色々あるし。なお値段。お小遣いが死ぬので中々手が出せていない。
「ソフィアー、コーヒー飲むか?」
「その機械使っていいわよ」
「いや、大丈夫。持ってきてる」
「……その鞄、どうなってるの?」
このちょっと小さい鞄だが、色々入るんだぜ。二リットルのペットボトルが五本入るくらいの要領を誇るコンパクト鞄だ。去年の誕生日プレゼントとして兄さんに貰ったが、凄く使い勝手がいい。紅兄さんありがとう。彼女さんの誕生日の時のバースデイケーキは俺と一緒に作ろうな。黒焦げになったのはいい思い出だけど苦い思い出だな。
コーヒーをゴリゴリと挽きながら、お湯の準備も行う。使う豆は俺が持ってきた豆だ。ブルーマウンテンを使うなんてとてもとても……挽き終わったのと同時ぐらいに、お湯の準備も完了したので、早速コーヒーを淹れていく。うーん、いい香りだ……兄さんや姉さんに手で入れるコーヒーを飲ませるわけにはいかないが、ソフィアみたいなよく店で俺のコーヒーの実験台になっている者には飲ませることができる。まだ店長のコーヒーには程遠い、妙に美味しくないコーヒーを飲むがいい……
「まぁ、飲みながら話すよ」
「ありがと。……相変わらず苦いわね」
そんな凄く苦いコーヒーを好き好んで飲んでる人がなんか言ってるよ。では俺も一口……うーん、美味しくない。何て言うんだろう……コーヒーとしてちゃんと香りは立っているし、コーヒー特有の苦みもある。けどそれだけなのだ。機械で淹れた方が美味しく感じる。アイスコーヒーにしているせいとか、そういうのじゃない。店長の味には程遠い存在なのだ。
「さて、一息ついたところで、もう少し詳しく話してくれる?」
「詳しくって言ってもなぁ……PKクランのメンバーに襲われた後、ハウリングビーに花摘みしていいかとか聞いたくらいなんだが……」
「PK……ああ、鬼刃道? ローニンと出会ったのもそのクランが原因だったかしら?」
「そうそう。初心者狩りやってたやつ。どうなったんだろうな」
「一回死んだから、とんでもない負債を背負わされたと思うわよ」
曰く、カルマ値が高いプレイヤー程凄まじい負債を背負わされるらしい。PKを行ったり、NPCを殺害したり……そういったよろしくない行為をする度に、カルマ値が上がり、PKKされた際に負債を背負わされるそうだ。
「初心者狩りばっかりしていたとなると……億単位の負債じゃないかしら。きっと素寒貧よ」
「億か……ウォーローグのワンマガジン、それか格安ジャンクパーツ程度か。うーん……二回勝てばすぐだな」
「基準が狂ってるわよ、戻ってきなさい」
おっと、いけない。そのうちBMWにもログインしないとな。ランキングがどうなっているのかは見たいし。――――まぁ、一位、二位、三位は絶対不動の超絶エンジョイバトルジャンキーとカスタマイズジャンキーと話を聞かないバトルジャンキーが取っているだろうが。あいつらはBMWから抜け出せない呪いがかかっておられるので、リヴラインには来ないだろう。というか本人が別ゲーに浮気しないと断言してる。
「話を戻しましょう。テンライの二人目と会ったのは、神殺しの霊碑なのよね?」
「ああ、そこはメールに書いた通り」
「私がテンライと出会ったのも神殺しの霊碑でのことよ」
「ん? そうなのか」
「ええ。ただ、花は添えなかったわ」
ソフィアの話だと、ティアラからクエストを受けた後、戦闘を行わずに神殺しの霊碑に訪れ、手を合わせたら突然あの空間に飛ばされたらしい。そして、叡智テンライと軽く話をしたら『叡智の空にて愛を知る』というクエストが発生したということがそうだ。
俺の場合、戦闘を行わずにハウリングビーの縄張りで花を摘んで、神殺しの霊碑に手を合わせたら深淵テンライに出会い、クエスト『深淵の地にて愛を知る』が発生した。それを受注した後、深淵テンライと一緒にあの空間に飛ばされた。そして軽く話をして、何かよく分からない情報を与えられたり、深淵テンライがヘタレていたり、夫婦の愛が拗れていたり、色々話されたが――――
「ソフィアよ、俺は思ったんだが……」
「ええ、なんとなく言いたいことは分かるわ」
あらそう? なら一緒に行きましょうね、せーの。
「「誰が分かるかこんな発生条件!!」」
解放した叫びは防音材によって吸収されて近所迷惑にはならない。さすがシンガーソングライター、いい部屋使ってますわ。
「そもそもおかしいんだよ! 戦闘せずにあそこに辿り着けって! 狩るだろ、見たことないモンスターいたら!」
「そうね。そして戦わずに向かった私達は奇特な人間ということね」
「それはそう。俺は紙装甲タンク、ソフィアはエンチャント剣士。……ソフィアの方がまだマシじゃねぇか!?」
「あら、今更ね」
けど同じ穴の狢であるのは知っているのでセーフセーフ。そもそも付与魔術師の解放条件が変態すぎるし。俺とソフィア、仲間。怖くない。同じ穴の狢。
「まぁ愚痴は置いておいて……どう思う、アオヘビ君?」
「二人のテンライのクエストをクリアして、ようやくあの二人と戦えると思う」
「やっぱり、そう思うわよね。私もそう思ってたわ」
しかし、俺は引っ掛かっている。テンライ――――あの夫婦が言った、呪いという言葉。中途半端に手に入れた、という言葉が凄く気になっているのだ。七人のグループチャットにぶん投げておいたので、恐らくフラウヤが何とかしてくれるだろう。頼んだぞ、歩く図書館並みの知識を詰め込んだ同人作家。読書感想文に付き合ってくれた時は本当に助かった。
「そうなると……ヤバくねぇか?」
「そうね。きっとヤバいわよ」
俺とソフィアの口元に思わず笑みが浮かんでしまう。俺達は難しければ難しい程心が踊り、逆境であればある程楽しくなってくるタイプのゲーマーである。高難易度? 難易度ルナティック? 絶対に勝てないくらいに強い存在? どんとこい。連続でやってきたらさすがにぶちギレるが、段々とやってくる分には最高だ。楽しくなってくるのでぜひぜひ。
「叡智テンライは二刀流だったよな?」
「そうね。そして深淵テンライもきっと二刀流ね。舞をメインに戦闘するタイプだとして、きっと強敵よ」
「それはそれで楽しみ」
ああ、これはヘイズとフラウヤを除いた三人に自慢できるぞ! あいつらも高難易度バッチ来いタイプだからな。きっと悔しがるだろうなぁ……! こりゃ急ピッチでレベリングとダンスをマスターしないといけないな!
「ワクワクしてきたらなんか腹が減ってきたな」
「何か作る?」
「んじゃあ約束通り俺が作るよ。米炊いてる?」
「パンならあるわよ。フランスパンだけど」
んじゃおまけしてもらったレバー使ってパテでも作りますかね。




