7話 真剣な表情で見つめられて目をそらしたいけどそらせない
「えぇぇぇえっ! け、結婚!?」
月曜日の朝、更衣室で中山先生と原先生に遼太との結婚が決まったと報告したらものすごく驚かれてしまった。
そりゃ、そうだよね。
遼太が浮気しているかも? って先週まで悩んでいたのにいきなり結婚って……。あまりの急展開で自分でも信じられない。
なんだか、まだ夢のように感じている自分がいる。
「すぐにってわけじゃないのよ。学年の途中で名字が変わるのもなんだし、籍を入れるのは一応六年生を卒業させてからがいいんじゃないかって話しているんだけど……」
「じゃ、じゃあ、春休みに入籍デスか?」
「そ、そうなるかな……?」
遼太の浮気は勘違いだったことも話した。中山先生は『スミマセン』って小さくなっていたけど、とんでもない。
遼太を信じられずになにひとつ聞けなかった私が悪い。それに、何があろうと絶対に離れたくないっていう強い気持ちに気が付けたのは今回の浮気騒動のおかげだ。
「この度は本当にお騒がせして……ゴメン……二人とも心配してくれてホントにありがとね」
目じりにじわりと涙が浮かんでくる。このひと月、二人はふさぎ込む私を励まし続けてくれた。最高の同僚で親友だ。
「ホント……ありがとう」
「今井センセイ……良かったぁ……」
中山先生が私をギュッと抱きしめてくれた。
「ホントにオメデトウゴザイマス」
「中山先生……」
心配させてゴメン。
私も中山先生の細い体を抱き返す。
「もうっ、朝から泣かないの! 今井先生! おめでとう!」
抱き合う私たちに原先生もガバッと抱き着いた。
泣くなって言っている原先生の瞳にも涙が浮かんでいる。
「えーん、良かったよー! 今井センセー!」
更衣室のドアが開いて養護教諭の山下先生が颯爽と入って来た。穏やかで大人な山下先生。三十八歳、アラフォーのシングルマザーだ。
「あら? 朝からにぎやかねー、何の騒ぎ?」
「結婚デス! 今井先生が結婚するんデスよ! 山下先生!」
中山先生の言葉に山下先生は大きな瞳をさらに大きくして驚いている。
「え? そうなの? 今井先生おめでとう、イケメンのいとこのカレシよね? 結婚式はいつ?」
山下先生はロッカーに荷物を入れると、壁際に置かれたベンチに腰掛けた。
「それが……」
私も山下先生の隣に座る。
実は入籍を決めたものの式に関しては悩んでいるのだ。
「あの……山下先生、いとこ同士で結婚式って……してもいいんでしょうか?」
「え? どうして?」
「だって、なんだか遼太の職場の人とかに変に思われないかな? とか心配で……」
親戚同士の結婚なんて遼太のようなお堅い職場の人には受け入れられにくいんじゃないかって変に邪推してしまう。遼太の足を引っ張るようなことはしたくない。
「別に悪いことをしているわけじゃないんだからそんなに心配しなくても……。大丈夫よ、今井先生、いとこ同士の結婚式なんて工夫次第でどうにでもなるんだから」
山下先生はにっこりとほほ笑んだ。なんだか余裕を感じさせる表情だ。
「あの、山下先生はいとこ同士の結婚式に詳しいんですか?」
「ええ、私の妹がいとこと結婚したの。もう、十年位前だけど結婚式もしたわよ……当時の話、しようか?」
山下先生の妹さんが……?
こ、こんなに近くに話を聞ける人がいたなんて!
「是非! 是非、詳しくお話しを聞かせてください!」
私は山下先生の腕をガシッとつかんで頭を下げた。
やっぱり持つべきものは頼りになる同僚だ!
金曜日の夜、私は遼太の部屋にいた。明日は、朝から小学校の近くの物件を巡る予定なので今夜は遼太の家にお泊りだ。叔母さんは夜勤なんだって。
「リカ、嬉しそうだな」
ラグに座ってお茶を飲んでいたら風呂上がりの遼太が部屋に戻って来た。
そりゃ、久しぶりのお泊りだし、それに話したいことが沢山あるのだ。
「じつは……山下先生に、いとこ同士の結婚式についていろいろ聞いちゃった!」
「そう……」
遼太は私の隣に座ると目を細めて甘い視線を向けてくる。
「……な、何?」
「いや……嬉しいなと思って、リカが結婚式に前向きになってくれて。山下先生に色々教わって安心したのかな?」
「うん、山下先生の妹さんもいとこ同士で結婚式をしたんだって。上手な席次表の作り方とか教えて貰ったんだ」
山下先生の話はすごく参考になった。
遼太はふーん、とうなずくとベッドに寄りかかった。
「そうなんだ……ま、俺も高橋に聞きに行ったりしたけどね」
「え?」
高橋君……?
「あいつ今ブライダル担当らしいから」
それで、あの日遼太はキャナルにいたんだ……。
恐るべし、遼太。マメな男はすでに結婚式のリサーチまでしていた……。
「ねえ、リョータ、高橋君……元気だった?」
高橋君とは大学一年の夏に分かれて以来、一度も会っていない。
自分が彼にした事を想うと今でも胸が痛む。
「ああ、高橋は二年前に同じ職場の同僚と結婚してさ、この間、双子の女の子のパパになったんだよ。それはもう幸せそうだった」
「そうなんだ……良かった」
高橋君が幸せで本当に良かった。
だって彼は本当にいい人だから。
「あのさ……高橋は俺の親友だけど結婚式には絶対に呼ばないぞ……お前の初めての相手なんて……考えただけで腹が立つ」
は、初めてって! ち、ちょっとやめてよ。リョータは突然何を言い出すんだ!
恥ずかしすぎて、顔が真っ赤になってしまう。
そりゃ、確かに高橋君は初めての恋人だけど……。
でも……そもそも付き合えって言ったのは遼太じゃん!
「今だって、お前が高橋とのことを顔を赤くして思い出しているかと思うだけでムカついてる」
遼太はうつむく私のあごに手をかけるとクイッと上を向かせた。真剣な表情で見つめられて目をそらしたいけどそらせない。
うううっ、リョータの意地悪……。
「まあ、お前のファーストキスの相手は俺だから、許すか……」
遼太はそう言ってチュッと触れるだけのキスをした。
ファーストキス? え? そうだっけ?
「子供の頃の写真が残ってるだろ?」
写真って?……ああ、幼い頃の私と遼太がふざけてチューしている写真をアルバムでみたことがある気はするけど……。
あれ、まだ二、三歳くらいじゃないのかな? あれを私たちのファーストキスにカウントしてくれるんだ……。
遼太ってかわいい。
遼太の眼差しが思った以上にまっすぐでその一途な想いが眩しいくらいだ。遼太の独占欲は思った以上に強いのかも知れない。
「リョータ……」
私は遼太の首に抱き着いて言った。
「ねえ、リョータ、これから経験する初めての相手は、全部リョータなんだよ。もう、私にはリョータだけだよ……」
遼太は私の体に腕を回すと耳元でささやいた。
「なんだよリカ……俺をそんなに喜ばせてどうするつもり?」
ん? んんん?
あれ? リョータさん、私を押し倒そうとしてません?
気が付いたら私はラグの上に寝そべっていてニヤリと笑う遼太に見おろされていた。
「ち、ちょっと、リョータ、あ、明日は早いんじゃないの?」
急にそんなに色っぽい雰囲気を醸し出すのはヤメテ! お風呂上がりの遼太はいつも以上にカッコイイ。
遼太は私の手に指を絡めた。
「大丈夫、大丈夫。リカは車で移動している間はずっと寝てていいからさ……ね、今夜はうんと優しくしてあげる……」
優しくって……いっつも意地悪しかしないくせにっ!
「お前へのお仕置きはまた今度……」
遼太の顔がどんどん近づいてすぐに唇が重なった。
「う、ふ……は……リョータ……」
「ん、リカ……」
蕩けるような優しいキスの合間に気持ちを伝える。
「リョータ、好き、好きだよ……」
「うん、ずっと、一緒にいよう……リカ、愛してる」
「ったしも……私も愛してるっ」
私はもう、遼太の愛を疑わない。
遼太が今まで私を愛してくれたように、私も一生かけてリョータを愛すよ。
だから、ずっと一緒にいよう。
二人で歩いていこう。
迷わない様にずっと手を繋いでいてね、リョータ……。




