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Neoネくら魔's  作者: Reサクラ
勇者編
19/21

第18話 そば屋のカレー

 夕暮れ、沈む太陽を見ていたら、何か大切なことを忘れてしまった気がした。

 でもきっと、本当に大事な何かなら、それはまたいつか思い出せるだろう。そう信じていた。


 異世界で俺は何を失って、何を手に入れたのか。

 少なくとも、ただ言えることは三つ。

 だけど今は三つも言うのは面倒なので、一つだけ。

 こっちの世界だって、向こうの世界だって、男と女がいれば、それはもうあれだ、子供ができるわけだ。

 つまり俺は子供が作りたい。結果ではなく、課程を求めている。というか別に子供は好きじゃないし、家庭を持ちたいとも思っていない。俺はまだまだ独身貴族よ! 独身イケメン貴族! 正確に言うとイケメン伯爵ってところかな!

 いや、俺の異世界大冒険は別に爵位とかそういうのはなかったんですけど、気持ちの問題でね。


 そんな異世界のイングウェイ・マルムスティーン(※1)こと俺、赤須暗真あるいはリリカ・ネクラマ・パーテーションなのだが、インギーのみたいに自由なメンバー編成を好き勝手やっていたかと言われると、残念ながらそんなことはない。


 俺のパーティーメンバーは、旅の間に増えることはあっても減ることはなかった。

 本当だったら、仲間との死別を乗り越え、俺もしくは勇者の成長なんかが物語を彩るわけなのだが、そんなこともなかった。


 天才美少女魔法使い。

 脳筋系まな板勇者。

 DV白魔導師。

 コウモリ族の木こり。


 という愉快な四人組が中盤以降から続く最終的固定メンバーだった。


 ちなみに木こり以外は女子――俺を女子としてカウントするのは身も心も抵抗はあるけど――という、いわゆるハーレムパーティーでもあったが、ハーレムパーティーの男ポジションが俺でない時点でそれはもう、何にも楽しいものでなかったし、というかコウモリ野郎(※2)は俺の血を幾度となく狙ってくるサイコ野郎だったわけで、もうはっきり言って最低最悪だった。


 暴力的白魔導師も、言いたいことはたくさんあったが巨乳ロリということでかなり俺の心象は悪くない。治外法権みたいなもんか?


 けどよ、男は違うだろ。

 男に血を吸われるなんて最低だぜ。わかるか?

 これが美少女吸血鬼なら話は違うよ、そんなもん、吸って吸われての関係性で行こうぜってなるもんだけどさ。

 でも筋肉質の男に迫られるのなんて恐怖以外のなにものでもないからな。


 全くさ、俺だって本当はこんな連中と冒険なんてしたくなかったよ?

 普通さあ、異世界の冒険って言ったら元奴隷の美少女エルフとか猫耳の美少女とかそういうんじゃねえわけ? 別に俺ってそういう趣味があるわけじゃないけどさ、カレー屋行ったらカレー出せって言う話じゃん?

 異世界来たら美少女ハーレムで旅させろっての。常識だぞ(※3)。


 つまりそういうことだ。

 俺がこっちの世界に来て、何がどう間違ったのか、美少女として転生してしまったことせいで、俺はあるべきだった全ての可能性を失ってしまったわけだ。

 さようなら、俺のハーレム。


 ――と終わる訳にはいかない。


 男、赤須暗真(※4)。

 失われたハーレムを今この手に取り戻そうじゃないか!


 主に、人の力を借りて。

 新章――開幕! ずばりそいつは、ハーレム奪還編!


   ◆


 と声高々に始めてはみたが、家に戻ってきた以外何もしていない俺。

 でも本当の幸せってのは家にあるんだ――ってどっかでやってたな、青い鳥はヒキコモリなんだって話。

 この場合の家ってのは、何なんだろうな家族のメタファーなんだろうか? それだと独身貴族を目指す俺にとっては、反メタファーになるのか? でも後宮っつうかハーレムが家にあたるんだったらそれはもうバッチリ幸せの象徴なんだけどな。


 そんなチーズがどこへ消えてしまったのか考えるようなことをしながら、俺が家に戻ると、母親とコラプスなんとかかんとか――あれだ、確か勇者――が談笑していた。

 ラプスは向こうの国の服じゃなくて、俺の私服に着替えていた。男物だったが、ラプスにはよく似合っていた。

 胸、痛まないか? もちろん苦しいわけではなく。と心配な俺を他所に、楽しそうな二人。


 馴染み過ぎだろうが。

 むしろ未だ美少女のままの俺が全く自宅に馴染んでいないのにどういうことなのか。


「ああ、お帰りネクロ」

 とラプスは爽やかに笑った。

 何だろうな、俺の服を着ているからかな。すごくハンサムに見えた。顔立ちは整っているから仕方ないんだけど、なんとなく敗北感を抱いた。

 いや、負けてなんていない。

 俺だって早く男に戻ればこんな胸なしチチンプイプイよ!


「おう、戻ったぞ。風呂沸いてんのか」と関白な感じでいきたいが、今の俺は母親にとっては見ず知らずの頭のちょっとおかしい外国産美少女でしかない。

 つつましやかな大和撫子スタイルを意識して「おいでやす」と言っておいた。


「それ使い方間違っているから。おいでやすは、いらっしゃいだよ」

「あ、そうか。ほら、わたし江戸っ子だから」

 ラプスの指摘に適当に応える。ま、生まれも育ちも東京なのは確かだけど、東京十五区どころか二十三区でもない市生まれ市育ちだから江戸っ子を名乗るのは無理があるか。


「って待て、おい、ラプスなんでお前、京言葉に精通してんだっ!?」


 ちょっとおいそれとしていると忘れてしまいそうだけれど、俺が転生していたはちゃめちゃな異世界では古い妖精の言葉を使って、魔法を使うことが出来た。


 何の偶然か因果か――あるいは猿の惑星的なオチが用意されているかのうせいもあるけれど――その古い妖精語は、こちらの世界で俺が使っていた言葉、つまり日本語とほとんど同じだったわけだ。


 だから俺は異世界に転生してから、何の苦労もなく魔法を自由自在に使えた。

 で、こっちに来て始めて知ったことだけれど、剣を振り回す以外脳のない勇者だと思っていたコラプス・アーザス・オペランド(※5)は、対魔法使いとの戦闘技術として、妖精語をある程度使えるらしい。


 そういうわけで、こっちに来ても言葉にまるで困った様子もなく、それどころか一般ピーポーのジャパーニーズの母さんと、女子会トークまで繰り広げてしまう異世界の勇者ラプスというわけだったが。


 いやいや、だからって京言葉はどうなのかって話なんですよ。


 おいでやすは、ラプスの指摘した通り意味はいらっしゃいだ。

 俺が間違えって使ったみたいだ。別にこの点については何の反省もするつもりはない。人は誰だって間違えるからな。主に京都で使われる方言として、京言葉と呼ばれるもので――他の関西地域でも一部使われているらしいが――もちろん、古い妖精語にこんなものはない。


 そりゃそうだろ、誰が魔法使うときに「はんなり」とか言うんだって話だ。


 というかそうだ。

 そもそも古い妖精語を、これだけ自由自在に使いこなせるようなのは、向こうの世界では俺ぐらいだった。

 当たり前だ。俺はいわばネイティブなんだ。他の連中が頭を抱えるような難解な言語であったとしても、俺はおぎゃーと生まれて十何年間耳で聞き、そして話してきた生来の言語だ。

 イギリス人が英語を話せるように、俺も古い妖精語――日本語が話せる。これはマーガリンを塗ったトーストが猫の背中に落ちるくらい常識的なことである。


 さて、ではラプスはどうだ。

 こいつは確かに、相手の魔法を先読みするために、妖精語の一部を理解しているのはおかしくないし――実際そういう熟練の剣士がいるってのはどっかで聞いたことがあるけど――でも、こいつの場合は異常だ。

 およそ魔法では使わないような妖精語を理解し、流暢な会話をなんなくこなしている。


 明らかに、剣士がちょっと妖精語を学んだというレベルではない。

 ベテランの魔法使いだって、こうも自在に妖精語で会話なんてできるわけがないだろう。


 まさに、バージンと聞いていた女の子がいざベッドに入ってみたら――いや、この例えはやめて置こう。胸に深い傷を負うやつもいるだろうからな。


「……やっぱり、そうなのかラプス」


 俺は、受け入れなくてはいけないらしい。


 ずっと、誰に何を言われても否定してきたのだけれど。


「俺に隠していること、あるだろ?」


 ラプスの応えを、待った。

 魔王を倒したばかりの天才美少女たる俺が、刃を前にせずまさか恐れを感じる時があったとは――そういえば彩を前にした時は別に武器とか持ってなかったけど脚が震えたな、と思い出したけど、これは多分走馬燈ではないだろう。


 そんな天才美少女魔法使いの俺と伝説的偉業を成し遂げばかりの勇者ラプスの間を割って、専業主婦・美香代。


「暗真ったら、遅くなるならメールしなさいって言ったでしょ。母さんもラプスちゃんも夕食待ってたんだからね」


「あ、悪い母さん――ってええええ!? 今、何つったよ!?」


「な、何よそんな素っ頓狂な声出して。母さんそんな変なこと言ったかしら?」

 すっとぼけているわけでもなく、母親は至って真面目な顔をしていた。

「いや、変なことは言ってないけど、そうじゃなくてさ」

「全くこの子は母さんそっくりの美人に生んでやったてのに、そんなおかしな言動じゃ娘の嫁ぎ先も今から心配しなきゃならないわね」


「……む、娘? 娘って俺の、ことじゃないよな?」


「暗真以外に誰がいるって言うの? 母さんがお腹痛めて産んだ娘はあなた以外――ってそれにまた自分のこと俺って言って、ダメでしょ、自分のことはせめて僕とか」


 僕っ子とか良いんで、もうそれいるから。お腹いっぱいだから。

 と返すこともできない。


 学校でも同じ事はあったんだけども、まさか実の親にこの対応をされるとは。いくら俺でも気が動転してもおかしくないだろう。


 というわけで、結局ラプスからは何も聞けなかったわけだが(※6)。

※1 イングウェイ・マルムスティーン

光速のブタ野郎という異名で知られる天才的ギタリスト且つクズ。愛称はインギー。犬コロみたいな名前だけど、若い頃はマジのイケメンだった。俺はこいつを見たびに、俺はおっさんになっても太らないぞって気持ちになれる。道徳的象徴みたいなもんだな。


※2 コウモリ野郎

裏切り者とか、どっちつかずとかそういう意味ではなく、マジのコウモリ野郎。コウモリ族っていう、いわゆる猫耳美少女のコウモリ版だ。しかも男。最低だぜ。男ってだけでもう最低だぜ。


※3 常識

異世界ファンタジーの常識はハーレム、と断言しているけれど、よく考えると異世界ファンタジーの総本山のロード・オブ・ザ・リングはむしろ男だらけのパーティだったな。デブのホビットとイケメン王子のアラゴルン以外は女っ気の欠片もない可哀想な連中だったけど、海外のホモ好き女子におもちゃにされていないか心配になってくる。そういえば二つの塔ってなんか意味深に聞こえてくるもんな。とりあえず異世界ファンタジーっていうか、異世界転生だけだな、ハーレムなのは。


※4 赤須暗真(アカス・クラマ)

世が世なら帝。


※5 コラプス・アーザス・オペランド

世が世なら打ち首。


※6 何も聞けなかった

聞かない方が良いこともある。それを忘れないで欲しい。だけどこれだけは言って置きたい。

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