西から来た男
長めです。
利用する者の少ない横門の番として、アルバートと2年先輩の騎士が立っていた。
「そろそろ交代だな」
「ですね」
「昼はどうする?」
「僕は寮に戻ろうかと思ってます」
「寮か……そう言えばお前、寮を出るって聞いたけど?」
「ええ、そのつもりでいます」
「なんでまた、そんなに急いでる、の……?」
緊張感の無い会話は、陽炎のように現われた男によって中断される。
その男は訪れ人としては異彩を放っていた。
近隣の村人ならば売り物を抱えているし、隣街なら近くても徒歩で5日はかかるのでそれなりの装備になる。
しかし、件の男は至って軽装、まるで街中を散策するかのように手ぶらであった。
平凡な明るい茶色の髪と瞳で、人好きのする笑顔を浮かべ近づいてくる。
「あっれー?ディアナの匂いを追って来たのに、番犬君からしてる?」
騎士として『番犬』扱いは屈辱であり、気色ばんだ先輩が威嚇するような低い声で誰何した。
「貴様、何者だ?」
「直ぐ唸るなんて躾のなってない犬だなぁ、燃やすよ?」
口調は軽いのに、瞳には狂気を孕んだ険呑な光が点る。
不穏な空気を察して、アルバートは努めて坦々として問いかける。
「この街に何用ですか?」
「あっはー。君はまだましそうだね。そうだなぁ……魔女?を探しに。この街に魔女が居るよね?もしかして……ディアナなら卑下しそうだし……『狭間の魔女』って名乗っていない?」
「何故それを?!」
「えー?森の魔女ってそんな二つ名があったんか?」
芝居がかった訪問者の言葉に間逆な反応を返した。
緑がかった榛色の瞳を眇めて、アルバートを値踏みする。
「おやー?黒毛の番犬君は何やら詳しそーだねー?うん。ディアナの匂いも君からする。教えろよ、ディアナは、『狭間の魔女』はどこ?」
「答える必要性を感じません」
「通行札を提示しろよ!」
「栗毛君。役に立たないし、うるさいし、邪魔だから『眠れ』」
人差し指と中指を揃えて虚空に何かを描き、先輩の方へ押し出す仕草をした。
途端に力を無くしてその場に崩れ折れる。
「貴様!先輩に何をした?!」
「うるさいなぁ。眠らせただけだよ。余計なこと話してないで、さっさと案内してよ」
「得体の知れない者を大事な魔女に会わせる訳にはいかない」
「はぁ?何をかっこつけて偉そうに言っちゃってるの?お前いい加減ウザい。誰かを思い出させる。もういいよ、黒毛君。他の街の人にでも聞くさ」
「ここは通さない」
「何様?!ムカつく」
先輩を眠らせた仕草を繰返し、先程よりも強く突き出した。
咄嗟に腕で庇うと、アルバートのすぐ手前でパリンという薄い硬質な物が割れたような音がして、何かが弾ける。拍子に腕輪が服を通して淡く光った。
「……へぇ?攻撃魔法を無効化する腕輪?黒毛君ってディアナに愛されちゃってるのぉ?」
酷く歪んだ笑みが浮かぶ。
言われた意味が呑み込めず、アルバートは戸惑った。
「何を……?」
「じゃなきゃ、あのディアナがそんな最上級の護身具をくれる訳無いじゃん。金積まれたって作らない人だよ?ま、いいや。その辺はディアナに直接聞くから。ってことで、ソレ頂戴。ってか、面倒だから腕ごと貰おうかな」
言うが早いか肉薄して、腰に仕込んでいた剣を肩口に向けて振り上げてきた。
不意を突かれたその攻撃もまた、弾かれる。
「物理攻撃にも反応するの?マジムカつく。むっちゃ気に食わないなぁ。殺してやりたいけど、今はまだ出来そうにないから取りあえず、寝てろ」
袖口を揺する仕草をすると、風下に居たアルバートの鼻孔に甘ったるい匂いが届き、意識が遠のいた。その耳に最後に届いたのは不穏な呟き。
「ディアナと一つになったら消し炭にして、ア・ゲ・ル」
程無くして交代に訪れた兵が異変に気付き、二人を揺り起こす。
意識を取り戻すや否やアルバートは交代兵へ簡潔に顛末を説明し、上官への詳しい報告は先輩に丸投げして、不審者を追うという名目で城郭内へ駆け出した。
目指すはいつものあばら家。
「間に合ってくれ!頼む」
走っただけではない激しい動悸をねじ伏せて、彼の人の元へ一心に駆けた。
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