HOMAGE
「臣下の礼」の英訳です。
えぇ。6文字縛りに首絞められてます……
「さて。晩飯をどうするか、の」
食品を前に物憂げに呟いた。
とその時、物置が開閉する音がして、続いて玄関が開く。
Dは振り返ること無く疑問を口にする。
「おや?アル坊や。まだ週半ばだ、がっ……」
続く「どうした?」の言葉は腹部の拘束によって途切れた。アルバートが両膝をついて後ろから腰に抱きついて来たのだ。
幼いころのアルバートを思い出し口元を軽く綻ばせた。
「誰かにいじめられたか?」
上体を捻り、つむじに投げかれられた紅い眼差しは穏やかで暖かい。
いつもは見返してくる黒曜石は、珍しく背中に埋められたまま、絞り出すような声が返って来た。
「今日……騎士に、任ぜられました」
はっと息を詰め瞠目して数秒後、少し腕が緩んだのを見て身を捩り向かい合う。
「……そうか」
おもむろにアルバートの頭を抱きしめた。
腰にまわされた腕に力がこもる。自分の居場所を確認するように。
噛みしめるような返事が返される。
「はい」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
訪れた沈黙を往なすため、ゆったりと両手で黒髪をくしけずると、促されたように顔が上がった。
「街の神官と貴族立ち会いの元、領主夫妻自ら騎士の剣を授けてくれました」
緩やかな瞬きを相槌に代え、視線で先を促す。
「僕の名が呼ばれると奥方が剣を取り落とし恐ろしい物を見る目で僕を見た後、不快を理由に退出されました。式典後、領主から事情聴取されましたが、軽い事実確認だけで納得されたようです。退室する僕の背中に独り言ちられました」
「そうか」
髪の間を滑っていた指先が頬に降りて、親指の腹が頬桁を何度も撫でる。そこに涙は流れてもいないのに、まるで拭うかのように。
「僕の聞き間違いでなければ、忌々しげに呟かれた言葉は『喪った子を未だ引き摺っていたのか』」
返される言葉は無く、上から包み込むようにアルバートの頭は再び抱きしめられた。
この街に、20歳前後のアルバートという青年ならば何人か居るだろう。
しかし、黒髪で黒い瞳は一人しかいない。
妻の不審な振舞いを、領主はどのように受け止め、そして状況把握の為に呼んだ青年を前にして何を察したのか。
対面した瞬間に消えてと願った人が居た。
死産の知らせを鵜呑みにして躯を確認しなかった人が居た。
どちらも、健やかな誕生だけを望んでいたはずなのに。
子に対する愛情、告げる勇気、相手への信頼、伴侶の機微を慮る心、それらが少しでもあったならば違う結果になっていたのか。
待ち望まれていたはずの尊い命は、試すかのような巡り合わせによって拾われ、育まれ、己の源流に触れた。思い描いた情念は何も湧いて来ず、眼前にはこれから仕える主とその妻が立っているだけだった。
彼は空虚に足元を掬われかける。
それを塗り替えたのは、養い親に逢いたい気持ち。
ただ無性に逢いたくて、魔法陣を踏み呪文を唱えた。
「お家が一番」
彼の在り所は今、腕の中に。
「ところでアル坊。晩飯の支度を任せても良いかの」
「お安いご用です」
一頻りの抱擁の後、『お家』の中は平常運転に切り替わる。
「助かるよ。難儀していたのだ。材料は食卓の上にある」
言われて見やった食材を前に、アルバートは途方に暮れた。
「D、貴女は何を作ろうとしていたのですか?」
「それを悩んでいたのだよ!坊や」
食卓の上には、パンと牛乳とリンゴ、だけが乗っていた。
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