生と死の狭間
あれ……?
ほのぼのの予定が……何故か重た気なサブタイトルに……?
「Dって、250年も生きている感じが全然しないんですけど」
何度目かの週末の帰宅で、玄関の戸を開けたアルバートの第一声は「ただいま」ではなかった。
養い子を出迎えようと『魔女の間』から覗いたDの顔が渋面になる。
「藪から棒に失礼だのう」
嵐の後でもここまでは、というくらい無秩序に物が散乱している室内を見回し、アルバートは重い溜息を吐いた。唯一まともな長椅子の上に移動した家主には目もくれず、手近な所から片付け始める。
「でもですね……学習能力、無さ過ぎ。どうしたら一週間でここまで散らかせるのやら」
毎週この有様では、嫌味の一つも言いたくなるのが人情で。都度の大掃除に、とうとうアルバートの忍耐は底を突いた。
「仕方ないであろう?日進月歩の絶賛成長期中の坊やと違い、私の毎日は『振り出しに戻る』なのだから」
「え?」
抱えた膝の間に顔を埋めんばかりのDが寂しげに呟く。
「不老不死なのは、体に時が流れていないからなのだ。故に成長する事が無い。知識の蓄積は出来ても、経験を積み重ねる事は出来ないのだよ」
横を向いた拍子に、結われていない虹色に輝く白髪がサラリと背から流れ落ちた。
清掃の手を止め、顔を背けている方に腰かける。
一房掬い、軽く梳き下ろした。
それほど力を入れていた訳ではないが、紅い瞳がアルバートをゆっくりと見上げてくる。
「――そういう意味では死人と同じ、だの」
薄っすらと微笑みを浮かべたその顔は、寝不足の為か濃い隈のせいで酷く顔色が悪い。
アルバートの顔が痛みに耐えるように歪み、矢庭にDの華奢な体を袈裟掛けに抱き寄せた。
「Dは死人なんかじゃない!ちゃんと生きている!!こんなに温かいし、脈もある。好き嫌いはするし、人をからかって大笑いして怒って泣いて、一人だと夜も眠れない。こんなに喜怒哀楽の激しい死人なんかいない!」
普段の取り澄ました態度をかなぐり捨てて、肩口に顔を埋め、縋りつくように腕に力を込める。
「ずいぶんな言い様じゃのう」
苦笑を洩らし、諌めるようにアルバートの背を撫でた。最早、どちらがどちらを抱き締めているのか。
(いつの間にやら“男”の背になったものだの)
妙な感慨に耽りながら、養い子に語りかける。
「だが……お前には礼を言わねばならぬの。生きている実感を取り戻せたのは、アルバート、お前が来てからなのだよ。浅ましい存在になってからはずっと、仮初の様な生をただ機械的に繰り返す日々であった。私の所へ来てくれて、ありがとう」
そっと黒髪に唇を落とした。
お互いの体温を分け合うかのような抱擁は、日没と共にどちらからともなく解かれ、照れ臭そうにはにかんで直ぐに日常に戻る。
翌日、片付けは経験ではなく要領である事に気付いたアルバートによって、整理整頓の極意を教育的指導を用いて伝授された事は言うまでも無い。
Dが『狭間の魔女』と名乗った理由がこれでした。
蛇足ながらDにかけられた禁呪は『狭間の魂』です。
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