ある朝の風景
超・不定期連載です。
お気軽に読める娯楽を目指します。
森の中の小さな小屋に住む少年の朝は早い。
空が白み始める頃、遠くから聞こえる夜明けの鐘の音と共に起き出す。
前日に汲んでおいた水で顔を洗い、両頬をパンと打ち鳴らす。まだ波紋が収まっていない水鏡を覗き込む顔は、黒眼とストレートの黒髪と相まって7~8歳の少年とは思えないほど男臭い。あらかた目覚めた所でざっと身支度を整え眼鏡をかけると、先程の表情は無かったかのように理知的に引き締まった。
竈の火をおこし、朝食の支度に取りかかる。
昨晩のスープの温め直しと、目玉焼きとサラダとパン。
自分の分にベーコンも焼く。
サラダ用のドレッシングに、オリーブオイルとビネガーと塩を合わせておく。配分は目分量で、1:1:一つまみ。
テーブルが整い始めた頃に家主が起き出して来る。
器用にも目を閉じたままフラフラと食卓に近づくのは、少年より2~3歳ほど年上の少女。
勝手知ったる……なのか、目も開けずに椅子を引き腰掛ける。
「――はよー」
ぼそりと呟いた少女を見ながら、苦笑気味に少年は答えた。
「おはよう、D。毎朝のことだけど、目を開けないと危ないよ?」
手早くスープをよそい、サラダにドレッシングをかける。
「何年住んでいると思う?何処に何があるか、坊やより遥かに熟知しているわ」
「先日、自分で置いた荷物に躓いていたけどね」
サラダの上で胡椒を挽きながら、肩をすくめた。
「あれはたまたまだ!」
両コブシでドンと机を叩く。
「その前は……」
まだ続きそうな少年を紅い瞳が睨みつけ、
「アル坊!髪!!」
早朝の淡い光を受け虹色に輝くガラス細工のように美しい白髪を、頭を振ってまとまっていないと態度で訴える。
「埃が立つんだけど」
「埃で人は死なぬ!」
「はいはい」
「返事は一回!!」
「はいはい」
食卓からいったん離れ、額飾りに注意しながらブラシで腰まである髪を梳き、ゆるく三つ編みにしてリボンで留めた。
少年を睨みつけたかった少女はしかし、その作業中は振り返る事も出来ず、気持ちの持って行き場を探す。ふと自分にあてがわれた琥珀色の澄んだスープを覗きこみ、やにわに匙で何かを取り除き始めた。選り分けた物の行先は少年の器。
「ちょ、ちょっと、D!!」
リボンの形を整えていた少年の制止は聞き届けられることは無く、満足気な少女がダメ押しで一言。
「成長期の君にたんぱく質を差し上げたのだ。感謝するように!」
「あ――、はいはい。ありがとうございます」
溜息をついて、諦めたようにお礼を言い、少女の向かいの席に着く。
「素直に喜びたまえ。幸せが逃げるぞ?」
「逃げるほどの幸せなんかないよ」
憮然としながら祈りを捧げ、朝食を胃におさめてゆく。
その様子を見ながら目玉焼きをつついていた少女が、ぼそりと呟いた。
「それなら、これから自分で掴み取れば良い」
最後の欠片を口に運んでいた少年は黒い瞳を見開き、食事と共に嚥下する。
「僕の……幸せ?」
咄嗟にポケットに入れた物を取り出すように反芻している少年に、人の悪い笑みを浮かべた少女が揶揄を飛ばした。
「美味いビネガーのある裡さ!」
内に籠もりかけていた少年は微かに顔を赤らめて、少女を睨みつける。
「D!!」
「ああ!ほら片付けをする時間がなくなるぞ!」
言われて太陽の高さを確認した少年は、眼鏡越しに細めた眼で少女を見やり、
「言われなくても片付けるから、早く食べて」
少女を急かしたのだった。
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