84:ちょっぴり悪辣な堕とし方①
相良義晴……勇者ヨシハルがシーラント樹海にやって来て8日目。
ルリは指導係に任命していたルアフと焰も含めた勇者一味を家の前に並ばせて声に出す。
「さて、君たちにはこれから重要なミッションが課せられます。場所はここから更に南下した樹海の最深部。数日前に空から探知したところ古代文明のものと思われる遺跡を発見。内部に微弱ながら熱源反応があるのを確認しています。まあ、つまりは魔物というよりは科学とか機械とかを由来としたダンジョンがあって、まだ生きている事が判明したと、そんな話です」
実を言えば一昨日、昨日とルリは弟子のレミーちゃんを伴って樹海を上空から視察。
ローラー作戦で森の詳細を詳らかにしようと試みていた。
探知魔法とその検知結果を記録する魔法を併用し、細かい地形のみならず大凡の魔物や動植物の分布図を作成することに成功していた。
その中で気になった箇所を重点的に調べて遺跡がある事を突き止めたのだ。
遺跡の出入り口には魔力式の施錠が掛けられており、解錠を試みた痕跡が見当たらなかったことから他の何者かが訪れた可能性は極めて低いと判断していた。
ルリは出入り口のロックを外して中に数歩だけ踏み入ったが、《空間把握》で内部を見ようとしてもごく一部しか判明しなかった。
それはつまり妨害魔法が仕掛けられており今も稼働しているということ。
空気は外界と同じ酸素濃度で、カビや毒物は検出されなかった事から空気清浄機のような循環システムも完備されているという結果が出ている。
結論を言えば、古代の超科学文明に属する人間達が、何らかの目的があって建造したものの放棄されたかもしくはルリの来訪に勘付いておきながら気配を気取られないよう身を潜めていたか。そういった建造物だったのである。
ルリの脳裏に浮かんだのは、六魔将軍のアギャだったか? あのジジイが奇っ怪な人型生物を製造していた遺跡と様式や雰囲気がよく似ているといった事で。
だが件の遺跡はジジイが建てたものというより偶々見つけたので接収して使っていただけっぽいし。
それら二つの遺跡は距離も近く、だから間違い無く関連があると確信していた。
「――で、勇者であるヨシハル君に課すお題は一つ。遺跡内部にある『ミスリル金属』を持ち帰る事。重さは3キロもあれば上等。5キロ超えなら万々歳。この材料は君に渡す聖剣の材料になるから多ければ多いほど良い」
義晴の前で言い含めるルリ嬢。
青年はゴクリと唾を飲み、しっかりと頷く。
彼が勇者スキルを保持しているからといってタダでくれてやる理由とはならない。
特別な技術により生みだした物なら尚のこと、正当な対価を要求する。
それは義晴にだって分かっているのだろう、反論を耳にすることは無かった。
「まだ生きている古代遺跡ともなると高確率で迷宮守護者が存在しているけれど、その打倒は目的としない。なので君たちは戦っても戦わなくても構わない。とはいっても内部には強力なセキュリティ設備がある筈だから余程心して掛からないと戦闘は避けられないでしょう」
ルリは次に雨宮愛菜と一ノ瀬夏樹を順に見遣る。
「これは余談になるけれど、ああいった遺跡にはセオリーとして魔法を無効にするトラップや部屋があったりするけれど、運悪く行き当たった場合、あなた達は全くの無力な小娘に成り下がる。だから当該区域から速やかに離脱しなければいけない」
お二人さんは顔色を変えて義晴の横顔を見る。
ルリは彼女らが事の重要性を理解したことに満足すると、今度は隅っこに立っている一ノ瀬美冬へと目を向けた。
「今回のミッションに際して美冬ちゃんは足手まといになる公算が高い。なので彼女にはお留守番して貰おうと思っているのだけれど、どうかしら?」
「え、でも私、みんなと一緒が良い――」
「ダメよ美冬」
ルリの言葉に反対意見を述べたのは他ならぬ美冬で、しかし隣に居た姉の夏樹から窘められてしまった。
「ルリさんの言うとおりアンタは足手まといになる。あたし達にはアンタ一人に構っていられる余裕が無いかも知れない。だから大人しく留守番してなさい。良いわね?」
「そんな、お姉ちゃん!?」
いつの世も姉というのは妹に対して強権を発揮するもの。
本人的にはかなり横暴と取れる言葉だが、状況を鑑みるならこれが最善となる。
「とは言ってもやっぱり心配ではあるから、あなた達にはドローン型の監視ユニットを付けて状況を逐一モニタリングするし、危険と判断したら私が直接乗り込んでいくからそのつもりでいなさい」
「ああ、分かった」
義晴が頷く。
雨宮愛菜がちょっと難しい顔をして口を開いた。
「あの、前から思ってたんですけど、ルリさんってもしかして異世界転生した日本人なんですか?」
「いいえ、私はこの世界で生まれて育った現地人よ」
「その言い方って――」
「そういう事にしておきなさい」
尚も言葉を紡ごうとする愛菜をルリはピシャリと制した。
事実、ルリは義晴たちのように何らかの儀式や術式により召喚された異世界人ではないし、生まれ変わる前の記憶があるわけでもない。
単にアカシックレコードと接続したことにより地球など異世界の知識や情報を入手しているに過ぎないのだ。
「世の中には“そうしておいた方が都合の良い事”というのが沢山あるわ。私はこの世界の住人で、あなた達は現代日本から召喚された異世界人。この関係性は変えるべきではないの」
言い含めるルリに何かを察した顔の愛菜が「わかりました」と囁き頷く。
もちろん彼女は空間に焼き付いた異世界の記憶など知りもしないので、ルリの言う“都合”の意味を大きく履き違えていたのだけれども。
「探索メンバーは五人。相良義晴、雨宮愛菜、一ノ瀬夏樹、それからルアフと焰。私とレミー、あと美冬ちゃんはお留守番。遺跡までの移動は範囲指定の転移魔法で行うから、レミーが先に行って座標を固定するための杭を地面に打ってちょうだい。要領は分かるわね?」
「はい、お師匠様」
栗色髪の幼女が真剣な顔で頷く。
やり方は過去に家を一軒丸っと転移させた時と同じだし、術式そのものは彼女の持っている魔法杖にもインストールされているので、ルリの魔法杖と同期させておけば発動タイミングだって合わせられる。
こういった局面でもデバイスの有用性は立証されていた。
「では出発は一時間後。準備に取り掛かってちょうだい」
「「「はいっ」」」
ルリが言葉を締め括れば全員が元気よく返事する。
樹海の真ん中なので準備といっても大した荷物は無い。
せいぜいが一日か二日ぶんの食料を背負い袋に詰め込むだけだ。
各々が使用する道具は常に腰ベルトの小物入れに詰め込まれているので新たに用意する必要も無い。
補充したい薬品があっても街ならいざ知らずここでは入手そのものが難しい。
というか回復薬のストックはこの数日の間に腐るほど作られており――熟練度を上げるためと称して愛菜も夏樹も薬品作りのノウハウを仕込まれていた――、なので出来が良い物を選別できるくらいには各種取り揃えていた。
義晴はすっかり手に馴染んでいる剣を研ぐなど手入れしたくらいだったし他の面々だって簡単ながら道具を袋に詰めた程度。食料をリュックに入れたところで準備万端となった。
レミーが先行して空へと舞い上がり、十五分ほど待ったところで準備が出来たとの知らせが送られてくる。
デバイスには通信機能が備え付けられており、テレビ電話の要領で遣り取りが可能なのである。
「では五人を送るわよ」
「はい、問題ありません」
ルリとレミー、師弟の間で術式を同調させる。
地面に敷設した魔方陣が淡く光を放ち始め、この上に立った徒党の輪郭から色を失わせていく。
範囲指定の転移魔法……厳密には置換魔法に分類されるが、転送する物体の容積により魔力の必要量が変動するけれど、人間5人程度なら一人とそう変わらない。
特に無尽蔵の魔力を持つルリであれば、消費されるエネルギー量なんてくしゃみ一つするのと変わらない微々たる物だった。
「――さ、家に入って彼らの戦い振りを鑑賞しよっか」
「は~い」
魔法によって五人の姿が失われた家の前。
居残ったルリは美冬ちゃんの肩に優しく手を置いて促す。
現代日本であれば中学生といった頃合いの娘さんは、そんなお姉さんの優しげな笑みを信用しきって勧められるまま家の中へと入っていく。
勇者は気付かない。
自分に手を貸してくれているその少女こそが最も警戒せねばならない悪辣なる敵であることを。
今はただ言われるがまま、突如として出現した古代遺跡を眼前に拝し、仲間と信じている者どもを引き連れて勇み足で乗り込んでいくのだった。




