60:魔物狩り①
翌日。
朝食等の身支度を終えたら気合い十分に家を出る。
魔法杖ダリアを手にしている私の肩にはオコジョのバンドウ君。
汎用型魔法杖を両手で握り絞めているのは弟子のレミーちゃん。
二人して飛翔魔法を発動、空の上から索敵すれば直ぐさま相手が見つかった。
「行きますっ!」
「がんばって~」
ヤル気に充ち満ちたお弟子ちゃんには手を振っておいて、私は彼女が飛び出してから十秒ほどカウントした後に追従する。
本日は彼女が手にする新型の実戦訓練がメインなので私はなるべく手を出さないよう努めなくてはいけなくて。
なので命の危険だと言い切れるくらい大ピンチに陥らない限りは助けようともしないと本人に言い含めていた。
――《爆衝弾》、発射っ!
ズドドドッ!
早速魔法を発動させたレミー。
十数発の薄緑色をした光弾が空気を切り裂き樹海に重低音を撒き散らす。
空中戦を想定しての攻撃なので地面に足を付けることは無く、頭上から一方的に攻撃していくといった戦闘スタイルを彼女はちゃんと理解してるんだなと満足して頷く私。
魔法が着弾した辺りには数匹のゴブリンが原型を留めたまま転がっていた。
汎用性の高い爆衝弾は、しかし一発の破壊力は大した事が無いからクリティカルヒットでもしない限り肉片になったりはしないのだ。
え、私がやると原型を留めてないレベルで粉砕してるじゃあないかって?
それは単純に籠められている魔力の濃さが違うだけ。魔力は練れば練るほど固くなっていって、ある水準を超えたところからほぼ物体といって良いレベルになる。そんな圧縮された魔力で術式を展開すりゃあ、そりゃあ通常はこれくらいって設定されている効力なんて簡単に飛び越えた殺人級の破壊力が出ちゃうでしょうよ。
レミーちゃんの放った魔法の攻撃力はあれで普通なんだ。
「まだまだ行きますっ!」
――《氷結砕波》っ!
彼女が次に使用したのは氷結系の魔法だ。
氷結系は水魔法に温度変化の魔法を絡めた中級魔法になる。
指定した範囲に生物が凍る程の寒波を発生させる。
地表のその一角が突然に白くなって、術式の範囲内にいた数匹の大きなトカゲが凍り付き、かと思えば全身に亀裂が走って砕けてしまった。
「ああ、そっか。トカゲは体温の調節機能が低いからね。冷やせば一発ってワケか」
レミーちゃんはどうやら相手と相性の良い魔法を選択して使っているようだ。
そんな知識をどこで手に入れたのかと訝しく思うものの、人より物を多く知っているって事はそれだけで凄い事なんだと改めて実感していた。
「あ、レベルが上がった! やった!」
何やら大はしゃぎしている。
浄眼で相手のステータスを見ておこう。そう思って術を行使しようとした刹那、レミーちゃんが急に反転して私の真ん前までやって来た。
「お師匠様、人のステータスを覗き見するのはマナー違反ですよ?」
「ごめんて」
どうやらバレたらしい。
師匠なのだから弟子の能力値くらい覗き見したって良いじゃない。と思わなくもないけれど、反抗期真っ盛りといった調子のレミーちゃんを怒らせて口を利いてくれなくなるのはイヤなので発動し掛かっていた術をすぐさま解いた。
「もうっ、油断も隙も無いっ!」
「だからゴメンて」
二回も謝ってしまった私。
師匠としての尊厳はどこへやら、ってなもんだ。
その後もレミーちゃんは空を飛び回り、眼下で逃げ惑う魔物達に無慈悲な攻撃魔法をぶっ放し続けていた。
その中で幾つかの問題点も炙り出されてきたし、肝心のレミーちゃんが魔力の大半を消費して疲れてきたからということで念話で訓練の中止を告げると二人して帰投の途に就く。
家に帰り着いたら私の杖とケーブルで接続。
数値的なログを総ざらいして解析、続けざまの魔法使用時におけるレスポンスの悪い部分だとかを洗い出して即興ながらの部品を作成、ビオラのコア部分にくっつけておいた。
ということはコードネーム的には“ビオラ改”になるのだろうけれど、この機体自体が概念実証機の域を出ていないからとそのまま。
「明日はもうちょっと攻めた使い方をしておきましょう」
「はいっ、お師匠様っ!」
魔力の使いすぎで疲労困憊の筈のレミーちゃんは、なのに元気いっぱいに答える。
若いって良いよね。なんて15歳の私が羨んでみたり。
それから二人してお風呂に入って汗を流したら晩ご飯の支度をする。
献立はパンと肉野菜炒め。お肉は本日レミーちゃんが仕留めた猪っぽい魔物。倒しても死体が消えて魔石だけが残るなんて事が無かったのでそのまま疑似アイテムボックスに収納してお持ち帰りした。
と、そこでふと疑問に思った。
今日の狩りだけでも倒した内の数匹は魔石を残して消滅していた。
魔石だけが残る魔物というのは自然発生した個体ではなく何者かが意図的に作成した人工的な魔物であるということ。
常識的に考えるなら魔王軍の手が伸びていない樹海の中なのだからそんな魔物が一体であっても存在している方がおかしいのだ。
つまり、魔王軍もしくはこれと関係している何者かが樹海に潜伏しており、近場の町シーリスかこの近辺にある施設に仕掛けようと目論んでいる、と考えるのが可能性としては最も高い。
シーリスの北と西にはそれぞれ砦があって兵士達が詰めているという。
私がその潜伏者の立場であったなら、砦に物資を輸送するにあたって中継地点となるシーリスをまず最初に落とす。いや陥落までしなくとも都市機能を麻痺させてしまえば砦は孤立無援の籠城を強いられることになるだろう。
このタイミングで北方にある魔王軍が南下してくれば、如何に攻略の難しい砦であっても一気に攻め落とされる公算が高い。
補給を受けられないという状況はそれだけで士気に関わってくるのだ。
「ふむ……、だとするなら、これは魔物狩りに精を出した方が良いかもね」
夕食の最中であっても考え込んでしまう私は、ふと結論を口にする。
向かいで肉を頬張っているレミーが神妙な顔でこちらを見ている。
シーラント樹海を私に預けろ。とは私から王子に言った言葉だ。
その樹海から魔物達が湧いて出たとなれば、計画に支障が出る恐れがある。
私にその地を管理する能力が無いと見做されるとか、魔物を嗾けた犯人であると疑われたりすれば話が白紙になっても文句も言えないのだ。
ならば先手を打って魔物を根こそぎ狩り尽くす。
これが私がスローなライフを送るための絶対条件であると確信した。
「レミー、明日は私も狩りに加わるから」
「……はい」
今度はレミーちゃんは反対意見を述べなかった。
そういう雰囲気だと感じたのかも知れない。
相手の心の機微に敏感なのだろう。
「そうと決まったら早々と寝て、明日は万全の態勢で掛かるわよ」
「はい」
しっかりと頷く弟子。
私も夜更かしは無しの方向で。
二人してベッドに身を横たえていればレミーちゃんはすぐに寝息を立て始めたし、私だってそこから一刻としないうちに意識が闇の中に落ちた。
――その夜、夢を見た。
深い深い霧の漂う真っ白な世界。
自慢の魔法杖は、自分が作ったはずなのに見覚えの無い造形で、けれど6つの核の煌めきが強大な力を秘めていることを暗に物語っている。
見覚えが無いのは杖だけじゃあなかった。
左右の肩、左右の足、それから背中に折りたたまれた鳥の翼のような装甲が装着されていて、それぞれに核が埋め込まれている。
全部で12個の核を持つデバイスは、まさしく神をぶち殺すために作られた最強最悪の魔導兵器と言えた。
『ならば神に挑みし愚か者よ。我を打倒してみせよ』
頭上から降り注いだ声。
視界の全方位を覆い尽くす霧が突然に晴れた。
地面は雲のようにモコモコしていた。
見上げれば透き通るような青。
太陽が煌々と照っている。
モコモコの地平線の彼方に純白の神殿が見えた。
私は自分の奥底から湧き上がる殺意と敵意に背中を押されるようにしてそちらへとカッ飛んでいく。
神殿の巨大な柱が凄い速度で近づいて来て、臆しもしないでその中へ。
建物の最奥にあったのは真っ黒な板だった。
光沢を放つ板は長方形で長い方の一辺は5メートルくらい。
板はクルクルと回転していたが、私の姿を認めた為か静止して、その真っ平らな板面からにゅっと人の顔らしき出っ張りが浮かび上がる。
ああそうか。
コイツがこの世界を上から見下ろしていた神気取りのクソ野郎か。
私は確信して握り絞めた魔法杖の先端を、デカい顔に向けた。
『お前が作ったこの世界は今日でお終いだ。私が終わらせる。安心して地獄に堕ちるがいい』
『地獄など虫けらどもの妄想に過ぎない。だが面白い。神に刃向かうと言うのなら、それもまた一興よ』
夢の中だと分かっていれば尚のこと茶番にしか思われない。
私は「あ~だりぃな~」なんて思いつつ、自動で再生され続ける物語を鑑賞し続ける。
『――それで、お前はどうするのかね?』
不意に頭の中に響いた声。
私は全身がゾワワっと粟立つのを感じた。
コイツ、夢の中の登場人物ではなく私を見て言っている。
そう直感したのと同時に唐突に夢から醒めた。
ベッドの上で目を開けて最初に見えたのは、こちらをジッと見ているレミー。
「お師匠様、うなされてましたよ」
言いながら手を伸ばすと私の頭を撫でる。
汗びっしょりだった額にスーッと冷気を感じた。




