58:客人たち④
夕食を終え、陽も沈んだ頃合い。
家の中でレミーちゃんと二人(淫獣は除く)してまったりしていると、急に扉をノックする音が聞こえてきた。
誰だろうと訝しげな仕草――いや、もちろん分かってたよ。ユウキちゃんの視界を共有しているからね――を演じつつ扉を開ければ赤髪王子様ことアレク君が一人、何やら深刻そうな顔で立っているのを見つける。
「少し相談がある。構わないだろうか?」
「ええ、どうぞ」
彼の言葉を受けて家の中へと招き入れる。
そりゃあイケメン王子と美少女賢者が一つ屋根の下でともなればラブロマンス的な出来事の一つも容易に想像できちゃいそうなものだが、生憎とお弟子ちゃんたるレミーとオコジョのバンドウ君が同席している。
万に一つも色恋沙汰になどならないだろうよ。
私は彼に椅子に腰掛けるよう勧めておきながら、自分はお茶を淹れてテーブルの上に置いた。
「それで、相談というのは?」
パチパチと暖炉にくべられた薪が爆ぜる音。
難しい顔もそのままに黙って俯いているアレックス王子。
沈黙が金になるなんて言葉もあるけれど、それだって時と場合による。
今はちゃっちゃと切り出してくれないと一向に話が進まないのだ。
「……ユウキの事だ。君はユウキと契約を交わし、彼女を魔法少女にしたと聞いている」
「ええ、そうね」
お、やっと話し始めたか。
彼の相談というのはユウキちゃんに関わる事であるらしい。
天井からぶら下がっている照明器具から魔法の淡い光が放たれているのを見つけた。
「魔法少女というのは、魂を削って奇跡を顕現させる存在、という解釈で合っているだろうか?」
「ええ、まあ、概ねその通りね」
「つまり、彼女が能力を振るえば振るうほど魂は痩せ細っていって、最後には消えて無くなると、そういう事だよな?」
「間違ってはいないわね」
「回避する方法は無いのか?」
「その質問に答える前に聞かせてちょうだい。どうしてあの子に固執するの?」
ユウキは私の操り人形で、視界を共有しているだけでなく思考だってある程度は操れる。
そんな私なので答えなんて簡単に察しが付いていたけれど面白いから敢えて本人に言わせることにした。
彼は数秒ほど逡巡したが、それでもハッキリと口にする。
「……好き、だから。彼女が消えて無くなってしまうのを黙って見ているなんてできない」
「見たところ脈なんて全く無いように思えたけれど、それでも?」
「それでもだ」
今度は彼は真っ直ぐに私の目を見て即答した。
基本的にユウキは貴族という物を嫌っている。
それは私がそうなるよう仕向けたわけじゃあなくて、ハイファン王国で受けた仕打ちを考えれば当然の帰結と言えよう。
つまり何が言いたいのかと言えば、彼女のアレク君に対する好感度は王族であるという一点だけでゼロどころかマイナスになっているのだ。
その辺り、アレク君は勘付いている筈だとこれまでの言動から予想している。
それでも諦めないと言える執着心の強さ。
見方によってはストーカーみたいでキモいとも取れるけれど、顔が美男子ともなれば一途で男気があると見做しちゃうのが世の女性というもの。
これは本気で惚れちゃってるのかな?
なんて他人の色恋事を覗き見る出歯亀の心境で、内心じゃあニヤニヤしつつ、表面上は真面目そのものといった顔で頷いて見せた。
「なるほど、これから口説きに口説いて最終的に妃にしたいわけね。……それとも愛妾かしら?」
「か、彼女を愚弄するな!」
笑みが零れちゃいそうになるのを必死で堪えながら、あくまで淡々とした口調で受け答えする。
すると彼は激昂か照れているのか顔を赤くして語気を荒げた。
「まあ、どちらでも良いわ。答えを先に言えば、回避する手段はあるわ」
あまりからかってマジギレされても困るので真面目に答えてあげる。
アレク君は「なにっ?!」と頬を赤らめていたのも忘れて詰め寄ってくる。
「教えて欲しい」
「簡単よ。魂を触媒にして奇跡の力を引っ張ってきているのだから、それ以外の方法に切り替えれば良い」
神の奇跡、宇宙に遍く流れ続ける聖神力という高次元エネルギー。
聖職者は祈りの力によって我が身に同エネルギーを我が身に降ろす。
魔法少女は魂を媒介にして。
そして魔法使いであれば魔力を消費することで同じ事ができる。
結果は同じ。やり方が違うだけ。
だったら切り替えれば良い。ただそれだけの話だ。
「そうね、彼女にそれ専用のデバイスを作って与えても構いはしないのだけれど、生憎と材料を切らしているからすぐにとはいかないわ」
嘘である。
材料はある。
ただ、今から新型を設計するというのは面倒臭い。
要するにヤル気がないのである。
「必要な材料を言ってくれ。必ず手に入れて持ってくる」
アレク君はそれでも食い下がる。
私はちょっぴり感心しつつ、それならと申し出た。
「間に合わせにはなっちゃうけれどお古で良ければエリンジュームを貸し出すわよ」
「それは?」
「私が以前使っていた魔法杖、自分用に作った物だから彼女に最適化されていないけれど、一応は“エーテル・ドライバ”も組み込んでいるし、当面を凌ぐくらいなら可能でしょうよ」
実のところを言えば、魔力で聖神力を引っ張ってくる場合のエネルギー変換効率は滅茶苦茶悪い。なので前提として化け物レベルの魔力量を保有していないと起動すらできない代物なのだけれど、以前ステータスを確認した限りユウキの魔力量は五万超えしているし何とかなるだろうとタカを括っている。
この五万という数字は、一般的な魔法使いであれば200~500、一級の魔導師でも1,000くらいという基準で見た場合の数値だ。
で、エーテル・ドライバというのは魔力を呼び水として聖神力を引っ張ってくるためのアプリケーションなのだが、起動させた瞬間から魔力をバカスカと消費する。
ハッキリ言ってワリに合わないレベルで、だ。
ユウキが発動させた場合、きっと一時間は保たない。
魔力が枯渇した時点で魔法杖の機能が失効するから以降は魂を削って奇跡を起こすといった従来の仕様に切り替わるだろうけれど、そういった長時間にも及ぶ戦闘を行わなければ、少なくとも問題は回避できるはずだった。
「ただし根本的な解決法というのは存在しないから、最後まで騙し騙しでやっていくことになるでしょうね」
そう締め括って私はティーカップを傾ける。
喉を潤す紅茶の香りが鼻腔を抜けていくのを感じた。
「ああ、だがそれだけでも重畳だ。俺だけでは解決法なんて何も思い浮かばなかった」
先ほどまでとは一転、明るい表情で彼は礼を述べる。
何だコレ。いつからルリ先生のお悩み相談室になったの?!
なんてほんのり我に返っていた私ではあるけれど、勢いよく椅子から立ち上がる王子様は勘付きもしねえ。
いや良いけどさ……。
近い将来に恋愛相談までされちゃうんじゃないかといった予感を覚えつつ、軽い足取りで去って行く背中を見送る。
「お師匠様、きっと次はどんなプレゼントを渡したら喜ぶかとか相談されますよ?」
「うん、私もそんな気がする……」
弟子のレミーちゃんがやや呆れた様な声を出し、私も頷く。
この子も人の心の機微に聡いよね。
幼い女の子の発言としては不適当……いや単におマセさんなだけなのだろうけれど、その辺りはどうでも良いかと思い直す。
いずれにしても航空魔導士部隊が設立した暁にはユウキちゃんには先陣切って相手方に突撃するエースアタッカーの役割を担って貰う考えもあったり無かったりなので、それまでに王子様に横取りされるのは避けたいなぁと。でも他人の色恋沙汰は素晴らしい娯楽でもあるので早くくっつけたいと。
そんな二律背反を胸の奥に抱えつつ、お弟子ちゃんを伴ってベッドイン。
随分と良い気分で夢の世界へと旅立つのだった。




