05:騒動
街は陽が昇るにつれて喧噪と活気を増してゆく。
大通りともなるとそこかしこから露店を営む行商の気前の良い掛け声が放たれており思い思いに我が道を往く人々をまるで魚を一本釣りするかの如く吸い寄せていた。
また住宅街からの遠征なのか10歳にも満たないであろう少年少女の一団が私の傍を駆け抜けていく。
街の中心地は噴水を中央に置いた公園になっていて、設置されたベンチにはうら若い男女が並んで座っていたり、スーツを着こなすミドルダンディが近くで買ってきたのであろうホットドッグをパクつくのが見える。
「ああ、平和ね……」
私もそんな彼ら彼女らに倣ってベンチに腰掛ける。
空き瓶を詰め込み重くなっているリュックを袂に置いて、鍔の大きなトンガリ帽子を深めに被って。
魔法杖は手放さず半ば抱き締める様にして肩に立て掛ける。
――冒険者登録証には色々と個人情報が記載されているが、幾つかの項目ごとに等級が割り振られている。
この世界で使用されている言語は日本語でもアルファベットでもましてやヘブライ語でもないが、ここでは分かりやすくA、B、Cとしておこう。
探索 E
討伐 E
護衛 E
採集 E
雑務 E
といった具合で、それぞれのカテゴリ内でA~Eの評価がある。
これはどういう事なのかと言えば、例えばドブさらいや子守といった雑務に分類されるような依頼を長年続けてA評価を得ている冒険者がいたとしよう。じゃあ彼はドラゴンなどが街に襲来したとき最前線に立てるのか? といった問題にぶち当たる。
出来るワケが無い。
ドブさらいや子守でプロフェッショナルと呼ばれていても、だから戦闘でも強いだろうと考える方が頭おかしいでしょ?
つまりはそういうこと。
評価はあくまで評価であって能力ではない。
そして私の現在の評価はオールE判定。
採集依頼に関しても評価Eなので希少性のある難しい薬草や霊薬なんて呼ばれうる物を納品するような仕事は受けられない。
森や山に行けば簡単に手に入るような薬草や、飲んでもちょっと傷の治りが早くなるだけのポーションをちまちま売って小遣い稼ぎするくらいしか出来ないし、また私としても今の生活を続けていくぶんにはそれで全く困らないのである。
「今日は何かって帰ろうかな~? ……暗くなるまでまだ充分に時間があるし、服の一着でも買って帰ろうかなぁ?」
ベンチに腰掛けつらつら物思いに耽っている私。
多少の喧噪を交えてのどかな時間が過ぎていく。
「大変だ! スタンピードだっ! 住民は避難しろ!」
そんな中で誰かの声が響く。
声は切羽詰まっており、とても嘘や冗談とも思えない。
これは何か緊急性のある内容だと感じて、それまで視界を覆っていた帽子の鍔を指で掬い上げた。
「戦える冒険者はギルドへ急げ! 女子供は安全な所に行け!!」
大声で怒鳴り散らしているのは冒険者ではなく街の衛兵さんである。
彼は私の姿を目に捉えるなりこちらへ向かって来て告げた。
「君は魔法使いなのか? ……いや、お嬢さんは早く非難するんだ」
「え、あ、はい」
彼の目に私がどう見えたのか、初見では最前線送りを指示しようとしたものの途中で言い換えた。
私はと言えば、スタンピードって確か魔物が大量発生するとかそういった話よね? などと他人事のように構えていたり。
鉄鎧に身を固めた衛兵さんは、遅れてやって来た他の衛兵さんに顔を向けるとそちらへと走り出す。
身に付けている鉄鎧は見るからに重そうで一歩踏み出すごとにガシャガシャと騒々しい音を立てる。
あんなものを装備している人達の苦労に心の中で労っておいた。
「……でも、そうね。ドサクサに紛れて帰っちゃおうか。家が心配だし」
私は自分の行動に指針を与えると衛兵や避難指示に従う住民達、もしくは目の色を変えてギルドへと向かう冒険者諸兄らとは全く別の方へと身体の向きを変えて歩き出す。
押し寄せる人の波を掻き分け進み続けていれば、やがて擦れ違う輪郭は極端に減っていって。
歩きながら認識阻害魔法を発動させた。
プシッと魔法杖の排気ノズルが息を吐く。
何やら気分が高揚してきた。
だってホラ、新しい武器を手にしている時って、使ってみたくなるじゃない。
私は混乱のドサクサに紛れて帰る。
それは間違い無い。
ただ、その途中で眼下に広がる地表に蟻の大群が蠢いていたなら、ちょ~っとだけ、爆撃かましちゃっても良いでしょ?
誰も困らない。むしろ街としては大助かりだ。
私としても丁度良い鬱憤晴らしができる。
双方が満足する結果になるのなら、躊躇う理由なんて一つも無かろう。
「くっくっく……」
我知らず音を漏らす。
きっと私の唇は仄暗く邪悪な笑みを浮かべているに違いない。
フッと足の向きを変えて路地裏へと滑り込む。
そして人の目が無いのを確認すると飛翔魔法を発動させる。
私の身体が背負っているリュックや手にしている金属杖ごと宙に浮かび上がる。
意識を集中させれば瞬間的に直上200メートルか300メートルの位置まで駆け上がっていた。
自分の靴の向こう側に広がる街の景観。
赤茶けた屋根が多く、石造りに思われる何らかの施設は大半が大通りに沿って建てられているのだと注視していて気付く。
ああ、そうか。何だかんだ言って私はストレスが溜まってたんだな。
不意に思い至って苦笑した。
「さ、ちゃっちゃと用事を済ませて帰りましょうかね」
目を外壁の向こうへ。
なだらかな平原地帯を形の無い黒い塊が這うように、雪崩のように押し寄せてくるのが見えた。
私は「ふっ」と息を吐いて、一気に飛んで征く。
街の外壁を易々飛び越え、門から続々這い出ては隊列を組み始める冒険者や衛兵達の直上を潜り抜け、私は移動し続ける点の集合体を真下に収める場所までやって来た。
「じゃ、いくよ?」
まずは軽く一撫で。
――《爆衝弾》、セットアップ。
すると私の頭上に薄緑色をした光の球体がポツポツと灯り始める。
光球の数はある程度現れたところから一気に数を増やす。
2000、3000、5000、10,000。20,000。
これくらいあれば充分だろうと増やすのを止めて、今度は光球を加工する。
――《展開》。
すると光球が三つが一塊になる。
一つを軸にして棒状になった光が回転、三角錐を描くような形になった。
普通の魔法使いが使用する限り爆衝弾は一発だと大した威力が無い。
せいぜいヘビー級ボクサーのパンチ一発ぶんくらいが関の山だ。
だからこの魔法で相応の結果を出そうと思うなら形式を変化させなくてはならない。
加工することで十倍もの破壊力と貫通力が得られることを異世界の記憶で知っていた。
「ファイア」
ズドドドドドドドドドドドッッ!!!!
そして溜まりに溜まった鬱憤を爆発させるように、出現し足並み揃えた光球達を真下へと叩き落とす。
流星群の如く。光の雨が降り注いだ地表は黒い土煙がまるでフワフワの絨毯を敷き詰めたように巻き上がり、何者かのあげた悲鳴や怒声が爆音に掻き消されてゆく。
本当に一瞬の出来事だった。
スタンピードとやらは魔物の大発生する様を言い表す言葉ではあるけれど、それらがどういった魔物で構成されているかなんて分からなかったし、知る必要も無い。
肝心なのは私の放った魔法に耐えられるのか、そうでないのかだけ。
巻き上げられた土煙が沈静化したところ、耕された地表でまだ動いていたのは百かそこらの体格の大きな個体だけだった。
目を凝らすにほぼ全てが人型のように思われるから、オーガとか巨人とか、そういった頑強な生き物なのだろうと推測する。
だが私としてはそれ以上を確かめる必要を感じなかった。
「次で終わっちゃいそうだね。残念だけど三発目は必要なさそうだ」
可憐な唇でそう嘯くと、魔法杖を両手に持ち直す。
カコンッと音がするのと同時に杖の装甲部分が割り開かれ、奥から鋭く尖った二本のツノが迫り出してくる。
ツノの間隙に紫電が走り始めた。
杖の柄に近いところに取っ手が出現し、片方の手を持ち替える。
ヒュゥゥ、と筐体の給気する音が響いた。
「君たちはついさっき塒から飛び出して、お腹を空かせながら走り抜いて、ようやっとここへ辿り着いたんだよね。だから、そんな君たちにこの言葉を贈ろう」
キュゥゥゥゥ……。
私の背後に数十枚もの魔術回路が顕現した。
膨大な魔力が神をも打倒する力へと転化されてゆく。
杖の先端、鋭く尖ったツノの先に光が灯り、それは一秒ごとに数十倍、数百倍の大きさへと膨張していった。
「後悔なら地獄でやれっ!!!」
――《惑星破壊砲》。
ズギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!!
更地になった地表へ。或いは折り重なるバラバラになった血肉の上に、摂氏数千度もの超超高火力の光が降り注いだ。
仰ぎ見た魔物達は何が起きたのか分からない、もしくは絶望に彩られた表情をしていたに違いなかろう。
いずれにせよ、それらは如何なる表情であっても関係無く、差別無く、全てが平等に瞬間的に蒸発し消し炭すら残さず世界から消えて無くなった。
魔物達の血肉を焼き尽くしてなお有り余る光は地表の土を灼熱の焦土へと変えた。
真っ黒く燃え尽き半ばドロドロの溶岩となった土塊が、火山の噴火口のように煙を吐き出し爆心地の外に向かって伸びてゆく。
まるで地獄のような光景。
突如として出現した、或いは私が世界に顕現せしめた景観は、逆に今の今まで腹の奥底で燻り続けていた黒々としたものを霧散させてくれた。
「……ふふっ、ふふふっ……ははっ、あっはっはっはっは!!!」
なんてか弱い蛆虫どもだろう。
気分爽快、今なら何億匹でもぶち殺せそうだ。
私は愉悦100%で大笑い。
手に握られた杖はと見れば冷却中につき排気ノズルから盛大な白煙を吐き出していた。
「よし、帰ろう」
私は一仕事終えた後の充足感を胸に、我が家へと機首を向け、背後に筋を引くスピードで帰投する。
今日はぐっすり眠れそうだわ。
直径三キロにも及ぶ巨大なクレーターを作り出した感想は、これだった。




