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43:“銀の杯亭”の看板娘(ゆうき視点)


 ――目を覚ましてまず視界に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。

 寝起きにつきまだぼんやりとしている頭で熟々(つらつら)考えた事と言えば、どんな世界であっても酔っ払いというのは面倒臭いものだということ。


 『そこの可愛い姉ちゃん、ちょっとこっちに来て酌でもしてくれや』。

 『お客様困ります――、いやっ離して!』。(ガシッと腕を掴まれ)

 『いいから酌しろっつってんだ』。

 『……ボクは離せって言ったよね?』。(ドゴッと蹴り入れて撃墜)


 この遣り取りを昨日だけで三回も繰り返した。

 それも別々のお客さんと。

 いや、それは容姿的に可愛いからそうなっただけなのかも知れないけれど、ボク自身はつい数日前まで男だったワケで。

 むさ苦しいオッサンに絡まれていい気なんてするわけが無い。

 しかもお酒が入った男というのは気も大きくなってるらしく、さりげなくとか、ついうっかりなどと偶然を装って触ろうとしてくる。内の一人などはスケベ心を隠そうともしないで手を伸ばしてきた。

 その度にゾワワ~って背筋に悪寒が走って、思わずぶん殴りそうになるのをすんでのところで堪えるといった事案が五回も発生した。まあ、蹴り飛ばしはしたけれど。


「あぁ、鬱だ……」


 思わず口をついた言葉は、けれど完全に女の子の音色だった。

 ルリさんに命を救われた代償としてボクは女の子にされてしまった。

 しかも何故だか魅力が限界突破しているクソ仕様ときたもんだ。

 たぶん戦闘能力という意味に於いて決して劣ってるわけじゃあない。

 ただ魅力だけが突出している。

 するとどうなるのかと言えば、出会った男達から次々言い寄られたりセクハラされてぶっ飛ばしたり、場合によっては拉致監禁からの売り飛ばしコンボを食らいかけたりと碌でもない事になる。


 というのを、この一週間でまざまざと思い知らされた。


 魔王バハネルを撃退した後、相良君(ゆうしゃ)たちに王国を抜け出すよう勧めておいて、ボクは魔法で作った水龍の背に乗ってそのまま隣国アルベティアの首都“リガーデン”までやって来た。

 それより手前にも町はあったのだけれど周辺に砦が見えたのと町の規模がそれほど大きくなかった事から侵入を諦めてそのまま首都に向かったんだ。


 砦が近いと言うことは、きっと町に常駐している兵士も多いはず。

 そして小さな町というのはちょっとした変化に敏感で、見慣れない人間が入ってきたら無遠慮に嗅ぎ回るどころか異物と見做されたが最後、村ぐるみ町ぐるみで排除しようとする。

 しかもタチが悪いことに、そう言った場所には豪族というか権力者がいて国の法律なんて丸っと無視した治外法権になっているのが世の常だ。

 すると暗黙の了解の中で放火や殺人、強盗、強姦、拉致監禁からの臓器売買が行われるといった話になる。


 日本の田舎町がまんまそうでしょ?

 警察も検察も裁判所も弁護士も、全部が全部グルになって無実の一般人に冤罪ひっ被せて人生を終わらせるなんて事が現代の日本ですら罷り通っているのに、文化も倫理観も中世レベルのこの世界で無いワケがない。


 なので無駄な諍いを避ける意味でも最初から大きな町を目指したらそこが首都だったと、それだけの話なんだ。

 ただ、予想外だったのは深夜の首都に潜り込んで早々、数名の人攫いと思しき男達に取り囲まれてしまったことで。

 魔法少女の力を持っていたボクは徹底抗戦の構えで彼らを制圧したワケだけど、その後どうなったのかと言えば駆けつけた衛兵たちに事情聴取の名目で詰め所まで連行されて……。

 なぜだかやって来た彼らの上役と思しき男――アレクと名乗ったけれど、役職とかは聞かされていない。ただ衛兵の皆さんが畏まった態度を執っているのは理解できた――から王都滞在の許可と引き換えにある居酒屋で働いて欲しいとかいう取引を持ち掛けられて。


 うん、今に至ってもどうしてそうなったのかサッパリ分からない。

 居酒屋は王都でも知る人ぞ知るっていうお店で、名を“銀の杯亭”という。

 そこに住み込みで働くことになったボク。

 料理人ではなくてウェイトレスとしての労働だ。

 憂鬱になりそうな気持ちを無理矢理に切り替えてベッドから抜け出す。

 お給金としてはたぶんかなりの高額だと思う。

 なので生活費を稼ぐ意味でも続けなきゃいけないのは分かっては居るのだけれども。

 セクハラがなぁ……。

 あれさえ無ければ良い職場だと思うのだけれども……。

 う~ん……。


 着替えて宛がわれている従業員用の部屋を抜け出したボクは一階店舗の方に足を向ける。

 お店は剣と魔法の中世ファンタジーな世界としては異色を放つ瓦屋根の木造で、まだ準備中ということもあって玄関口の手前側に暖簾が引っ掛かっている。

 店内は、見た目そのまま日本にあった居酒屋だった。いや、回らない寿司屋と呼ばわっても通用すると思う。


 大将は名を“源太郎さん”という。見るからに堅物で気難しそうな、三十路くらいのオジサンだ。

 うん、明らかに日本人なんだけど、突っ込まない方が無難と思って何も言ってない。

 初顔合わせの時、ボクの水色の髪を珍しそうに見ていたけれど、だからといって黒く染めるようにとは言われなかった。


 ウェイトレスの制服は、洋服の上に割烹着を身に付けるといったもので衣服は派手なドレス姿でなければ何でも良いそうだ。

 街に降り立った瞬間というのは魔法少女として、いわゆる“ちょいエロで可愛いドレス姿”だったものだから、その格好で仕事するのは止めろと言われたものと解釈している。


 着の身着のままで空を飛んできた事が災いしたと言うべきか。

 替えの服が無くてどうしようと悩んでいると着ていたドレスが光って何処どこにでもあるような町娘姿になった。

 それまでずっと変身した格好のまま動き回っていたんだと気付いたのはこの時で。

 水色だった髪も念じただけで黒髪になった。

 魔法って素晴らしいと、この時ばかりは本気で感動したものだ。


 それで黒髪町娘へと無事クラスチェンジを果たしたボクは、そこへ割烹着を装備して居酒屋の給仕として働く事になったのさ。


「ユウキさん、まかない食べるかい?」


「はい、大将!」


 店内は調理場だけ照明が付いていて、客が入るテーブル席は薄暗い。

 天井に張り付いている明かりはスイッチ一つで点灯するし調理場にある水道の蛇口を捻れば水が出る。

 さらにコンロからガス火が出るともなると異世界にほんと繋がっているのかと疑っちゃうが、ツッコミ入れるとボクが向こうの人間だってバレてしまう事もあって疑問は口にしていない。

 めちゃくちゃ露骨ではあるのだけれど、それが逆に何かの罠に思えて、ボクは自分が転移者である事を明かしていなかった。……まあ、水色髪の美少女が自分は日本人だって言ったところで誰が信じるんだって話にもなっちゃうけれど。


 一巡見回していると後ろから声を掛けられてボクは一も二も無く返事する。

 開店は昼前からだけど、大将は朝早くから起き出してきて仕込みをしている事をボクは知っていた。


「今日は鮭の包み焼き。レモンを搾って食べると美味い」


「はいっ、――はふはふっ、すごっ、うまっ!」


 包み紙として使用されているアルミホイルを開いて熱く焼けた赤みのある身を箸で割って口に放り込む。

 すると鮭の独特な旨味とバターの芳醇な香りそして絞ったレモンの酸味が渾然一体となって舌の上でワルツを踊る。

 添え物のニンジン、えのき、しめじが唱和して調和する様は、まさにオーケストラ。


 いや、そうなってくると今度はホカホカのご飯が欲しくなってくる。

 目で訴えかけると大将はニヤリと口元を緩め、お茶碗一杯のご飯を差し出す。

 ボクは慇懃な手つきで茶碗を受け取ると炊きたてのお米を口の中へと投入する。

 その瞬間に完成を見た食のユートピア。

 具材の全てが他を補完し合う完全なる調和。


 幸せ。ただただ幸せ……。

 ツッと頬を涙が伝う。

 生きてて良かったと、心の底から思った。


「美味いか?」


「はい、大将……」(グスッ)


 涙混じりに答えると大将は「そうか」と笑んだ。



 ――と、そんな一幕を経つつ銀の杯亭は本日も開店。

 ウェイトレスは以前から勤めている“アリーナさん”。赤毛が可愛い娘さんで見た目の年齢もボクとそう変わらないためか話し掛けてくる態度は気安い。


「ユウキちゃん五番テーブルにお願い!」


「は~い!」


 呼ばれて受け取った料理をテーブルに運ぶ。

 入ってきたお客さんに注文を取る。

 おしぼりとお冷やを置く。

 そんな事を繰り返していればお昼の激戦は終了。

 夕刻前にはお酒を出す前提での夜の部が始まる。


「姉ちゃん酌してくれよ」

「そんなのは自分で手酌して飲んで下さい」

「取り敢えずナマ!」

「ナマ一丁入りま~す」


 夜の店内は激戦を通り越して修羅場となる。

 お客さんの中には常連もいれば新規客もいる。

 彼らは当たり前だけど中世ファンタジーな世界の住人なので衣装だってソレっぽいものを身に付けている。

 なのにお店の内装は日本でお馴染みの光景で。

 そうすると何やらコスプレ集団がコミケの打ち上げで立ち寄ってんじゃないかってな様相となる。

 まあ、でも。ボクはこんな風景も嫌いじゃあない。

 むしろウェルカムのバッチ来いである。


「――いらっしゃい」


「お、ちゃんと働いてるみたいだね、って髪を染めたのかい?」


「ええ、まあ」


「黒も似合ってるよ」


「ありがとうございます」


 ガラガラと引き戸を開けて入ってきたのは赤毛で高身長の青年だった。

 ボクは彼の顔を知っている。

 衛兵詰め所で出会った、アレクという名の人。

 居合わせた衛兵さん達は慇懃に接していたけれど、彼の物腰を見る限り衛兵といった職業には就いていないと思う。

 身なりの良い彼はカウンター席に腰を落ち着けるなり生ビールと焼き鳥(しかも砂肝)とかいう渋い注文をする。


「おお、お前さんも今日は城――ゲフンゲフン、こっちで夕食かいな?」


「ああ、そうなんだ。家は窮屈でいけない」


 隣に座っているのは顎髭も御髪も真っ白なご老人。

 アレクさんは苦笑交じりに答える。

 そこへ注文聞きにやって来たアリーナさん。

 彼女はどこか突っ慳貪で余所余所しい態度で同じ赤髪の青年にジョッキビールを出した。


「アリーナの様子も見ておかないとね」


「お兄さ――お客様、そういうのを世間では職権乱用って言うらしいですわよ?」


「どこでそんな言葉を覚えてくるのやら」


「かっかっか、お兄ちゃんというのも大変じゃのう」


 白髭お爺さんが笑う。

 アリーナさんとアレクさんが兄妹きょうだいというのは話の流れから察したけれど、お爺さんとの関係性が分からない。

 でもいずれにしたって深く追求するような話でもなし、ボクは意識を周りに向け直し給仕の仕事へと没入するのだった。



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