31:魔法少女とは
――水神の寵愛を得て魔法少女と化したユウキが水龍の背に乗り飛び去った後、彼を彼女にした張本人はと言えばマスコットキャラと化しつつあるオコジョのバンドウ、それから弟子のレミーちゃんとで軽い朝食などを召し上がっていた。
(それにしてもお嬢。どうしても分からないんだがよ、さっきの、ユウキだったか? 男を女の子に変えた挙げ句に力を与えて魔法少女にする意味ってあったのか?)
地面で与えられた固いパンの欠片をカリカリと貪り食らうオコジョが念話で話し掛けてくる。
膝くらいまで高さのある石の上に腰掛けているルリは、同じくパンを囓りつつ答えた。
「確かに私は彼女にそんな感じの説明をしたけれど、まさか一から十までホントのことしか言ってないって本気で信じてるの?」
瑠璃色の娘さんは涼しい顔で曰う。
オコジョは首を傾げて飼い主を見上げた。
(じゃあ嘘吐いて騙したってのか?)
「いいえ、ほんの少し言ってない事があるだけ。言葉の大部分は間違ってはいないし、何よりよく聞きもしないで契約を交わす馬鹿な子供にはお似合いの末路だと私は思うのよ」
ルリはこう言った。
『死んでしまった貴女を蘇生させるために既に契約の名の下に魂を繋げている』。
『この状態から更に契約更新することで貴女を魔法少女にする事が出来る』。
『自身の魂を触媒にして宇宙から途方も無い力を引っ張ってくる』。
『詠唱も祈りも必要とせずに神の力を振るえるようになる』。
契約とは約束事。正当な取引であることの物証。
魔物に致命傷を負わされていた朝霧有紀という人間は、この時点で死にかけていた。
死にかけていたというのは“まだ死んでいなかった”ということ。
ルリが強制的な割り込みを掛けて自らの因子を移植、即ち魂の一部を接続したせいで彼はショック死したのだ。
死んだ生物は単なる物質となる。
物質は魔法で加工する事が出来る。
なのでルリは彼の肉体を自分にとって都合の良いように女の子のそれへと造り替えた。
だから彼はユウキという女の子になったのだ。
魂を接続された彼女は、ほぼ操り人形となっている。
上位下位の立場となるために情報の遣り取りは限定的で、要するにルリの側からならユウキの思考は元より視覚や聴覚といった感覚の情報を取得できるし、彼女の行動そのものを操れる。
一方でユウキ自身は自分が与えられた命令に従うばかりの人形になっている事も、見聞きした情報や触れた物の感触がルリにも伝わっていることにさえ気付かない。
ルリにとっては自分の分身にもなり得るお人形。
最初は町娘Aとして都市部に潜伏させるなどして情報の収集に努めさせようと考えていたけれど、よく考えれば意のままに動く操り人形であれば多少なりとも力があった方が何かと遣りやすい。
やり過ぎて魂や肉体が砕け散ったからといってルリには何の損害も無いのだから、ここは一つ大改造してみようと思い立って契約を持ち掛けたのだ。
まあ、一見して契約を持ち掛けたように思われても、その実、応諾するよう命令を出していたのだからユウキには選択権すら与えられていなかったのだけれども……。
ルリの言った“魔法少女”という存在は、いわゆる“魔法使い”とは異なる。
体内の魔力を呼び水として宇宙に遍く流れ続ける聖神力というエネルギーを体の中に引き入れ奇跡を顕現させるといった仕組みなので、どちらかといえば高司祭などの方が近しい。
端的に言えば神に対する祈りや信仰心を全部すっ飛ばして神の如き奇跡だけを発現させる。
これがルリが魔法少女と呼ぶモノの正体だった。
「ま、分不相応な力を得るのだから、対価としてそれ以外の全てを差し出すのは当然の事よね」
なおルリはアカシックレコードと接続した際に「魔法少女」の称号は取得していたものの、そういった能力は自身に付与していない。
能力の改竄によって性能的に超常というだけで、聖神力の運用そのものは杖の方に任せているのだ。
だって不安定すぎて実用化の難しい技術だからね。
いつ暴走するかも分からないシステムをなんで自分に施さなきゃいけないのか。
ユウキちゃんには力を使いまくってデータを積み上げる実験体の役割も担って貰おうと考えているわけさ。
なんにしても、今は固いパンをガリガリと啄みながら平行して城内に辿り着いたユウキを操作、次々襲い来る魔物たち相手に無双しているといった状況なのである。
(嬢ちゃん、俺が言うのもアレなんだが。あんた悪魔みたいな女だよな)
「褒めたって何にも出ないわよ?」
(褒めてねーよ!)
一人と一匹は軽い漫談を交わしつつ、お弟子さんはといえば自分も魔法少女にして欲しいといったお願いをすんでの所で飲み込んで安堵の息を漏らしていたり。
全く以て世の中とはままならないモノである。
――自分が立ち去った後にそんな遣り取りが行われていようとは露知らず。
魔物達の攻撃を受けて陥落寸前となっているイスカリオテ城では、急遽として参戦した謎の魔法少女(笑)の尽力もあってまだ城内に取り残されていた一ノ瀬姉妹は無事に保護されていた。
侵入した魔物たちを相手に逃げ惑っていた一ノ瀬夏樹、美冬の二人を、出会って早々目の前で魔物の群れを葬り去ることで敵ではないと認識させ、かつ自身の戦闘能力が他の追随を許さないレベルにあるのだと瞬時に誰の目から見ても分かるよう披露して見せたのだ。
この結果“水の魔法少女ユウ”は少女達にとっての救世主となっていた。
「ゆ、ユウさん、助けて!」
根っから小動物系の一ノ瀬妹が姉にしがみつく格好で新たに出現した怪物を指差せば、「はいはい」なんて緊張感に欠けた物言いで指先から超高圧の流水を放出して五体バラバラに切り刻むユウキ。
美冬が安堵するのとは対照的に一ノ瀬姉が不安げな、というかちょいと嫉妬混じりの目を向ける。
それは妹に自分の活躍する姿を見せられない事への不満なのか、それともユウキの美貌に対する羨望を拗らせた末の事なのかどうにも判断付かない。
「ねえ、あなた。城の他の人達に加勢はしないの?」
先行している二人と合流しようと早足で廊下を渡る最中、夏樹が問い掛ける。
ユウキはポニテの先輩を一瞥してから答える。
「ボクが救うべきと判断しているのは君たちだけ。この城の人間がどうなろうと知った事ではないよ」
これは本音だった。
手前勝手に召喚した挙げ句、能が無いからと城を追い出し王都からも放逐したのが他ならぬこの城の人間達なのだ。
自分の行いのツケは自分で支払えとしか思わない。
「……このお城の人達に何か恨みでもあるの?」
「まあ、そんなところさ」
応答したところで新たに出現した黒々とした輪郭を出会い頭に真っ二つにする。
救出すべき人間は後ろの二人で全部。
それ以外は魔物だろうが人間だろうが全て敵であるといった白黒ハッキリした割り切り方をしていた。
「どちらにしても彼と合流したら真っ先にこの国を出ることをお勧めするよ」
ユウキは言いながら脱出経路について考える。
一階エントランスは既に魔物達に制圧されている恐れがある。なので態々階段を降りるのは労力のワリにリスクが高すぎる。
だとしたら、どこか適当な部屋に入ってバルコニーから飛び降りるのが上策か。
龍の背に跨がって……というか水の龍は自分の能力で生成した物だから自分だけは確実に飛び乗れるのだけれど、この二人は乗れるのか?
なんてちょっぴり不安に感じつつ。
ものは試し、駄目そうなら自分の左右の腕で抱えれば良いかと楽観的な結論に達して手近にあった扉を押し開く。
奥には部屋中に散乱したガラス片と、開きっぱなしで風が流れ込んでいるバルコニーの大窓。
そして通せんぼするように鎮座する黒々として毛むくじゃらな奇っ怪な生物であった。
「なるほど、手強そうだ」
入室早々、ユウキは三つ叉の槍を手に突っ込んでいく。
ビュオ。
毛むくじゃら塊の毛の一部分が腕のように伸びて薙ぎ払う。
上体を屈めてやり過ごすユウキ。
「フッ」
短く息を吐いて床を蹴る。
更に加速した体躯が魔物のすぐ前まで迫った。
「墜ちろぉ!!」
ボコリッ。
槍で突いた瞬間に手合いの胴体に大きな風穴が空く。
先ほど近衛騎士の首を刎ねた怪物は、より強大な怪物により瞬間的に骸と化し数秒の後ともなればボロボロと輪郭が崩れて最後には塵も残さず消滅した。
床に血のように真っ赤な石が転がり落ちる。
「魔石……ああ、そうか」
石を拾い上げ思わずといった調子で呟くユウキ。
魔物と一括りにしても二種類ある。
一つは野生動物等が放つ邪気が凝り固まって魔物化するパターン。
もう一つが最初から何らかの意図を持って製造されたパターン。
自然発生する魔物というのは魔種を核として受肉した生き物と言える。
野生動物が魔種を誤って食べるなどして体内に摂取、魔物化するケースもあるが、そこは置いておこう。
問題なのはそれら自然現象として出現する魔物達というのは、倒した後も死体として残るということ。
対して作成された魔物というのは最初から魔物を作る意図で魔種を作成、そこに魔力を流し込んで無理矢理に魔物として出現させる手法となる。
とは言え魔種単体だと魔力を流しても魔物としては完成しない。
ここで触媒に使用されるのが魔石というわけ。
一種の錬金術というか、魔法生物に近い存在となる。
なのでこのパターンだと倒した後の死体は魔石のみを残して跡形も無く消え去ってしまう。
この理屈で言えば城内で暴れ回っている魔物は全てが後者だった。
言い方を変えよう。この魔物達には創造主がいてソイツは目的を持って城攻めしているということ。
ひょっとしたら既に城内に潜伏しているかも知れない。
まあ、運悪く遭遇したらそのまま倒してしまえば良いかと余裕の構えを見せるユウキであった。
――こうして魔法少女は少女二人を伴いバルコニーに出る。
眼前に水の龍を生み出すと来たときと同じようにその背、というか首元に跨がる。
心配は杞憂だったようで一ノ瀬姉妹は無事に龍の首に跨がる事が出来た。
ホッと息を吐きつつ龍を移動させようとした所で、頭上にある暗雲がいっそう濃さを増した。
『クククッ、恐るべき魔力を感じて余自ら出向いてみれば、随分と面白い事になっておるではないか』
辺りに響く低い声。
最初は念話の類かと思われたが、どうやら肉声だったらしい。
風切り音に邪魔されてひどく聞き取りにくい。
「あれ、見て!」
ユウキは後ろに乗っている夏樹の指差した方へと顔を向けた。
そこには一見して巨人かとすら思われる巨躯を己が背から生やした三対のコウモリ翼にて宙に浮かべる人型の魔物がいた。
「ああ、ゲームのグラフィックそのままだな。……なんて捻りの無い」
思わず呟くユウキの言葉に怪訝そうな表情を見せる夏樹嬢ではあるが、それはさておき。
ゲーム“神々の箱庭”のラスボスとなる魔王バハネル自らが遅ればせながら参上したのである。
魔法少女は水色髪を風に弄ばれるのもそのままにゲンナリとした顔になる。
「これはもう説得して退いて貰うか、駄目そうならぶっちめて“体で分からせる”しかないよね?」
暴力は良くないだのと綺麗事を並べて悦に浸る輩は数多存在するが、暴力で世の中の大抵の問題が解決するのもまた事実。
そう思い水龍の機首を魔王へと向け直すユウキであった。




