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13話 狂気との対面

 

 モニターから聞こえてくる声は、機械を通して合成された、ひどく無機質な声だった。


 壁一面を占める巨大なメインモニターに、男の姿は映っていない。漆黒の画面の中央に、白く発光する『零』という漢字が一つだけ浮かび上がり、その声の抑揚に合わせて、心電図のような音声波形が波打っているだけだ。


 だが、その声の主が誰であるか、俺の直感が激しく警鐘を鳴らしていた。


「初めまして。私の名前は神代浩二。この組織のリーダーだ」


 全身の血が沸騰するような錯覚を覚えながらも、俺はアサルトライフルの銃口をモニターに向け、なんとか声を絞り出した。


「……なぜ、俺の名前を知っている」


 波形が、ふふっ、と微かに揺れた。


「知っているさ。君の両親を殺したのは、他ならぬ私なのだから。君が私を追っていることも、港の倉庫やオフィスビルで私の部下たちを葬ったことも、すべて把握している。それにしても、見事な手際だった。君のその腕前には、心から賛辞を送ろう」


 賞賛の言葉など、俺の耳には届かなかった。


 脳裏に蘇るのは、十数年前の記憶。血の海に沈む父と母の姿。そして、それを見下ろしていた男の冷たい背中。ずっと抑え込んできた憎悪が、限界を突破して決壊した。


「貴様ぁっ……!! 貴様は、なぜ両親を殺した!!」


 俺の口から出たのは、獣のような咆哮だった。いつもの冷静さなど欠片もなかった。引き金にかかった指が、怒りでカタカタと震える。


『蓮さん……! 魂が、貴方の魂が……!』


 月詠の悲痛な声が聞こえた。おそらく今の俺の魂は、彼女が言う「青く澄んだ光」を失い、復讐の対象と同じ赤黒い炎に染まっているのだろう。だが、今はどうでもよかった。


「なぜ、か。単純なことだ」


 神代の声は、ひどく穏やかだった。まるで、今日の天気でも語るかのように。


「彼らは、私の崇高な計画において邪魔な存在だった。ただそれだけだよ。私は神の代行者として、この町に真の救済をもたらさなければならない。その障害となる小石を取り除いただけのことだ」


「救済だと……? ふざけるな! 貴様はなぜ、この町を破壊するつもりだ! それが代行者のやることか!」


「破壊ではない。これは『リセット』だ」


 モニターの音声波形が、不気味なほど一定のリズムを刻む。


「利益に群がり、真実から目を背け、他者の犠牲の上に偽りの繁栄を貪る者たち。この美浜町というシステムそのものが、もはや取り返しのつかないほどに腐敗しきっているのだよ。だからこそ、一度すべてを『無』に還し、清算しなければならない。彼らの罪を浄化するためにね」


「そんな妄想のために、どれだけの血が流れると思っている……!」


「妄想ではない。これは私に与えられた『天命』なのだよ」


 神代の声に、初めて熱がこもった。


「十年ほど前、私はある出来事で全てに絶望し、暗く冷たい淵の底で命を落としかけた。……だが、奇跡は起きたのだ。絶対的な『終わり』の淵で、私は神に認められた」


 狂っている。こいつは、自らの凶行を完全に正当化し、神に選ばれたと本気で信じ込んでいるのだ。


「あの日、私は理解したのだ。この腐敗した世界に裁きを下すため、私は生きているのだと!」


 神代の言葉は続く。俺には到底理解できない、狂信者の理屈だ。


「……貴様のイカれた御託はもう聞き飽きた。神代…………必ず俺が貴様を殺してやる」


「血の気の多いことだ。だが、残念ながら対話の時間はここまでのようだ」


 波形がピタリと止まり、画面の『零』の文字が、赤黒い光を放ち始めた。


「君もまた、私の計画において目障りな小石になりつつある。私の舞台に上がる資格はあったようだが、ここで降りてもらう。両親の元へ、私が送ってあげよう」


「逃げる気か、神代!」


「逃げる? 違うな。浄化の始まりだよ。さようなら、桐生蓮君」


 プツン、という音と共にモニターが暗転し、監視室の電源がすべて落ちた。


 完全な闇と静寂が、俺たちを包み込む。


『レン! クソッ、外部からの通信回線が完全に物理切断された!』


 イヤホンから、ギークの焦燥しきった声が響く。


『それに、トンネル内のあちこちで、莫大な数の熱源反応が急激に膨れ上がってる! これは……!』


「罠か……!」


 俺は暗視ゴーグルを起動し、出口へ向かって走り出した。


 だが、床から伝わってくる微かな地鳴りが、すでに手遅れであることを告げていた。鼓動のように、あるいは終焉を告げる秒針のように、重低音がトンネルの奥底から響いてくる。


『ダメだ、数が多すぎる! トンネルの壁全体に爆弾が仕掛けられてやがる! レン、逃げ――』


 ギークの絶叫は、耳をつんざくような圧倒的な轟音にかき消された。


 足元のコンクリートが波打ち、世界がひっくり返ったかのような爆発の閃光が、背後から俺を飲み込む。


 衝撃波に身体を打ち付けられ、熱風が肺を焼く。崩れ落ちてくる天井の塊が、俺の視界を覆い尽くした。

 

 痛みを感じる暇もなく、俺の意識は深い闇へと落ちていった。


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