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名もなき供物の幸せな神隠し  作者: 三羽高明


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花が咲くように、今と昔を結ぶ(1/1)

 私と残月様と咲月様の婚礼の儀が執り行われたのは、季節が巡り、翌年の春が終わりに近づく頃だった。


 ――今優先するべきは神域の復興ですよ。


 土蜘蛛の攻撃でボロボロになってしまった神域を放置して、自分だけ幸せになることなどできないという想いから私はそう提案したのだけれど、これには残月様も咲月様も異論はないようだった。


 焼けてしまった建物を再建し、死者はきちんと埋葬して、怪我人には相応しい治療を施す。戦いで家族を失った者たちにも、手厚い補償をする必要があった。


 幸いにも、土蜘蛛の被害を受けたのは一部の地区だけだったので、神域の建て直しは比較的早く進んだ。無事だった地域からは墳丘を通じて物資が届いたし、中には復興を手伝いに来てくれる人もいた。


 あれから私は一度も村には帰っていないけれど、噂に聞いたところによれば、立波村はもうないらしい。


 それも当然だろう。村人は全員土蜘蛛に食べられてしまったし、どうにか生き延びた奴婢だって、いつまでも物の怪が支配していた村に住み続けたいわけがない。


 生まれ育った村がなくなったことで、私はいよいよこの神域こそが自分の住む場所だという想いを強くしていた。ここ以外に私が生きたい場所はない。そう感じるようになっていたのである。


「ぼんやりしているようだが、疲れたか?」


 隣に座る残月様が尋ねてくる。


 神が花嫁を正式に(めと)るための儀式とはいっても、婚礼の儀は特に堅苦しいものではなかった。


 朝早くから日傘のついた輿(こし)に乗って、神域中を巡る。道には住民たちがずらっと並んで、私たちに「おめでとうございます!」と祝福の言葉をかけてくれた。


 それが終わったあとは、船上での宴だ。もちろん水上を走る船ではなく、会場は例の空を飛ぶ船形はにわである。


 柔らかな敷物を敷いた床には、大きな皿に載ったご馳走が所狭しと並んでいた。無礼講とのことで、皆お酒を飲んだり、料理をつまんだりしながら、楽しくやっているようだ。


「この船、俺が作ったんですよ?」


 向こうで自慢話をしているのは土器職人の長壁さん。それをふんふんと聞いているのは、武人の押勝さんだ。


「いいですねえ。俺ももっと昇進したら、こんな軍船の指揮ができるようになりますかね?」


「昇進なんかしなくても、一人乗り用の船に乗ればよくないですか? 次の作品はそういう方向性でいきますかねえ……」


 長壁さん、相変わらずの創作意欲ね。


 そんなことを考えていると、私の盃に侍女の小雪さんが飲み物を注いでくれた。


「すごい盛り上がりですね。給仕の手が追いつきませんよ!」


 小雪さんは朗らかに言いながら、宴の参加者の間を蝶のようにひらひらと飛び回って、皆の接待をしている。さすが、お世話上手なだけあるわ。


「別に疲れてなどいませんよ」


 私は盃の中身を飲み干して、残月様に笑いかけた。


「ただ、ここまで来られて本当に良かったと思って」


「未咲と私が別れてから、もうどれほどたっただろうな。神の目から見ても、長い年月だった……」


「ふたりとも、何をしんみりしているんだ?」


 武人たちと話していた咲月様が戻ってきて、私の肩を抱いた。


「宴の席だ。楽しくやろうじゃないか」


 咲月様はぐいっとお酒をあおると、口移しでそれを私にも飲ませた。残月様が呆れ顔になる。


「お前には感傷という言葉は不似合いだな」


 そう言いながら、彼も私に口づけた。あら、残月様のお口の中、冷たい……。


「削り氷だ。食べるか?」


 残月様が器に盛った氷を差し出してくる。この容れ物、私が昔作った土器だわ。


「残月様も咲月様も、お待たせしてしまって申し訳ありません」


 私はふたりに向かって頭を下げた。


「実は私、もう何度もこの神域に来ていたんですよ。歴代の供物も全員、私の生まれ変わりだったのです。ただ、誰も名前がついていなかったために、神域に来た途端に消えてしまったのですが……」


 すべてを思い出した私の頭の中には、歴代の花嫁としての記憶も蘇っていた。


 皆、神域に行けば幸せになれるかもしれないというかすかな希望を抱きながら、村での苦しい生活に耐えていた。


 けれど、名なしの運命は決まっている。神域では名前のないものは生きられない。だから、歴代の花嫁は、残月様たちに会う前に全員消えてしまったのだ。


「やはりそうだったのか……」


 残月様が沈んだ顔になった。


「初めてお前と会って話すまで、私はそのことにまったく気づいていなかった。神域は特殊な場所だから、普通の人間は生きられないのかもしれないとしか思っていなかったのだ。もし事情が分かっていたら、皆を救ってやれたかもしれないのに……」


「残月様のせいではありません。そういう運命だったのです」


 人の身で神に嫁ぐのは、きっととても大変なことのはずだ。未咲としての私は、「残月様との恋を叶えたい」と望んだ。けれど、それは何かの代償なしには成就しない願いだったに違いない。


 それが歴代の花嫁の命だったのだろう。それでも、私は犠牲を払い続けた。そうしてやっと、残月様たちのもとにたどり着いたというわけだ。


 私のこの身には、歴代の花嫁たちの想いが宿っている。私が土蜘蛛を隠り世へ送り返す際に強い力を発揮できたのもそのためだろう。


 土蜘蛛は「たった一人の人間ごときでは自分を倒せない」と豪語していた。けれど、私は一人であって一人ではないもの。


 積もり積もった花嫁たちの想いが霊力に変わり、膨大な力を生み出した。長年の犠牲をこんな物の怪ごときに踏みにじられたくはないという気持ちが、土蜘蛛を圧倒したのだ。


咲結(さゆ)。花が咲くように今と昔を(えにし)で結ぶ者の名前……」


 残月様がかんざしを振り、霊力で花を作り出す。これは……桜?


 残月様がその薄紅色の花を私の髪に飾った。


「どんな名がついていようが、お前は美しい。けれど……『咲結』ほど相応しい名前もないだろうな」


「当たり前だ。俺たちの花嫁なんだから」


 咲月様が快活に笑う。


「そうですね」


 私は生み出されたばかりの桜にそっと触れた。


「私は残月様と咲月様の花嫁。これまでも、これからも……」


 人間の私は、神のように長い寿命は持たない。私は残月様たちよりも先に命を終えてしまうだろう。


 けれど、そうなったらまた生まれ変わってふたりに会いにくるだけだ。散った桜も来年になればまた花をつけるように、私も何度でもこの地上に生を受けよう。


 それが、「咲結」の名を選んだ私の選択。今生では歴代の花嫁の分まで幸せになり、次の命をもらったら、また残月様と咲月様と再会する。


 これは、そんな決意がこもった名前なのだ。


 ――必ずまた、あなたの元へ行きますよ。


 私が「未咲」だった時にも、そう約束したものね。


 でも、今はそんな難しい話はなし。この瞬間はただ、宴を楽しむことだけを考えていたい。


 そう思いながら、私は両隣に座る愛しい夫の手を取って微笑んだのだった。

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