50.帰還の日(或る物語の出口)
火星のVermilionの空の一角に、きらりと光る点が現れた。
地球との往来を担う核融合船ヘリアンフォラ号は、今、火星の衛星軌道上を静かに周回している。そして、今、そこから連絡船が切り離されて、コロニーの滑走路へと滑空してくる。それが、まるで昼間の空に輝く星のように見えるのだ。
海鳥のような翼を持つそれは、見かけによらない思いがけない速さで降下してくる。そして、機影は赤い空の中であっという間に大きくなり、やがてリトプス1の滑走路に舞い降りてきた。赤い砂が舞い上がる。
乗っているのは、地球からの物資と、リトプス1の新しいクルー達。帰りには、入れ替わりでコロニーを去るクルー達が乗って、また雲のように巨大なヘリアンフォラ号へと戻ってゆく。
今日は、交代するクルー達の地球帰還の日。そして、新たなクルー達の火星赴任の日。
現クルーの約半数はここに残るが、残りの半数は、今日、この朱天の星を去る。
◇
交代式が行われる。
挨拶や訓示などはない。事務的な伝達事項が伝えられ、今日の予定を説明される。
その後、昼食。
昼食は、新旧クルーが揃って食堂のテーブルに着く。今日は保存食じゃない。メニューはエアポテトと大豆ミートのビーフシチュー風。デザートにカルカンケーキが添えられた。ソフィさん心づくしの火星産食材ランチだ。
昼食後は、仕事の引継ぎ。それが終われば、帰還組は荷物をまとめてロビーに集まる。
そして、新しいクルー達の半数は、試験施工区の空いた部屋へ、残りの半数は本施工区の新しい部屋へと案内される。
これで、交代式は終了。あっさりしたものだ。そして、帰還組はロビーで出発の時間を待つ。
皆、出発の時間まで、ロビーで思い思いに歓談する。
◇
「名残惜しいわ。」
「そうか。」
ロビーの隅に、リオコさんとアルフォンソ医師の姿があった。
リオコさんは帰還組、アルフォンソ医師は居残り組だ。
「ずいぶん遠い所まで来てしまったものだな。」
「そうね‥‥」
「知ってたか?お前がクロアチアの山里を去って放浪を始めてから、今年でちょうど1,000年になる。」
「もう、そんなになるの?」
(ん?なんの話だ?)
「それにしても、『守護天使』はないわ。」
「ああ、あれな。あの時は腹が立って、ついメールにそう書いてしもうた………『悪魔』の方が良かったか?」
「それも嫌だけど。」
「まあ、いずれにせよ、お前はもう黒い翼も持たぬし、不老不死でもなくなった。」
「私がそう望んで、貴方がそうしてくれた。ありがとうね。」
「地球でゆっくり、残りの人生を過ごすがいい。放浪の旅はもう終わりでいいじゃろう。」
「ところで、貴方はこんなところで油売ってていいの?神様。」
「神様ってのはな、実は暇なんじゃよ。」
「そうなんだ。」
「じゃあ、元気でな、ダンタリオン。」
(今の会話は、何?)
◇
やがて時間が来て、帰還組は与圧服を着て、滑走路に出て連絡船に乗り込む。
僕たち居残り組は、ロビーのモニター越しに、彼らを見送る。
アルフォンソ医師もモニターを見ている。
エンジンからオレンジ色の炎を引いて、連絡船は飛び立っていった。
◇
多分、さっきの会話は、聞いてはいけないものだったんだ。
だからもう、これ以上考えるのはよそう。
居残り組の櫁柑山 博は、そう思いながら、いやそう思うことにして、静かに仕事場へと戻っていった。
(終)
あああすみません変な終わらせ方をしてしまいました。
「誰?」とか思いますよね?
本作品的には謎のまんま終わりでいいか、と思ったんですが、正体知りたい方はこちらを参照下さい。
<a href="https://ncode.syosetu.com/n9776lm/5/">「サマーンの憂鬱 ~アルヘシーラス包囲戦~」</a>




