第五話 撲殺令嬢は懸賞金をもらいに行く
もう一話追加します
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は悩んでいた。
朝食の会場で父からもらった自らの懸賞金100億ドラー付き指名手配書を見て呟く。
「やっぱり納得できませんわ。
私の顔が似ていないのは仕方ないにしても、背中の『愛・夜櫓死苦』が誤字だらけだなんて」
日本語の漢字で書かれた金糸の刺繍がこちらの世界の人に読めるはずもなく、まして正確に漢字を書くなど出来るはずもないことなど全く考慮していない。
「『愛』なんて『変』に見えますし、せめて『恋』にして欲しかったですわ。
これはもう、懸賞金をもらうついでに抗議するしかありませんわ」
決断したら行動に移すまでは非常に早いローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢である。早速自室で黒のつなぎに着替えると、
「懸賞金もらいに行ってきますわね」と大声で宣言して、窓から中庭に飛び降り、ポチの背に乗って飛び立った。
王都から帝都まではいかにポチが早いとは言え通常なら半日はかかるところだ。
「一刻も早く抗議するためにも飛ばしますわよ。
ポチ、用意はいいですか」
「キュイーー」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はポチに声を掛けて了承を得るやいなや、身体強化・加速・空気抵抗減少などの支援魔法を掛けてポチを加速させる。
更に自身の背中から魔力ジェットの魔法を発動し、真空波トンネルも発動させて音速を超えたことによる衝撃波を軽減する。
魔法盛り盛りで急いだおかげで、ものの30分も飛ぶと帝都の上空にたどり着いた。
目的地に着いたことに気づき、慌てて魔法の発動を止めたが、減速するまでにかなりオーバーランしており、通常速度で帝都に引き返すのに30分もかかってしまった。
次は減速時間も考慮して飛行しましょうと反省したローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢である。
さて、帝都では、何かが猛スピードで上空を通過したかと思ったら、やがてゆっくり引き返してきたそれは暗黒溶岩竜だったのだからたまらない。
「うわーー。暗黒溶岩竜が出たぞ」
「帝都守備隊は何をしているんだ」
「災厄の竜だ。みんな食われるぞ」
「もうダメだー」
「に、逃げロー」と、一大パニックが発生した。
もちろん、帝国城の中でも蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
「ええい、静まれ、静まれー」
軍のお偉いさんや騎士団が事態を収拾しようとするが、問題の暗黒溶岩竜はまさにその王城に向かって飛んでくる。
徐々に大きくなってくる暗黒溶岩竜の背中には漆黒のつなぎを纏ったローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が視認された。
「だ、誰か人が乗っているぞ」
「まさか……、指名手配の竜使い!」
いち早くローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の正体に気がついた兵が叫ぶ。
「懸賞金を掛けられた腹いせに復讐しに来たんだ」
「全員戦闘態勢。
迎撃部隊、弓と魔法を射かけろ」
「美味く落とせば懸賞金がもらえるぞ」
恐怖に侵食されながらも、さすがは帝国の兵士だ。迫り来る強敵に立ち向かおうとする。
一方、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はというと、
「なぜ賞金をもらいに来ただけなのに攻撃されないと行けないのかしら?
分かったわ。お金が欲しければ試練を勝ち抜けということね」と独自の解釈をしていた。
「そういうことなら遠慮はしない。
ポチ、お城を壊すと後から文句を言われるかも知れないから、お城にダメージがないようにこちらを攻撃してくる相手だけ殲滅するわよ」
「キュイーー」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はポチの背中から王城の中庭へと飛び降り、亜空間収納庫から愛用の特製金属パイプを取り出して暴れ始める。
「攻撃してくるからには、攻撃されることも了解していると見なします。
たとえ100億くれる相手の兵士といえども手加減などしないのでそのつもりで来なさい」と叫ぶや、手近な頭から叩き潰し、たちまち白目をむいた死体を量産し始める。
「はーーーー」気合い一閃、身体強化にスピードアップの魔法を自らに重ね掛けし、残像を残しながら帝国兵の頭を叩いていく。
「おほほほほっ
ゴボウと敵兵の頭は叩けば叩くほど美味しくいただけるのよ
おほほほほっ」
だんだんテンションが上がってきて意味不明な叫びが混じり始めたようだ。
一方ポチは、弓矢や魔法で攻撃してくる兵士達に対して、お城が壊れないように人間だけにダメージが行く程度の灼熱ブレスをはいている。
おもしろいように敵兵がばたばた死んでいく。
そしてこの騒ぎは城の最奥にいた皇帝シーンリャック・ダイスキーの耳にも届いた。
「おのれ、何の騒ぎだ」
皇帝シーンリャック・ダイスキーは謁見の間のバルコニーに出て城の中庭を確認する。
そこには頭をたたき割られた大勢の死体と黒焦げになった数多の人型残骸があった。
動いているものは一人の真っ黒い女と巨大な一匹の竜だけである。
「なっ、バカな」
呆然とする皇帝シーンリャック・ダイスキーとローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の目が偶然に合った。
「やっぱり、雑魚敵を倒したら大ボスが登場するのね」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はそう叫ぶと大地を蹴り、壁を登って皇帝がいるバルコニーへと到着した。
「あなたがこの懸賞金を出してくれる人ね。
見ての通り、この私が来て差し上げましたわ。
すぐに懸賞金の100億ドラー出しなさい」
皇帝シーンリャック・ダイスキーはローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の立ち姿を見て目の前の人物こそが、自らの軍を打ち破り滅殺の十二将を皆殺しにした人物だと確信する。
「ふざけるな。賞金首自身が自分にかかった賞金を受け取りに来るなど頭がおかしいのか」
皇帝シーンリャック・ダイスキーが絶叫するが、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は涼しい顔で答える。
「あら、それのどこが問題なのかしら。
そんなことより早く100億ドラーくださいな」
『ちょっとお小遣いちょうだい』ののりで懸賞金をせびるローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢に対して皇帝シーンリャック・ダイスキーはぶち切れた。
「者ども、出会え出会え。賞金首が自ら飛び込んできたぞ。早く討伐しろ」
叫ぶ皇帝シーンリャック・ダイスキーにローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は表情が消えながらいった。
「そう、100億ドラーが惜しくなってお金を出し渋るのね。
そっちがそういうつもりならこちらも遠慮しないわ。
背中の愛・夜櫓死苦に誓って間違いなく100億ドラーは回収させていただく!」
叫ぶやいなや、皇帝シーンリャック・ダイスキーの脳天に特製金属パイプを振り下ろすローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢……
哀れ皇帝シーンリャック・ダイスキーは王冠ごと頭蓋骨をたたき割られて白目をむくと一瞬で絶命する。
駆けつけようとした兵士達はあまりのことにその場でフリーズしてしまう。
「皇帝の後を追って殉職したい者からこちらへ来なさい。きっちり送って差し上げるわ」
「キュイィーーン」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の決め台詞に合わせてポチが令嬢の後ろにその大きな顔をのぞかせ一啼きする。
バルコニーは地上4階ほどの高さにあるのだから、ポチの大きさがうかがい知れる。
「うわーー」
「ムリだー」
「帝国はもうおしまいだー」
兵士達はその場に武器を放り投げ我先に出口へと殺到した。
完全勝利したローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢だが、100億ダラーという資金の回収はこれからが本番だ。拡声魔法で自らの声を増幅すると城にいる人々に呼びかける。
「懸賞金を出し渋った皇帝シーンリャック・ダイスキーはこの私ローズマリー・ゴールドシュタインが成敗した。
これより強制的に城の資産を差し押さえる。
命が惜しい者は10分以内に城から退去せよ。
その際、城の資産を持ち出すことは固く禁じる。それでは只今からカウントダウンを始める。
600秒前、599秒、598秒……」
当たりに鳴り響くローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢のカウントダウンに、城の中の人々は我先にと逃げ出した。
中には小娘が何する者ぞと居残る者もいたようだが、彼らには漏れなく悲惨な最期がプレゼントされることになる。
そして10分後。
「カウント0だ。
只今から強制執行を開始する」
宣言するとローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は亜空間倉庫を極大状態で起動し、その漆黒の入り口に帝国城をまるごと収納した。地上部はもちろん、その地下までごっそりとだ。ちなみに城に残った数人は亜空間倉庫の中で漏れなく窒息死した。
後には城があった場所に巨大な穴が残った。
「これにて債権回収を終了する。尚、100億ドラーを超える資産があった場合でもそれらは全て私及び我が領地への迷惑料として没収する。苦情は一切受け着かない。以上だ」
そう宣言するとローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はポチに乗って飛び去っていった。
帝国城は外の壁こそ無事だったが、中庭の内側にはもはや何もなかった。
城壁内部には巨大な穴と蹂躙された兵士の遺体と城から逃げ出した人だけとなった。
国のトップと多くの兵を失ったシンルアーク帝国は、何とか生き残ったイガイターイ軍務卿の奮闘もむなしく、急速にその求心力を失い、かつて併合した国々が全て独立し、九つの小国に分裂してしまった。
一方、債権回収を終えて王都へと帰還したローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は、少しばかり遅れて夕食の場に現れた。
「遅くなりました、お父様」
「遅かったねローズ、何かしていたのかい」
シュナイダー・ゴールドシュタイン公爵はなんとなく軽い気持ちで娘に遅刻の原因を聞いた。
「はいお父様。帝国に懸賞金をもらいに行ったのですが、出し渋られて100億ダラーの回収し少し手間取りました」
「ぶふぉー」
シュナイダー・ゴールドシュタイン公爵は口に含んでいた喉を潤すための水を思わず噴き出しかけた。
「安心してくださいお父様。きっちり帝国城ごと債権を回収してきましたので、取りっぱぐれることはございません」
シュナイダー・ゴールドシュタイン公爵は聞かなきゃよかったと思いながら、そのまま気を失った。
娘がお散歩がてらに帝国へケンカを売りに行っていたことが判明したからである。
これは間違いなく大戦争になると考え、キャパをオーバーしたのだ。
「あら、お疲れなのかしら」
状況が分かっていないローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はこてんと首を傾けた。
その後アーデルハイド・ゴールドシュタイン侯爵夫人が何とか夫を気付けし、夫婦で今後の対策を深夜まで検討したが、結局公爵が心配していた戦争にはならなかった。
もちろん、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢のやらかしが大きすぎて帝国が解体してしまったためであった。
「しまった。誤字を訂正させるのを忘れていましたわ!」
寝る前になって当初の目的を突然思い出し、大声を出してしまったローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢だったが、対象者は既に帰らぬ人となっていたのであらゆる意味で手遅れだった。
第五話 終わり
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
一旦完結となります。