5-2
――遡ること、数日前。今回の記録を務める僕……綾城 司と、部員の風見 楓李さん、そして部長の水野 華澄……僕たちはいつものように拠点でもある喫茶・カルムにいた。
「先日のあの男、無事立件されたそうだ」
先日の一件以降、僕達は平穏な日々を過ごしていた。あれからしばらく、殺人事件も起きていない。
華澄が言うには、件の男は模倣犯だったらしい。とはいえ、相手は数人の女学生を殺めた凶悪犯であることに変わりはない。逮捕されたことにより、町には以前よりも穏やかな空気が流れているような気がする。
「これは私の実力があってこそだよな」
華澄が足を組むとふふん、と笑う。
実力、というか……皆が力を合わせたから解決出来たんだと思うんだけど。まあ、口答えするとややこしくなるからやめておこう。目が合った僕はこくりと首を縦に振った。
「なのに。……どうして依頼が来ない!」
機嫌を損ねずに済んだ……そう思えたのもつかの間だ。
まるで変わりやすい山の天気のよう。あっという間に険しい表情に変わってしまった。僕の顔をじろりと睨むと握りこぶしを机に叩きつける。
……なるほど、不機嫌な理由が分かった。ちょっと理不尽でもあるけど。
「……依頼が来ないはずがない。とすれば私と依頼者の間に隔たりがあるという事が考えられるな。……風見、依頼を横取りしてやしないだろうな」
「横取りして居ようものなら今頃こんな処でのんびりお茶などしておりませんわ」
そう、探偵部への依頼が一件も来ていないんだ。
そもそも、前回の一件だって……あまりにもやることのない僕たちを見かねた春宮先生がくれた依頼だった。そうそう事件なんて起こるはずがない。いや、起こってほしくない、というのが僕の本音でもあるけど……。
華澄にとっては面白くない状況であるらしい。“平和な事は貴い事ですわ”なんて正論で殴ってる楓李さんに言い返す言葉が見つからなかったのか、華澄は八つ当たりするかのようにテーブルの下で僕の脛を蹴りつけていた。
「おい……あんまりいじめてやるなよ」
じっと耐えていると、不意に入口の扉が潮風を招き入れる。僕の表情を見て察してくれたらしい。まるでヒーローのように華澄の頭を小突いて制してくれたのは、クラスメートでもある燈村 真琴君だった。
「水野と依頼者の間になんか壁があるとしたらそれはあれだろ。水野の性格しかない」
「ふむ。私が天才過ぎて一般市民どもは近寄りがたいと。合点がいく」
「ポジティブすぎてもはや天災だぜ」
「ああそうだ。一般人共が近寄りがたいというのであれば、事件の方が来てくれたら良いのだな。真琴、手っ取り早く痴漢でもやってこい」
「馬鹿なの?」
噛み合っていないようでいて、会話が成立している……気がする。自己中心的と言わざるを得ない華澄は一般常識や正論で封じようとしてしまうと反発してしまう性格でもある。
真琴はその“相手の感情の変化にいち早く気付ける”という性質のおかげか、華澄のような相手とも揉めずに渡り合っていけるんだと思う。
……おかげで、膝を痛めなくて済んだ。ありがたい……という意味を込めてその顔を見ていると、“別にお前の為じゃねえよ”なんて漫画みたいな台詞だけが返ってきた。
「そうですわ。模擬訓練など行ってみてはいかがでしょうか」
真琴と華澄のやり取りをにこやかに見守っていた楓李さんが手を叩いた。
何か、思いついたらしい。
「お前が事件を起こすのか?」
「いいえ、架空の事件を起こすのです。犯人役を決め、ロールプレイを行い、推理力を鍛える訓練をしようと言うのですよ」
つまり、避難訓練や、企業のロールプレイ研修のように……事件が起きた場合に備えた訓練を行おう、という事だろうか。
「事件ごっこという事か? ……下らん茶番だな」
「まあまあそうおっしゃらず。私や司君、真琴さんなんて特に華澄さんとは違って事件に際した時に冷静さを欠くこともありますでしょう? “部下の育成”と思えば余暇の有効活用と言えますわ」
「……さらっと俺が人員に組み込まれてないか?」
あくまで本当の事件にこだわりたい華澄は、最初こそ鼻で笑っていた。だけど楓李さんもそろそろ扱い方が分かってきたみたいだ。それらしい理由を並べると、華澄はまんざらでもなさそうに一笑し、足を組みなおしていた。
「ふん。それもそうだな。私は自分が優秀すぎて周りに気が回っていなかったようだ。……で、どうしようというんだ」
「まずは舞台と、“どういった事件にするか”などの設定を決めたいですね」
「犯人ならやはり真琴だ。ちょっと王司駅で痴漢してこ」
「行かねえよ!? 何で俺を逮捕したがるんだよ」
華澄がその気になると、話はとんとん拍子で進んでいくらしい。
ただし、僕の頭上で的確にツッコミを入れている真琴の言葉は目の前の女子二人には届かなかったみたいだ。
「悪くないのですが、痴漢ですと“罪の可否を問う”意味合いが強く、裁判のようになってしまいますから……それよりは、模擬的な殺人事件という設定で犯人を見つけ出す方が良いかと」
「できるか真琴?」
「だから俺を人員に組み込むなって」
真琴が否定すればするほど、泥濘にはまっているような。抜け出せなくなっているような気がしてくる。……まあ、僕としても真琴がいてくれた方が安心できるから……放っておきたい気持ちもある、けど。
しかしこのままだと話が進まない。どうしよう。思考停止しかけていた頭を再起動させていたその時……コーヒーの深い匂いが鼻の奥へと飛び込んできた。




