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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
4.神楽椿学園で青春を
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4-8☆挿絵アリ

 

 前方の視界を完全に失ってしまったらしい。軽ワゴン車は動きを止める。……正確には、用具倉庫の壁にぶつかったせいで停車せざるを得なかったともいえるが。


 綾城が巻き込まれたんじゃないかと肝を冷やしたのもつかの間。白い泡を振り払いながら姿を現した綾城は、恐怖に青ざめてはいたようだがけがはないらしい。ひとまず胸をなでおろした。


挿絵(By みてみん)


 ……は、良いんだけど、さ。綾城が大事そうに抱きかかえている赤いタンクが非常に気になる。光沢のある赤、だらりと垂れたノズルの先からは白い泡がブクブクと音を立てている。それ、つまり。


「ご安心くださいまし真琴さん。あの消火器は私物でございます」

「待って待って。何一つ安心要素がなかったぞ」


 そう、学校なんかでもよく見かけるそれは消火器というものだ。

 うふふ、なんてかわいらしく笑っているけど風見、今私物って言ったような? マイ消火器なんてパワーワード初めて聞いたし、今後も他で使う機会はなさそうな気がする。

 ……風見は敵に回さない方が良いかもしれない。未だ白い泡に包まれている車を見つめ、俺は苦笑いくらいしか返すことができなかった。


「息はあるようだ。……良かったな、真琴。この女は恐らくまだこいつの手にかかっていない」


 一方で、車の後部座席を探っていた様子の水野が皮肉交じりに声をかけてきた。

 手招きされるがままに俺がそこを覗き込むと……そこにはなんと、先ほどから探していた姿が。澪が横たわっていた。どうやら気絶をしているらしいけど……とにかく、無事でよかった。


「――事の顛末はこうだ」


 風見が気を利かせて、春宮先生と警察を呼んでくれているらしい。俺達の傍を離れ、電話をかけている。

 その様子を横目に、得意げの髪を耳にかけた水野が口を開いた。……別に聞いたわけでもないのに。


「この男が件の連続殺人鬼だ」

「え!? ってことは平成の」


 “平成のゾディアック・キラー”――

 ここのところ、その名前を聞かない日はない。さすがの俺でももう覚えてしまった。

 つい最近は若い女ばかりが手にかけられ、想像もしたくない変わり果てた姿で見つかっているという、あの殺人鬼が……?

 今、目の前でのびているこいつだというのか?


「……」

「“模倣犯”……?」


 いつの間にか隣に来ていた綾城が首を横に振った。“想像しているのと、違うよ”と言いたげに俺を見上げている。模倣犯ってなんだ? もほー……モホ?


「……そんな憐れむような顔で俺を見るな」

「ま、まあまあ。……簡単に申しますと、この犯人は真似っこ、ということですわ」


 理解が追い付いていなかった俺を綾城が悲しそうに見つめる。うるせえよ、別に知らなくても社会に出ていけるだろ!?

 宥め、子供に言い聞かせるかのような風見の優しい言葉が痛い。


「真似っこ……つまり、偽物ってことか」

「そういう事ですわ」


 遠くからサイレンの音が聞こえる。警察が来たのか、澪の治療をするための救急車が来たのか……正直音の違いなんて分かんないけど、どちらにせよ大人が来てくれることは心強い。

 俺をちらりと見ると、水野はこう言葉を続けた。


 ――調べのついている限り、本物の“ゾディアック・キラー”の方は二十台後半から三十代までの男女を狙っている。だが、ここ半年の間にその年代を下回る十代後半の被害者が現れ始めた。殺害方法も、それまでは“溺死”に拘っていたというのに、ここ半年の間に“絞殺”という方法が混じり、極めつけは遺体の処理方法にバラつきが出始めた、と。


「――“ゾディアック・キラー”によるとされる一連の犯行の内で“目玉をくり抜き、局部を切り取り持ち去られていない”被害者が数名混ざっていた。いずれも十代後半の女学生。下らんコンプレックスでも拗らせているのか、この男は“百六十センチ代”の“女子学生”ばかりを狙って犯行に及んでいた」

「……っ」

「ふん、察しが良くて助かるよ」


 水野の表情から、察しがついてしまった。吐き気がしてきた。気持ちが悪い、というのか……俺はこの手の話が苦手なんだ。被害者の気持ちに共感してしまうから。

 成人の男がコンプレックスを女子学生に向けたであろう感情、抵抗すら空しい力の差に屈したか弱い女の悲哀……そんなもの想像もしたくない。


「最初は殺すつもりもなく、ただ性欲を吐き出したかっただけなのだろう。一番最初の被害者は小学生の女児だった。“誰かに話したら殺す”と言って脅し、公園の多目的トイレでしばらくは犯行を繰り返していた」


 看病のつもりなのか、綾城が俺の背中をさすってくれている。ありがたいんだけど、風見がやってくれたらもっと回復しそうなんだけどな……だめだ、こっちを見てもいない。


「何人かに手を出した後、味を占めた犯人は欲を出したのでしょう。“自分より弱いもの”ではなく、“より価値のあるもの”へと。人とは欲の深い生き物でございます」

「……だが、“百六十センチ台の女”ともなると、そうはうまくいかなかった。抵抗されてしまい、“犯行が明るみに出てしまう”事を恐れたこの男は、こともあろうか命を奪ってしまった」


 被害者となってしまった人が受けたであろう恥ずかしさ、惨めさ、恐怖――そして、対する犯人の身勝手さ。それを思うと腹が煮えくりそうだ。

 水野はあきれたようにため息を落とした。


「そしてこう考えたんだ。“平成のゾディアック・キラー”に罪を擦り付けてしまおうと。軽くなるはずもない罪を、知らない誰かに背負わせることで贖罪できたと錯覚したいがためにな」

「次第に欲が肥大していった男は、より価値のある相手を、特別な場所で、と思ったのです。幸い、この倉庫という場所は鍵もかかっておりませんし、外部からの侵入も容易くございます。……きっと、倉庫内を調べたら体液の痕跡くらい見つかるでしょう」



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