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「教科書を全部持ち帰るような女がこの小説だけおいて帰るというのもおかしな話だ。……先に気付いていれば無駄足も踏まずに済んだな」
“魔法探偵”――なんだったっけ、まあ、必要はないことか。
楓李さんがあえて置いて行ったと思しき一冊の小説を手に取ると、華澄はパラパラとページをめくっていく。すると、全体の三分の二ほど進んだページから――一枚の紙切れがひらりひらりと床へ落ちていった。
「……なにこれ。ただのメモ書きみたいな」
「これも暗号だろうな」
「そうか……?」
“阿木町 京 の愛ロケ 行け 母 池や 杭 京 生き愚弟”
――真琴が拾い上げた紙きれ。ノートの切れ端のような断片には、単語が一定の間隔で並べたてられていた。
「阿木町は確か風見が住んでいる町であったか……おい真琴、お前は何も考えなくていいからとりあえず地図を図書室から借りてこい」
「住んでる町まで調べたのこわ……へいへい」
「急げ!」
真琴の手から紙切れを奪い取ると、華澄は眉間にしわを寄せる。
……これは、二銭銅貨にはない暗号だからだろう。
「……単語ごとの共通点、いや空白、改行に意味があるのだろうか?」
僕も紙切れを覗き見てみる。楓李さんの字で間違いはないだろう、先ほどまでと同様に几帳面そうな文字がまっすぐに並べられているから。
単語自体には意味も感じられない気がする。“の愛ロケ”なんて、区切るところもおかしいし。
共通のワードといった類でもないだろう、二回も“京”という単語が出てきているし……。
「あの女は先に解き方のヒントを示すやり方を好んでいる。点字の暗号のヒントが“二銭銅貨”だったように、この紙切れは……なんだっけ」
「“魔法探偵何とか”の本に挟まっていた……と、いうことは、京は“ケイ”って読むって事、じゃないかな。さっき、真琴が言ってた女優の……」
そう。きっと楓李さんは暗号を出しながら僕たちに問いかけ続けている。そんな気がした。
“この手順で進んでください”と道順を示す立て看板を道沿いに置くように丁寧に。丁寧……
「あ……」
そうか。まだ、使っていない“立て看板”がある。
そう思い出した僕は口に出していたらしい。華澄が僕を見上げて眉をひそめた。
「……最初の文章の事、思い出して。あれが解読表でもあったんだ」
「は……ああ! そうか、結語を取る……!」
そう。最初に手渡された手紙だ。
結語のない文章は“終わっていない”という意志表示だけではなく、暗号を解読するための解読表も兼ねていたんだ。
結語が無い、つまり“結語として使われる対の言葉を暗号から抜き取る”と――
「結語は敬具か草々、かしこのどれかのはず」
早速、華澄が鉛筆を片手に机に向かう。僕がメモ紙を渡すと、まずは単語たちをさらにバラバラに書きだしていった。……ひらがなにした方がいいから。
“あきまち けい のあいろけ いけ はは いけや くい けい いきぐてい”
「“草々”……“そ”も“う”も元々含まれていないから違う……」
「“かしこ”もないという事は“敬具”だ」
書き連ねたひらがなの羅列から、“けいぐ”の文字を消していく。
――“あきまち ・・ のあ・ろ・ ・・ はは ・・や く・ ・・ ・き・て・”
「……随分と馬鹿にした暗号だ」
メモ紙に残されたのは、華澄が書きなぐった“あきまちの あろは はやくきて”というメッセージ。
ある程度意味が通じる文章が浮かび上がると同時に、面白くなさそうに華澄が舌打ちをした。
「阿木町、はそのまま読んでよさそうだな」
「あろは……アロハ? 早く来て?」
アロハ……って、ハワイの言葉だったっけ。そういえば、最近は女子の間で南国系のアクセサリーが流行っていると聞くけど、楓李さんは持っていたっけ……?
どちらかというと、華澄のような派手好きな……っと、心を読まれたのかな、なぜか睨まれた。怖い。
「ほい地図……って何その顔なに」
命拾いをした……。ちょうどいいタイミングで教室の扉が開き、図書室まで走っていた真琴が戻ってきた。
「遅い! おい真琴、アロハに心当たりはあるか」
「……アロハ? あ、もしかしてそれって最近新しくオープンしたとかいうハワイアン雑貨とカフェの? ……俺の幼馴染が行きたがってた」
「それは阿木町にあるのか?」
「確か」
華澄が両腕を掴み顔を近づけている。戻って早々これだもの、真琴はかなりうろたえていた。
だけど、何やら心当たりがあったらしい。少し考え、そしてこくりと頷いた真琴の背中を押すと、華澄は教室を後にした。




