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「――山田先生。お……おはようございます」
――翌日。少しだけ皴が残った制服に身を包んだ俺は、校門前で誰かを待っている様子の山田先生に挨拶をする。
昨日の今日だし、結果的に小川先生の事を嗅ぎまわったりした形になってしまったから、少し気まずい。……だけど、向こうからすれば俺は名前も知らない一生徒のはず。平静を装い一礼し立ち去――
「一年の燈村 真琴、だったな」
――おっと。名前を覚えられている。ですよね……。
ああ、きっと海江田先生から昨日の事を聞かされたんだ。“失礼な一年共が想像だけで人を犯人扱いしてきた”って。ああもう、俺はこの高校でハーレムを築きたいと……華やかな日常を過ごす予定だったのに、これじゃ問題児ロードまっしぐらだ。
――俺が絶望に打ちひしがれていた、その時だった。
「……海江田先生が退職なされる運びになった。小川先生の事が関係したのか、詳しい話は聞けなかった。……ただ、伝言を預かった。お前と綾城に“ありがとう”って伝えろ、との事だ」
思いがけない言葉を耳に、俺は山田先生の顔を見上げる。海江田先生の事、小川先生との今後の事――何も聞くことが出来ない。
先生の表情は“戸惑い”と“責務”を混ぜ合わせたような――きっと、混乱の中にあっても平静を装おうとしている嘘のない顔をしていた。だけど水野の名前は出てこなかったな。
「綾城は先に登校してきたから伝えようとしたが、俺の顔見るなり猛スピードで逃げ去ってしまった。すまんが綾城にも伝えてくれ」
「なんか逆にすみません」
―――
「――今日も素晴らしい朝だとは思わないか真琴君!」
「げ」
教室に入り、入り口にほど近い席の綾城に声をかけようとした俺の目の前に女子らしい花みたいな香りが飛び込んでくる。――水野だ。
昨日ですっかり懲りた。もう関わらないようにしよう……そう胸に誓ったというのに、両手を握りしめられてはどうすることも出来ない。
……違うぞ、別に女慣れしていないからではなく! 誰だって自分よりか弱い相手から手を握られたら振りほどけないだろう? 別に女慣れしてないからではない!
「昨日はバタバタしてて切り出せなかったがな……実は、君に伝えたいことがあって」
「な……」
両手を取ったまま、水野が顔を近づけてくる。うるんだ瞳、心なしか頬が赤いような――
こいつは何を考えているのか……駄目だ、考えがまとまらない。だけど、“伝えたい事”って……。え、まさかそんな――
「いや、待て! お、俺はもう少し清楚な子が、女優の高良 京みたいな人が好みで――」
「君に副部長の職を頼めないだろうか」
「えっ」
「副部長」
「えっ」
……なんて言った? 副部長?
ん、何の副部長だ?
俺があっけに取られた間抜け面でもしていたのだろうか、遠くで俺達の様子をうかがっていた綾城が“どんまい”って言いたげに笑っている。後であいつの眼鏡に指紋をつけてやろう。
「ああ、言ってなかったか? ……私はな、校内外問わず事件を解決するための“探偵部”を創設しようと思っている。だからな、昨日お前たちと別行動をしている間に調べておいたのだよ!」
「人をこき使っといて何やってんだあんた」
一瞬でも“悪くもないかも”とか考えてしまった数秒前の俺をぶんなぐりたい。“探偵部”ってなんだよ。校内外問わず事件を解決って……そもそもお前解決してないじゃん!
昨日みたいな迷惑行為をまだ続けるつもりなのか? 馬鹿なの?
水野は俺の気も知らずに得意げな笑みを浮かべている。顔が近いが、もう何とも思わねえぞ俺は……。
「部活を創設するにはな、まず三人以上の入部希望者が必須となる。顧問はあの教員山田をひっ捕らえればよかろう! 私が部長になる、そして司と真琴がいればこれでもう創設の条件は満たすのだよ! うははは!」
当たり前のように綾城が加入決定しているが、本人の同意は得ているのだろうか……いや、山田先生が人数に入れられているくらいだ。きっと無許可だろう。
「――と、いうことで今ここに宣言する! 私立、神楽椿学園、探偵部にようこ」
「いや、俺陸上部入るんだけど」
「え」
水野の目が点になっている。ちょっとだけ罪悪感がわき……いや、もう騙されないぞ。
「……あの、そこは推理しなかったの? 俺、そんなまっとうに勉強面で評価されてここに入ったように見える? スポーツ特待生、俺。……陸上部に入るだろう、って思わなかった?」
「えっ」
――この女、賢いのか馬鹿なのか分かんねえ。
【後記的なもの】
・高良 京…美少女コンテストでグランプリを取ったのち、清純な見た目と演技力をウリに名を馳せた女優。結婚と出産を機に現在は第一線を退いている。
※実在の人物、団体と本作は大体無関係です。




