暗躍する者
薄暗い地下室。
「……おや。また失敗ですか」
ろうそくの光に照らされた手紙を読む細目の男。彼は元グレンデール王国騎士団第二十部隊、副隊長のキール。
ハルトが冒険者ギルドでCランク昇級試験を受けようとした時、試験監督を務めたのが二十部隊隊長のガドであり、キールはその部下だった。ガドの指示でハルトたちの情報を調べていた時、彼はエルノールが異常な一族であることを知ったのだ。
キールはエルノールのいない国へ逃げた。
しかし──
「今回の失敗の原因は……。チッ! またお前らか!!」
キールがとある王国を影から操るために張り巡らせていた計画は、この数年でことごとく瓦解していた。
反王族の者たちを操って国境付近で騒乱を起こそうと画策すれば、エルノール家の傘下にあるクラン『ファミリア』の構成員に先手を打たれて潰される。
裏社会の資金源を押さえようとすれば、英雄ティナ=エルノールが管理する『H&T商会』が裏の市場そのものを丸ごとぶち壊す。
さらにはかつて利用していた裏の情報網すら、ハルトの妻であるヨウコたちの手によって完全に掌握され、キールはもはや地上でまともに活動することが困難なほどに追い詰められていた。
何をやっても、どこへ逃げても、最後にはあの男――ハルト=エルノールの影が立ちはだかる。
「以前は真正面からやり合うつもりはないと言いましたが、これだけ邪魔をしてくるなら話は別です。彼がいる限り、私がこの世界で思い通りに生きることは叶わない」
キールは机の上に置かれた、禍々しい紫黒の光を放つ手のひらサイズの歪な石彫りに視線を落とした。
触れるだけで皮膚が粟立ち、常人であれば精神が狂気に染まるほどの怨嗟と呪詛が渦巻いている。古代の邪教徒が遺したとされる禁忌の遺物──深淵の召喚核。
世界に破滅をもたらす邪神を現世へと呼び戻し、顕現させるための魔道具。
キールが長年かけて築き上げた裏のコネクションのすべてを投げ打ち、死線の果てにようやく手に入れた最後の切り札だった。
「ククッ……。いくら転生者だろうと。人外の力を持っていようと、相手が『神』ならどうでしょうかね?」
キールは歪んだ笑みを浮かべる。
他者のレベルを視認できるキールの能力を以てしても、ハルトの真のレベルは測れなかった。複数の魔人を消し飛ばし、悪魔をテイムし、黒竜すら力でねじ伏せる規格外の化け物であることが分かっているのに、ステータスはレベル1だと表示される。
だが、いくら強いと言っても所詮はこの世界の枠組みにいる存在。人族の域を出ないはず。邪神がこの世に降臨した時、どれほど理外の力を誇るハルトであろうと塵一つ残さず消滅するに違いない。
「隊長が消えてから退屈していましたが……。我ながらこれは、最高の舞台を整えることができたと言えるでしょう」
キールの情報網には最新のエルノール領の動向が入っていた。
ハルトは現在、王都から遠く離れた南西部の直轄領にて、妻や大勢の子どもたちと平和な家庭生活を送っているという。
守るべき家族という最大の弱点を抱え、油断しきっている今こそが仕掛ける最高の好機だった。
「ハルト=エルノールのすべてを。あの忌々しい家族ごと邪神の贄にしてやる」
キールは漆黒の外套を羽織り、歪な魔道具を懐へと収めた。
隠密スキルを全身に張り巡らせる。
彼の存在が地下室の闇の中へと溶けていく。
かつて最強賢者から逃げ延びた男の、破滅の復讐劇が動き出そうとしていた。




