最強賢者のレベル
エルノール家が管理している森の中。ここはハルトの魔力によって生み出された、弱いのに経験値はたくさん得られる特殊な魔物が生息している。ちなみに弱いと言っても、それはエルノール家の基準でという意味である。
そんな魔物が棲む森に、8歳になったリオンがひとりで立っていた。
「ステータスオープン」
リオンがそう唱えて手を前に突き出すと、半透明のボードが浮かび上がる。彼が魔法の師匠としているリューシンに教えてもらい、リオンは自分のステータスボードの出し方を知っていた。
ステータス
名前:リオン=エルノール
種族:人族
加護:創造神の加護
職業:上級魔法使い(レベル32)
技能:<物理耐性(大)>
<魔力増大(大)>
<魔法耐性(大)>
<魔力自動回復(大)>
<鑑定眼>
状態:健康
創造神の加護を得たリエルは、まだ7歳でありながらレベル30を超えており、更に複数の強力なスキルを所持していた。
そんな彼だが、表情はすぐれない。
「……うーん。今日はあんまりレベルが上がってないなぁ」
不満そうにリオンが呟く。
彼はこの森でひとり、大人に内緒でレベル上げをしていた。
「レベルが上がると同じ魔物を倒してもレベルが上がりにくくなるってリューシンさんが言ってたけど、こーゆーことなんだ」
ふとリオンが手を前に突き出す。
その手に纏われる炎。
「はぁ。また君か」
前方の草むらから、漆黒の毛並みに額から鋭い角を生やした兎の魔物――シャドウラビットが飛び出してきた。
キシャアアッ!
鋭い威嚇音とともに、目にも留まらぬ速さでジグザグに跳躍しながら肉薄してくる。新米冒険者であれば、そのスピードと鋭利な角の一撃で大ダメージを負いかねない脅威だ。しかし7歳にして規格外のステータスを持つリオンは冷静に対処する。
「遅いよ」
突進の軌道をわずかなステップで紙一重でかわす。
空振りして体勢を崩したシャドウラビットの背後へと回り込み、手に纏わせた真紅の炎を打ち出した。
「ファイアランス!」
ズンッ! と小さな爆発音が森に響き渡る。
至近距離で圧縮された高熱の炎を直撃したシャドウラビットは悲鳴を上げる間もなく炎の槍に貫かれ、その身を燃やし尽くした。後に残ったのは小さな魔石だけ。
リオンは息を乱すことすらなく、その魔石を拾い上げる。その過程でふと、先ほど確認した自身のステータスボードの項目を思い出す。
「そういえば僕って、鑑定するスキルを持ってた」
リューシンからは『魔物やアイテムの情報を視覚化できる便利なスキルだ』と教わっていた。これまで発動させたことはない。
「えっと、どうやれば発動するんだろ? んー、スキル名を言うとか? ……とりあえずやってみるか。鑑定眼!」
リオンが発声して魔石に向けて意識を集中させると、彼の目の前に文字が浮かび上がった。
【シャドウラビットの魔石】
・特殊変異種『シャドウラビット』の魔石
・エルノール領の森にのみ生息
・極めて高い敏捷性と攻撃性を持つが、耐久力は低い
・シャドウラビットは討伐時に得られる経験値が高い
「わぁ! すごい!! 本当に詳しい情報が見えるんだ!」
リオンは目を輝かせた。
彼は知る由もないが、この森にいる魔物は『子どもたちが効率よく安全に成長できるように』と、ハルトとティナが緻密な魔力操作で生態系ごと作り上げたもの。
しばらく鑑定結果を眺めていたリオンが、あることに気付いた。
「魔物やアイテムのことがこんなに詳しくわかるなら、人にも使えるのかな?」
誰かの強さや状態をひと目で確認できれば戦う時にも役立つし、何より困っている人を助けることができるかもしれない。好奇心で胸を躍らせながら、リオンは魔石をポケットにしまい、駆け足で森を抜けて屋敷へと向かった。
──***──
「ただいまー!」
リオンが玄関の扉を開けると、廊下の奥から穏やかな足音が聞こえてきた。出迎えてくれたのは父親のハルト。
「おかえり、リオン。森の散歩は楽しかった?」
「うん!」
いつもと変わらない、優しくて少し頼りなさげにすら見える柔らかな笑顔。
ちなみにハルトが言う森というのは屋敷に近い『新緑の森』のこと。子どもだけでは絶対に行くなと言われている『紅の森』のことではない。
もちろんリオンは紅の森でレベル上げをしていることを秘密にしている。彼は昔、妹のファナにねだられて魔法を教えてハルトに怒られたことがある。あの時の父親は本当に怖くて、今もリオンの中でトラウマになっていた。
怒った時は怖い。でもそうでない時のハルトは、リオンにとって優しくて本当に大好きな父親だった。
(お父さまって、どのくらい強いのかな?)
リオンはかつて、中庭でリューシンが言っていた言葉を思い出した。
『ここはハルトの家だから、実は俺の方が強くてもアイツの方が強いってことにしといてやるんだよ』
世界最強の黒竜であるリューシン。リオンは彼が最強だと分かっている。でもやはり大好きな父親も、それなりの強さであってほしいという想いがある。
母のティナやリファたちは物凄い上級魔法を軽々と放つのに、ハルトが魔法を使っているところは一度も見たことがない。森で魔物を倒すたび、リオンの心にはずっとひとつの想いが燻っていた。
(試してみよう。お父さま、勝手にステータスを見てごめんね)
リオンはこっそりと魔力を瞳に込め、ハルトを見つめた。
(鑑定眼!)
次の瞬間、ハルトの頭上に半透明のステータスボードが浮かび上がった。
ステータス
名前:ハルト=エルノール
種族:人族
加護:なし〘固定〙
職業:賢者(レベル1)〘固定〙
技能:なし〘固定〙
状態:呪い(ステータス固定)〘固定〙
「……えっ?」
リオンは思わず息を呑み、その場に硬直した。
(レ、レベル1!?)
見間違いかと思って何度も目を擦る。
だが、何度見直しても数値は変わらない。
体力などの数値も見えた。そのどれもがまるで子どものような最低限のステータス。リオンが先ほど倒したシャドウラビットにも負けてしまう数値。
そして一番下に書かれた『ステータス固定(呪い)』の文字。
幼いリオンにもその意味は理解できた。
(お父さまは、呪いのせいでレベルが上がらないんだ)
「リオン、どうした? 俺の顔に何かついてる?」
ハルトは不思議そうに小首をかしげ、優しく微笑みかけてくる。
自分よりも圧倒的に弱く、呪いに侵され、力を持たない父親。それなのにいつも家族のために穏やかに笑って、家を守ってくれている。
あの時、怒られて感じた恐ろしい気迫は、きっと父親として必死に威厳を保とうとして無理をしていただけに違いない――子どもながらの純粋な思考で、すべての点と点が完全に最悪の形で繋がってしまった。
(リューシンさんが、お父さまは特殊って言ってたのは、このことだったんだ)
リオンの胸の奥から、熱い決意と込み上げるような感情が湧き上がってきた。ぎゅっと小さな拳を握りしめ、リオンは真っ直ぐにハルトを見上げる。
「ううん。なんでもないよ、お父さま」
「そう? もうすぐご飯の準備ができるから手を洗いに行こう」
「はーい。でもその前に、お父さま」
「なんだい?」
「僕、もっともっと強くなるからね! お父さまのこと、僕が守ってあげる!」
「えっ? あ、ありがとう」
突然の息子の宣言に、邪神を倒した最強賢者は目を丸くする。しかしすぐいつもの優しい笑みを見せた。
「期待してるよ。俺だけじゃなく、リオンの妹たちも守ってあげてほしいな」
「もちろんそのつもり!」




