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三生紀行  作者: にわとり・イエーガー
三生の見た世界。
2/31

蔵から塔へ。三生はコオリと共に行く。

「中に入ったら。決して目を開けてはいけない。これは、必ず守るように」


「はい」


「そして、欲しい物を1つだけ願う。手に入ったら、すぐに戻るように」


「あの、後ろにまっすぐ戻れば良いんですか?」


「そうそう。難しくないよ。私の言う事をちゃんと聞いていれば」


 聞かなければ、やばい。昔話でよく聞くやつだ。


 三生は、例え注意深い人間でも引っかけられるのを、やはり寓話で知っている。


 早く手に入れて、早く出る。それしか対策は無い。



 蔵の前に立つ。ハナが開けてくれた扉の向こうには、普通の倉庫内の風景が広がるだけ。だが、これもまた、見た目通りではないのだろう。ハナの腕のように。


 一歩踏み出す。足裏が蔵の中に接地する前に、目をつぶる。そうして何歩か進み、体を完全に蔵に入れたなら、即願う。


(防寒着が欲しいです!!!)


ふぁさ


 肩に何かかかった。これか!なら、戻る。簡単なはずだ。


きゅっ


 ・・・・・・・・足を、掴まれた。強い力じゃない。多分、振りほどける。


 でも、振りほどいて、良いのか。力づくで抜けて構わないのか?


 いや・・すぐに戻れば、良い。そのはずだ。


ぐっ


 三生は、足に力を込め、急がず確実に地面を踏みしめながら、ゆっくり後退していった。




 そして、数分が過ぎた。


 三生は、まだ、ハナの声を聞いていない。目も閉じたままだ。



 やばい。おれの意識が有るから、まだ死んでいない。取り返しのつかない事態ではない、が。


 何だ、この状況は。


 もしかして。願った物の価値によって、帰り道の長さが変わったりするのか。


 現在パンイチのおれが願った防寒着。なるほど。レアアイテムと言って問題無かろう。


 ズブ濡れの衣服を乾かす術を持っていない三生は、絶賛下着姿だった。パンツと、靴下を脱いで裸足ではいた靴。それだけ。



くいくい、きゅっ、がじり


 髪を引っ張られたり、皮膚を軽くつねられたり、首筋を甘噛みされたり。その度、体を震わせ、心底からの恐怖を味わうが、常にハナの言葉を心で唱えながら、後退し続けた。


(手に入ったら、すぐに戻る!難しくない!)


 そう。技術的な問題ではないのだ、この迷路は。必ず、抜けられる。



 そして、その時はそう遠くなかった。



「お帰り」


「ただいまです」


 そして、今まで体を引っ張っていたモノが全て消え失せた。更に半裸の体に風が当たる。外に出たのだ!


「もう、目を開けて良いですか?」


「大丈夫だよー」


 この言葉が引っかけ。よくあるパターンだが、それを疑うと、もう目を開ける時は無い。


 開ける。


ぱちり


 そこには、元あった世界が。柔らかな春が。


 そしてハナも居てくれた。


「ね。すぐに、戻ってこれたでしょ」


「いやいや」


 全力で突っ込んだ。あくまで体感時間に過ぎないが、下手すりゃ30分はずっと足を後ろに動かしていた。


「あ、そうなんだ」


 ハナは、割りとすぐに納得した。


「おれの感覚だと、30分は中に居たんですけど。ハナさんは、どれぐらい待ってました?」


「5秒かな」


 それはない。


 一瞬でハナの言葉を否定した三生だが。何となく分かった。


 先ほどの、人の願った内容によって時間が変わると言う推測。もしそれが当たりなら、当然ハナの待ち時間もバラバラ。なのに、それをよく知っているはずのハナが、蔵の前で待っていてくれた。1時間かかるかも知れないのに。


 つまり、ハナの待ち時間は一定なのだ。それも、帰って来ない事すら、すぐに分かる。とか。そんな感じかな。


「じゃ、すぐにコオリのとこに行く?」


「あ、はい」


 善は急げ。三生もそのつもりだったが。


 服が、な。


「服は乾かしといてあげるよ。そういう人、いっぱい居たからね。大丈夫大丈夫」


「すごいですね。でも、そう言う事ならお願いします!行って来ます!」


「はい。行ってらっしゃい」


 三生は、コオリのもとに旅立つ。


 元の世界に帰るために。



 そうして。この世界を巡る、大いなる冒険が始まったのだ。



リスクを背負った甲斐は有った。


 防寒着と願ったが、その内容は豪勢だった。


 フード付き防寒上着、防寒ズボン、耐寒耐水ブーツ(滑り止めスパイク


仕様)、厚手の靴下、防寒グローブ、毛糸の帽子、マフラー。


 今すぐコオリの所へ行ける。


 防寒グッズを全て手に持った三生は、ハナに手を振り振り、真っ直ぐコ


オリの世界を目指した。


 すぐに着ないのは、当然、汗だくになるからだ。



 草の生え際。そのすぐ向こうが、雪と氷の国。やはりこの世界、オカシ


イ。


 だが、そんな事は考えなくて良い。おれは帰るのだから。



 防寒着を、ちゃんとチェックしながら着込む。適当にやると、たどり着


く前に死んでしまう。


 大丈夫。サイズもピッタリ。本当に、ヘンな世界だ。



ゴオ


 氷雪。さっきは吹いていなかった風が、三生の露出した顔を撫でる。雪が毛糸の帽子を出迎える。


 だが問題無い。まるで寒くない。


 マフラーを口元まで巻いたその下で、三生は笑っていた。


 これなら行ける。コオリに話を聞ける。コオリの国を、探索出来る。


 三生は、この不思議な世界から帰る自信を持った。


 しかし。



 三生がスキー用品を頼まなかった己の不明を嘆いたのは、徒歩10分後の事だった。


 無茶な速度のソリで春の国までやって来たのだ。徒歩では当然、何倍もの時間がかかる。それも足場はガチガチに固まった氷。ブーツが無ければ、徒歩すら不可能だっただろう。



 それでも進める。一歩一歩、遅くとも、必ず着くのだ。


 先ほどの蔵と同じだ。必ず何とかなるのだ。



 雪も、そこまでの勢いじゃない。ブーツのつま先が埋まる程度だ。元々ゆっくり歩いていたので、疲労も少ない。



 しかし。歩きは、暇だ。



 氷の塊の塔、雪に染まった丘。そして凍り付いた大河。すさまじい風景だが、動くものは何も無い。


 だが、こんな所で出るのはグリズリーとかか。それは嫌だ。鹿なら見たい。


 ザクザク地面を鳴らしながら、三生は歩く。30分は歩いたが、丘を越えられていない。まだまだ先は長い。


 三生の記憶によれば、何度かの上りと下りを繰り返し、春の国に来たはず。ため息が出る。



 お腹すいた。



 このコオリの世界で食べ物って言ったら、かき氷しか無いわな。どうしよう。


 絶対あいつ肉とか食べないタイプだ。野菜なら貯蔵してるかもだが。



 1時間経過。


 見えた。あいつの塔だ。


 見えているが、遠い。天まで届いている氷塔を確認しつつ、丘を下る。そろそろ、足が重くなって来た。体には汗をかき始めている。


しかし、足が痛くない。


 筋肉の疲労自体は有るのだが、靴ずれなどの痛みが全く無いのだ。本当に、フェアなギャンブルだったな。あの蔵。




 さあ。着いた。


 塔は横幅10メートル、あるかないか。そんな小さな建物が、何百メートルと言う高さでありながら倒壊しない。魔法とかじゃないなら、どうやって立っているんだ。



 着いたは良いが。どうしよう。


 ノックの意味、有るのか。この氷の扉。チャイムは、当然のように無い。勝手に入るか?


ゴンゴン


 一応、ノックしてみたが。硬い。手袋してなかったら、すげえ怖い事になりそう。


 コオリがもし、塔の最上階に居るなら、こんな音絶対に聞こえない。氷雪が止んでいれば、ともかく。


ギイイ


「なんだ」


 来たよ。


「あっ、いや。聞きたい事が有って」


「私には無い。行け」


「だろうけど!頼む!」


「・・・・入れ」


 コオリは相変わらず無愛想だが、やはり話を聞いてくれる。何とかなるか?


 コオリの後について、塔に入る。中はがらんとしていた。狭そうな建物なのに、広く感じる。つまり、中身が無いのだ。玄関なら、靴の収納、傘立て。そんなものが一切無い。人間や客が来る事を想定していない。


 そして氷塔には階段も無い。天井を見上げてみるが、そこにも何も見えない。上は、高過ぎて見えないだけかも知れないが。


「土足で良いのか?」


「?」


 土足と言う概念も無いのか。そりゃあ、こんな場所で靴を脱ぐ方がどうかしているわけだが。


 そしてコオリは上って行った。


 待って。



「待ってくれ!!」


「・・・なんだ。話なら、上でするぞ」


 上って・・・。


 コオリは、氷塔内壁を、縦に滑り、上って行ったのだ。壁に手を付き、そのままの姿勢で手を滑らせ、体全てを上昇させた。手は、指3本ほどしか壁に接していなかったように見えた。


 真似出来るかよ。


 だが。


「どうやって、上れば良いんだ?」


 行かなければ分からないなら、行くしかない。


「・・・」


 黙りこくったコオリは、三生の手を取り、先ほどと同じように上った。


 話が早くて助かるが、三生の心臓は縮み上がった。


 目が点になり、己の足の裏に何も無い事に心底恐怖した。己の腕を掴んだコオリの右手が命綱。それが離されたら、高度何百メートルからかのダイブ。


 あれ?おれ、こいつと一緒に居ると、死にやすくない?


 いや、前回は春服で雪国に来ちゃったからで、コオリは関係無いか。むしろ、今回も合わせて命の恩人か。この塔を自力で上れって言われたら、無理なんだから。


 そしてコオリには、おれに合わせる義理は無い。


 ありがとうコオリ。話を聞いてくれて。


 だから、投げ出さないでくれ。



「うう・・・・」


「軟弱な」


 地上へのダイブはしなくて済んだ。が。


 塔最上階に着いた瞬間、コオリは、三生の腕を離した。


 そう、あっという間に最上階に上った、その慣性のままで。


 当然、三生は数メートルは浮き上がった後、氷の床に叩き付けられた。何とか、骨折はしなかったようだが・・。


 打撲の痛みにもだえつつ、三生はコオリに向き直った。



 最上階。そこにだけは、床と言うのか、天板が在った。コオリの上るスペースだけは、綺麗に切り取られたかのように空いていたが。


 だが、ここにも物はそんなにない。


 あるのは、玉座。後は氷で出来た飾り付けぐらいか。


 氷の玉座に腰掛けるコオリは、確かに美しかった。コオリまでもが一体の彫像のようだった。


「聞きたい事があるんだ」


「話せ」


 一応、会話にはなっているので、三生は喋らせてもらう。



「おれ。自分の世界に帰りたいんだ。何か、何でも良いから知らないか」


「知らんな」


「もうちょっと、考えてくれ!頼む!」


「では、言い方を変えよう。分からん。お前の帰る方法などと」


 三生は、がっくり項垂うなだれた。


 コオリは嘘をかない。


 本当に、無いのだ。



 防寒着を着ているのを良い事に、氷床に座り込んだ三生を見て、コオリは言う。


「溶けるから、立て」


「おお」


 のそりと立ち上がる三生。やる気がせている。


 だがその三生を目の当たりにしても、コオリはまるで気にする事無く、話を続ける。


「お前の話を聞くのは、これで2度目だな。では、私の話も聞け」


「なんだ?」


 話?コオリが、おれに?


 そりゃあ、命の恩人でもあるし。こっちは何も返せてないからな。


 聞くだけなら聞く。応えられる自信は全く無いけど。


「私を手伝え」


「お、おお。何をすれば良いんだ」


 氷漬けになれ、とか言われたら、悪いが全力で逃げるぞ。


「お前と似たようなものだ。私も、調べ物がある。助手が欲しいのだ」


「なるほど。おれ、専門的な事は出来ないけど、荷物持ちくらいなら」


 やる事は何も無いのだ。コオリに付いて行っても、1人でこの世界をさまようのも、さして変わるまい。


 むしろ、この世界に慣れ親しんでいるはずのコオリにくっついてれば、この世界での暮らし方、過ごし方も学べるはず。付いて行った方が、自分に取ってもお得だろう。



 コオリは、間違い無く助手を必要としていた。


 熱に弱い我が身をして、この世界の真実を探求するならば、必ずや、ハナなどの手を借りる必要が有る。


 だがそれは出来ない。


 あのバカ女に借りを作るなどと。出来るものか。



「お前を維持するために必要な物が有るなら用意しろ。蔵にいくらかの貯蔵が有る」


「う・・・」


 三生がたじろいだのは、自然な反応と言えるだろう。


 蔵は、もう。入りたくない。


 油断して何回も欲深い行動を取った者の末路。教訓として何度も聞いた事が有る。


「人間は食事が必要なのだろう。遠慮するな」


「食事」


 そうだ。この世界に来てから、何時間経ったのか知らないが。


 現在、全く腹が減ってない。


 感覚が無くなっている?いや、寒さを強く感じた。春の暖かさも。


 では何故、空腹になっていない。自分は、コオリの国で歩き詰めたはずだ。疲労も・・・。


 ・・・治っている。


 有り得ない。おれは雪国の生まれ育ちじゃないんだぞ。


 雪中行軍による足腰の疲労が、こうも早く癒えるわけが。



 これか?


 ハナから聞いた、この世界に迷い込んだ人間が数ヶ月で消える理由。


 この世界で「自分」を維持するために、何かを消耗している。そしてそれは、生命エネルギーとかではない。それなら、メシを食う事で補給出来るのだから。


 疲労もそうだ。ビタミンを取っていない、ミネラルもタンパク質も。


 それなのに、治っている。それも極端に異常な早さで。



 現実的な理由では、絶対にない。



 何より。のどが渇かない。


 自分は確かに汗をかいたのに。


 水分が勝手に回復するなんて、そんな無茶な。



 歩いている時、自分は確かに空腹を感じていたはずなのに、それすらも。



「いや。食事は要らない。要らない、ようだ」


「そうか」



 コオリは思った。こいつも、今までと同じか。ならば、残された時間、精々役立ってもらおう、と。



「では行こう」


「ああ」



 ・・・?


 三生はケータイを取り出す。


 現在、午後8時半。



 外は、よく視界が利いていた。



 え?



「なあ。ここって、白夜とか、そう言うアレ?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える」



 コオリの話は、分かりやすかった。


 コオリの国に、夜も朝も無い。だから、永遠の白夜とも言えるし、そもそも夜など無いから、白夜ではないとも言える。らしい。



 そんな雑談をしながらも、用意を進める。


 コオリの蔵からは、色々な道具が出て来た。その全てが凍り付いていたのはご愛嬌か。防寒グローブ持ってて、本当に良かった。


「目的地は言った通りだ。何が必要か、私にも分からない。何なら全て持って行っても良い」


 そりゃ、お前のソリなら何でも運べるだろうけど。目的地に到着したら、そうもいかんだろ。2人で、えっちらおっちら運ぶんだぞ。


 道具は。まあ、こんなもんかな。


 バケツ。ロープ。虫眼鏡。


 これらを大袋にまとめて、ソリに載せる。これで準備完了。


「行くか」


「おお!」


 モミジの国へ!

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