15
さっきの嫌な記憶を忘れるように、俺たちは街巡りをすることにした。
まあ嫌な目に合ったのは俺だけだがな…………。
「あ、レンヤ見てこれ。
ここの特産品よ」
露店に売っている物を見て、アルティアが嬉しそうな声を出した。
食べ物はここの数少ない娯楽の一つなので俺も、そしてクレアも敏感に反応する。
「へえ、何て名前なんだ?」
「オニマンドラゴラを混ぜた団子」
「……………何ドラゴだって?」
「だから、オニマンドラゴラよ。
植物型のモンスターで、栄養満点、健康にも良い万能食材ね。
数は多いけど、捕獲とその後の処理が特殊で、アダザーナにはあまり出回らないのよ」
「ちなみにオニマンドラゴラは単体の能力はそこまでではないが、叫び声を聞くと体の自由が効かなくなる特殊能力と、常に数十体の群れでいることからA+級に指定されているモンスターだな。
私も前に、数十体からなる群れ三つと遭遇したことがあるが、あの叫び声はもう聞きたくないな…………」
マンドラゴラの叫び声は元の世界のゲームでも有名である、俺は思わず数十体のマンドラゴラがフルコーラスで大合唱している場面を想像して身震いする。
「でも今は食材だから大丈夫よ、はい」
アルティアは断る間も与えず、串に刺さった団子を人数分買うと皆に配る。
もちろん俺にもその元は恐ろしい物が来た。
「た、食べれるのか?」
「大丈夫よ、ちゃんと加工してあるもの」
……………じゃあこの団子から出てる木の根でできた足みたいなものとかは何なんだ?と問い詰めたかったがアルティア達が普通に団子を口にしているのを見てやめる。
たぶん「それが?」で返されて終わりだろうし。
一瞬、よくある口に含んだと見せかけて後で吐き出すテクニックを使おうかと思ったが、よくよく考えれば俺にそんなスパイみたいな真似はできない。
「…………ええい、南無三!」
俺は覚悟を決めて団子にかじりついた。
さっきの木の根か何なのか、それが団子らしからぬゴリゴリとした食感を伝えてくるが…………
「あ?意外に普通だな…………」
ゴリゴリとした団子が普通かどうかはともかく、味は不味いと言う訳でもなく普通に食える。
クレアも俺の様子を見て意を決して食べ始めるが、満更でもない顔で残りの団子を口に入れていた。
「美味しいわね」
「うむ、やはりこの歯応えが良いな」
「……………これで私の背も縮む?」
「伸びるかもしれないわね」
ただ、このボリボリと固い食感がする団子とやらを食べながら俺は思った。
これ、団子じゃないよな?と。
ーーーーーーーーーーーーー
「あ、アルティアさん、あれは何をやっているのですか?」
一通り露店の食べ物やら、工芸品を見ていると、ふとクレアがあるものを指差した。
それは白いローブを纏った人達が、並んでいる人に向かって札を持って座り、何やら訳の分からないことを呟いている場面だった。
「あれはね、教会の人達が洗礼をしてるのよ」
「洗礼…………ですか?」
「そうそう、この世界の神様であるレンテ様に祈りながら、ああやって教会の人に身を清めてもらってるの。
そうすれば、身の穢れが消えて健康長寿や、運気上昇のこうかがあるらしいわ」
「……………逆に下がりそうだな」
思わず呟く。
あの神様に運気上昇を祈ったところで、せいぜいトラブルに巻き込まれる運気が上がるだけではなかろうか。
まあここにいる人達は信じてるみたいだから下手なことを言うのはやめよう、熱狂的な信者がいたら何されるか分からない。
幸い、俺の呟きは聞こえなかったようで、アルティアや信者達にも咎められることなく、洗礼とか言う怪しい儀式を行ってる場を後にした。
つーかああいうのは教会でやれよ、道の往来ですんな。
「次はどこに行きましょうか?」
「俺、帰って休みたいんだけど」
「却下、あんたに付き合ってここまで来たのよ。
少しぐらい楽しまないと勿体ないじゃない」
「俺は来たくなかったのにそっちがノリノリだったじゃ」
「サンダーウィップ!」
バチバチバチ!
「ぎゃあああああ!?」
久々の電撃ムチで叩かれた俺は体からプスプスと煙をあげながら床に倒れ伏した。
すぐに体を起こせたのは何回も食らったおかげか、全然嬉しくねえ。
「お前…………いい加減その暴力的な性格どうにかならねえのか?」
「何故かしら、レンヤ相手だと遠慮なく魔法使っちゃうのよね」
「レンヤが特別ということですか?」
「…………そうかもしれないわ」
「ですってレンヤ、良かったですね」
「良くねえよ!?
そういう台詞はもっとこう、俺にとって嬉しいシチュエーションで言われるべきだろ!?」
「嬉しいシチュエーション……………分かった、電撃じゃなくてレアが良いのね?」
「ちげえよ!」
「……………ウェルダン?」
「焼き加減の問題じゃねえ!」
「分かったぞ、つまり魔法ではなくーー」
「刀でしばくとかそんなありきたりなこと言わないよな?」
「…………………」
「ちょっ!?
無言で斬りかかかってくんな!
言わなけりゃ良いってもんじゃねえぞ!?」
レイアが振ってくる刀を必死に避けながら叫ぶ。
ちなみに他の奴等は俺のピンチにも関わらずレアだのウェルダンだのチキンだの話していた、薄情を通り越していっそこいつら俺のことが嫌いなんじゃないかと思う。
「くそ、俺だってただじゃ死なねえぞ!
クレアガード!」
「わ、私を盾にしないでください!」
俺は我関せずといった顔をしていたクレアを掴み、レイアの前に押し出した。
すると流石のレイアも動きが止まる。
「よし、チャンスだ!」
「連夜、待ってください。
何か嫌な予感がーーー」
「クレア、アタックーーー!!」
「きゃあ!?」
「なっ!?」
俺はクレアをレイアの方へ突き飛ばした。
驚くレイアにクレアが体当たりするが、流石にクレア程度が当たったぐらいではびくともしない、レイアはクレアを抱くように受け止める。
「うう…………すみませんレイアさん…………」
「……………」
レイアは身長差で見上げながら謝るクレアを無言で見つめ、何かを堪えているかのような鬼気迫る表情を一瞬見せ
「い、いえ……………クレア殿も、大丈夫ですか?」
「は、はい。
………………あの、怒ってませんか?」
「おおお、怒ってなど、いません。
わわ、悪いのはあの男ですから」
「そ、その割には険しい表情で私を見ている気がするのですが……………」
「えっ?
し、失礼、取り乱しました、もう大丈夫です」
クレアの指摘にハッとした顔をしたレイアは、すぐに顔をいつもの無愛想な顔に戻してクレアに頭を下げる。
「はっはっはっ、レイアの慌てる姿が見れるなんて、こりゃ珍しいものがーー」
「貴様は後で訓練用のカカシにしてやるから覚悟しておけ」
訓練用のカカシ=フルボッコにしてやる。
ガタガタ震える俺を他所に、今の騒ぎを丸々無視してるアルティアとミリィは露店のアクセサリーを見ていた。
「わっ、これミリィちゃんに似合うんじゃない?」
「……………そう?」
「絶対似合うわよ、買ってあげるから付けてみなさい」
「………………私、こういうのはあまり分かるから」
「大丈夫よ、私がコーディネートしてあげるから」
「あ、それなら私もお手伝いできるかと思います」
クレアもアルティアと一緒になって、ミリィに合うアクセサリーをあーでもないこーでもないと探し始めた。
一方、レイアはこういったことに疎いのか、輪に入らず騒いでるアルティア達を若干羨ましそうな顔で見ていた。
「………お前は行かないのか?」
「私は武術に生きる人間、アクセサリーとか、そういう女の子らしい話は……………無理だ」
興味がない、という否定ではなく、無理というネガティブな言葉から本当はあの輪に混じりたいんだろうなと思う。俺はレイアに何か気のきいたことを言おうかと思ったが…………
「…………そうか。
なら、俺も分からねえからさ、適当に駄弁ってようぜ」
「それは断る」
精一杯気を遣ったつもりだったのだが、レイアはそんな俺の気遣いを一蹴した。
ダメだ、俺にはやはり悩んでいる女の子を元気づけるなんて高等テクニックは使えない。
俺は気まずくなった雰囲気から逃避するようにアダザーナより若干質素な街を眺めて時間を潰す。
アルティア達早く終わらねえかなー。
ボーとしながら道行く人達を眺めていると
「……………全く、普段はちゃらんぽらんなくせに……………」
「ん?何か言ったか?」
「なっ!?
い、今の聞こえたのか!?」
「い、いや、だから聞いてんだが…………」
「ひ、独り言だ!」
レイアは怒ったようにそう言うと俺から顔をそらす。
どうやら突っ込まれたくなかった発言らしいな、まああまり追求するとこいつも刀で物理的に黙らせてくるからな、やめとこう。
レイアとそんなやり取りをしていると、買い物が終わったのかアルティア達が話しながら戻ってきた。
「あ、ごめん。
待たせちゃった?」
「そんなに待ってないが長く待ってた気分だ」
「…………?」
「いや、何でもない。
それよりそろそろ昼飯を食わないか?」
「連夜は食べ物のことしか考えてないのですか?」
「お前にだけは言われたくねえよ!?」
頭の中に脳みそではなくてご飯が詰まってそうな奴に言われるなんて心外だ!
「私からすればレンヤもあまり変わらないと思うんだけど」
「失敬な!
こいつみたいにバクバク、象みたいに食いはしないだろうが!」
「女の子に象とは酷いではないですか!?」
クレアが猛然と抗議してくるが、これでも気を遣ってオブラートに包んでやってるんだがな。
クレアは俺が発言を撤回する気がないと分かると、抗議は諦めるがぶつぶつと文句を言いながら離れていった。
ちなみにアルティアはそんな俺たちのやり取りを呆れた目で見ていた。
「さて、夫婦漫才はそこまでで良いかしら?」
「おい、誰が夫婦漫才だ」
「何回も同じようなやり取りしてて何言ってんのよ」
「それはこいつがあまりにもアホだから一般常識をだな」
「誰がアホですか!」
「はいはい、そこまで。
明日には帰るんだから、時間を無駄にしない」
「そういえば、確かギルドへの報告があるんだったか?」
「そうよ。
一応、護衛の依頼の報告をしないといけないからね」
この街にも一応魔法使いギルドはあるらしいが、受けた依頼はその受けたギルドで報告をしないといけないらしい。
だいぶ面倒くさいが、テレポートが使えるおかげで、行き来にはそんなに困らないんだとか。
テレポートが一般的に使えることとその理由の説明は受けたが、いまいち理解できてない、俺には使えなかったしな!
「まあそういうわけで、今日は色々と見て回るわよ。
それにここにはレンヤとクレアちゃんの記憶の手がかりもあるかもしれないし」
「あー………………」
たまにアルティアはこうやって俺たちの記憶のことを気遣ってくれる。
それは嬉しいのだが、騙していることに若干の罪悪感を覚える。
たまに、たまにだが俺たちが実は異世界から来た、ということを話そうかと思うこともあるが、やっぱり異世界人に対する反応が怖くて言うことができない。
もしも、アルティア達と敵対するようなことになったら……………精神的にもキツいが、それ以前に俺達なんて瞬殺されるだろうな。
改めて話さない方が良いと認識して、俺はアルティアに「………そうだな」と言って歩き出す。
ないものを探し回らせる罪悪感はあるが、観光のついでみたいだしそこまで気にしなくても良さそうだ。
「で、今からどこに行くんだ?」
「そうね…………やっぱりまずはアダザーナにはない所に行きましょ」
アルティアはそう言うと、てくてく歩き始めた。
どこに行くのか知らないが、まあこのまま当てどなくさ迷うより良いか、とついていくことにする。
と、そこでレイアが手をあげた。
「すまない、私はちょっと離れるが良いだろうか?」
「ん?良いけど、どこに行くの?」
「先程、街の者からこの辺りに昔使われていた修行場があると聞いてな。
軽く鍛練をしてくるが、すぐに戻る」
「分かったわ」
アルティアが頷くと、レイアは早足で街の外へと歩いていった。
「観光より修行とは………もの好きな奴だなー」
「レンヤも行ってきたら?
少しは鍛えられるかもしれないわよ」
元オタクな俺に龍の片翼を斬り飛ばしたことがある人と一緒に修行してこいだって?はっはっはっ、死ぬぞマジで。
アルティアの言葉を聞かなかったことにし、「ほ、ほら早く行こうぜ、時間は有限なんだからよ」と言って促す。
アルティアは「そうだったわ」と言うとまた歩き始めた。
ふう…………危ない危ない、何とか気を逸らせたか。
俺は一汗拭い、アルティアについて歩き始め、クレアとミリィも俺の後に続く。
「さっき言ってたアダザーナにないものってのは何なんだ?」
「ここは教会があるから分かると思うけど、私達の神様…………レンテ様を信仰する人達が多い街だから、教会にまつわるものが一杯あるの。
それを見ようかと思って」
「げ、教会関係か…………」
俺はさっきの自称シスターを思い出して嫌な顔をした。
何やら教会が俺を殺したがっているとかいう話も聞いたし、なるべくなら近づきたくないが…………
「レンヤは教会が嫌いなの?」
「いや、嫌いというわけじゃないが……………どっちかと言うと教会関係者かな」
あの暴力シスターしかり、俺を殺したがってる奴等しかり。
アルティアはそんな俺を見て不思議そうに首を傾げる。
「……………さっき何かあった?」
「えっ?」
ミリィの何気ない言葉にドキッとして振り向く。
ミリィはいつもの通り俺の顔を無表情で見つめている。
マーガレットとのやり取りもあり、俺は少ししどろもどろになりながら答えた。
「い、いや、そういうわけじゃないんだがな。
ほら、あの人達って何か話通じなさそうだろ?
だから苦手ってだけ…………なんだが…………」
「…………じー」
「……………」
「……………じーー」
「…………あの………ミリィさん?」
「……………あの焼き鳥、とても美味しそう…………」
「おいこらそこの反転娘」
俺を見ているかと思ったら後ろにある露店の食べ物を見ていたミリィにチョップを叩き込む。
「…………とても痛くない…………。
…………いきなり何?」
「いきなり何じゃねえよ、お前から聞いといて別のもの見てるとはどういう了見だこら」
「……………だってそこに焼き鳥があったから」
「それなら仕方ないですよね」
「どこも仕方なくねえよ!?」
同調したアホ神にもツッコミを入れつつ内心、あまり追求されなかったことにホッとしていた。
あまり追求されるとボロが出そうだったからな、良かった。
「まあレンヤが教会を嫌ってるのは分かったわ。
でも安心して、今から行くところは教会の人はいないから」
「ん?でもさっき教会関係のって言ってなかったか?」
「まあとりあえず付いてきて」
うーむ、気になるが、まあ付いていけば分かるし良いか。
それにしてもあの神様のせいでこんなところに無理矢理転生させられた俺が、その神様を祀ってる人達が集まってる街に来ることになるとはな…………。
あの神様には色々と文句が溜まってるんだが…………その辺のあの神様を型どってると思われる石像壊しても良いかな?
そういえばふと思ったが
「アルティアって意外に信心深いんだな」
「意外って何よ」
「いや、お前は神様とかそういうのあまり信じなさそうだけど」
「レンテ様は火の化身とも言われているからね。
私が火の魔法が得意なのもレンテ様のご加護かもしれないし、イフリートもレンテ様を崇めてるわよ」
「そうなのか」
そういえば、前に会った火の龍もレンテ様とか言ってたしな。
自分達の神様であるクレアより畏れていた感じだし、やっぱりクレアとは比べ物にならないぐらい神様してるんだな。
俺は白髪を揺らしながら歩いているクレアの顔をジッと見る。
クレアは俺の視線に気づくと、最初は怪訝な顔をするが俺がじーと見ているのに気づくと、照れ臭そうに頬を赤らめた。
「な、何ですか連夜。
私の顔に何かついてますか?」
「いや、お前って出自は誰よりも良いはずなのに、それを全然全く感じさせないのが、逆に凄いと思ってな」
「……………えーと、つまり私はバカにされてるんでしょうか?」
「いや、そんなことはないようん」
「…………釈然としません」
同じ神様、しかもこいつは生命体のトップと言われる龍たちの神様である神龍のはずなのに、こうも違うのか。
いや、あの神様みたいに自己中心的なのも嫌だが、かといってこいつみたいに頼りがいが無さすぎるのも嫌だ、こんなやつに地球の平和やら管理やら任せとくのは不安すぎる、まだサ〇ヤ人に管理させた方がマシだ。
「……………大丈夫?
……………ずっとブツブツ言ってるけど」
「いや、大丈夫だ。
そういえば、お前の言葉も最近結構マシになったよな?」
今もそうだし、出会った頃と比べると反転せずにマトモに喋っていることが多い気がする。
「………………たぶん、最近魔法を使ってないから」
「そ、そういう理屈なのか?」
「まあ固有魔法のデメリットも人それぞれだからね」
そんなもんか…………そういえば
「アルティアの固有魔法のデメリットって何なんだ?
前は体に影響が出たりするものじゃないとは聞いたが」
イフリートという強力な魔法なんだ、何のデメリットがないということはないだろう。
「………………」
「アルティア?」
「…………いえ何でもないわ。
あ、そろそろ着くわよ」
「あ、おい」
アルティアは話題を打ち切ると、足早に歩き出した。
うーん、気になるがもしかしたらあまり話したくないことかもしれないし、無理に聞くことはないか。
足早に歩くアルティアを追いかけると、それは見えてきた。
「はー………………大きいですねぇ……………」
クレアが感嘆混じりに呟いた通り、それはとてつもなく大きかった。
「これがこの街の観光名所の一つ、かつてレンテ様がこの街に降臨された時の姿を模して作られたと言われる大石像よ」
アルティアの言う通り、それは炎の形をした剣を持った、あの神様の石像だった。
それにしてもデカイ、元の世界にあった奈良の大仏と同じぐらいデカイ。
模して作ったというだけあって、今までの抽象的な石像と違って、俺たちが見たあの神様の姿にだいぶ近い姿をしている。
「レンテ様はまあさっきも言ったけど火の化身と言われているわ。
それで聖書によると龍たちの神である神龍とも交流があるらしくてーー」
「……………交流?」
あの一方的な関係を交流と言って良いのか?
「凄いわよね。
神龍と言えば、世界の守護者とも言われる龍たちの神、その純白な身体は美しくも思わず膝まずく程の神々しさを放っていると聖書に書かれてるわ」
「そ、そんなに褒められると照れると言いますか…………」
「?何でクレアちゃんが照れてるの?
…………そういえばクレアちゃんって、他じゃ見ないぐらい純白の髪よね…………まさか」
「いや、こいつも白い髪だから自分と重ねてんだろ、それだけだろ?
な、クレア?」
俺はそう言いつつクレアの背後に回り、アルティア達に分からないよう背中をつねる。
「っ!!」
クレアはびくっ!と体を震わせるも、俺の無言のプレッシャーを受けて、痛みに耐えながらアルティア達に答える。
「そ、その………そうです、わ、私も髪の色が同じなのでつい照れてしまって………」
「クレアちゃん、何だか声が震えてるけど大丈夫?」
「い、痛い…………くはないですけど、その、こ、この石像の神々しさについ、ですね………………」
アルティアは怪訝な顔をしつつも、それ以上は聞かず、今度はミリィに説明を始める。
アルティアの意外な信心深さに驚きながらも感謝しつつ、俺が掴んでいた手を離すと、クレアは涙目になりながら小声で俺に文句を言い出した。
「(痛いではないですか!
つねらなくても良いでしょうに!)」
「(うるせえ、このアホ神!
危うくバレるとこだったろうが!)」
こんな信仰心が篤い街で、よりにもよって神の一人がいると知られればどうなるか、確実に面倒くさいことになるのは目に見えている。
おまけにこいつが神龍だとバレれば、恐らく俺たちが異世界から来たと言うこともバレるだろう。
もう少しこいつには危機感を持って欲しい。
まだ言いたいことはあったが、アルティアが説明を終えて戻ってきたのでクレアと言い合うのをやめる。
「そろそろ別のところに行くわよ」
「良いけど次はどこに行くんだ?」
「そうね……………レンテ様が降臨された時の炎で焦げたと言われる岩でも見に行こうかしらーーー」
アルティアの行き先を聞いて、まさか今日一日あの神様由来のものを巡るつもりか………?とげんなりした時
ドンッ!
「おい、気を付けろ」
「す、すみません」
俺たち以外にいなかったはずだが、いつの間にか柄の悪そうな男達が数人いて、その一人に俺がぶつかってしまった。
幸い、男達は急いでいるのか、特に絡まれることなく行ってくれた。
「ふう……………助かった…………」
「大丈夫ですか連夜?」
「ああ、特に何もされなかったしな」
「いえ、体ではなく…………あの人たちわざとぶつかったように見えたのですが…………」
「ん?体じゃなかったら何だってーーー」
ふと俺は嫌な予感がして、慌てて服のポケットを探る。
………………ない。
「さ、財布が!ないーーーーっ!?」
俺の叫び声が辺りに響く。
「やられたわね。
たぶんさっきの男達はこの辺りで有名なスリ集団よ。
観光に来た信者達の財布を盗んではそのお金で教会に寄付をしてるらしいわ」
「……………それ、盗む意味あるんですか?」
クレアの言う通り、信者ならどうせここの教会にいくらか寄付するだろう、全財産はないだろうが、自分達の手元に残らないなら盗む意味があまりない気がする。
「さあ?自分達が寄付することに意味があるんじゃない?
それより早く追いかけないと寄付されちゃうわよ」
「待てよ、どうせ寄付されるなら寄付されてから事情を話して取り返せば良いんじゃね?」
我ながらこれ以上はない名案だと思ったのだが
「無理ね、教会に寄付された時点でそれは教会の管轄になるわ。
元は自分のお金だって言っても、その寄付されたお金が自分の物だって証明することができなかったら取り返すことはできないわ」
当然、お金に名前なんて書いてない。
つまり寄付された時点で俺の全財産は哀れ教会の費用と変わるわけだ。
「…………こうしちゃいられねえ!
追いかけるぞ!」
「……………あ、ごめん。
私、行けなくなったわ」
……………なんだと?
アルティアの言葉に俺は思わず急ブレーキをかけ振り返る。
「今、通信魔法が入ったわ。
ここのギルドからね、厄介なモンスターが出たから討伐してほしいって。
だから、私は外れるわ」
「そ、そんな!
お前が頼り、というかぶっちゃっけお前だけが頼りなのに!」
「あの、私達もいますが」
「ごめん、なるべく早く終わらせて帰るから」
「ま、待ってーーーー!
カムバッーーーーーク!!」
俺の叫びも虚しく、アルティアはテレポートでその場から消えた。
「……………早く行かないと、手遅れ」
「そうですよ!
たかがスリぐらいなら私達でも捕まえられるはずです!」
残った二人はやる気満々で、スリ達を追う気である。
…………俺の財布は諦めた方が良いかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーー
『へへっ、さっきのガキ、意外と持ってたな』
『これでまたレンテ様に捧げる供物が用意できたってもんだ』
『…………なあ、さっきの中にいた一人、何か見覚えなかったか?』
『ああ?誰だよ?』
『ほら、あのチビで金髪のキツそうなガキ…………』
『……………そういえば、少し前にこの街に“豪炎の魔法使い”がいたって目撃情報があったような…………』
『ご、豪炎のって…………あの“リトルデビル”って言われる冷酷非道なSSランクの魔法使いか!?』
『そいつが通った後には雑草すら残さず燃やし尽くすと言う!?』
『俺たち、ヤバイ奴に手を出しちまったんじゃ…………』
「いたああああああ!
てめえらああああああ!!」
『『『『ひいいいいっ!?』』』』
ーーーーーーーーーーーーー
「待てこら!俺の財布返しやがれえええええ!!」
意外に早くスリ達は見つかったが、何故か奴等は化け物にあったかのような悲鳴をあげて逃げ出してしまった。
「ちっ、こっちに向かってきたらミリィの魔法で捕まえてやったものを!」
前と同じ、地面の性質反転で少しでも足を止められればと思ったのだが、これで思惑通りにはならなくなってしまった。
「どうするんですか?」
「追いかけるしかねえ!
攻撃してきたらミリィの魔法で防御、追いついたらミリィの魔法で攻撃だ!」
「全部ミリィちゃん任せな気がするのですが」
誰かさんがハリボテステータスのせいで役に立たないからだ、と言いたいのを抑えてスリ達を追いかける。
しかし、ここをホームにしてる奴等と、ただでさえ体力がない俺たちでは分が悪く、徐々に距離を離され始める。
「くそ、このままじゃ逃げられる!」
どうする?
こっちの使えるカードはミリィの反転の魔法だけだ………本当、こんな時に限っていないアルティアとレイアに八つ当たりしたくなる、しても数秒で返り討ちだろうけどな!
「何て考えてる場合じゃねえ!
ミリィ!お前の反転はどの程度の範囲ならできるんだ!?」
「……………基本的に手が振れたもの。
……………地面みたいに繋がってるなら大体3から5メートル」
「くっ、それだと届かないな…………!」
手を触れるには止まって、しゃがんで手を触れないといけない。
その間に奴等は範囲外に逃げるだろうし、それ以前にすでに5メートル以上離されており、おまけに今も徐々に引き離されてる。
そして俺たちの体力も限界に近づきつつあった。
「ぜえ…………ぜえ…………くそ、逃がしてたまるかぁ…………俺の財布ううぅぅぅ…………」
『な、何か後ろから怨念に満ちた声が聞こえるーーーー!?』
くそ、このまま逃がしてなるものか…………何か対策を………!
焦りが募る俺にミリィがぽつりと
「……………そういえば、私、新しい反転を使えるように…………」
「それを早く言えバカ!
どんな効果だ!?」
「…………反転の、連鎖…………」
「反転の連鎖?」
「……………反転させたものを別のものに触れさせると、その触れたものも、反転する……………」
「それは……………つまり例えば投げた石が地面に当たったら柔らかい地面になるってことか?」
「……………大体、そんな感じ…………」
「微妙な…………いや、待てよ。
それ使えるぜ!
クレア!道に落ちてる石を拾って持ってきてくれ!
ミリィはそれを片っ端から反転してくれ!」
「良いですが…………どうするのですか?」
「まあ見てな」
ーーーーーーーーーーーーー
『さっきの奴、静かになったな』
『結局リトルデビルは来なかったじゃねえか』
『いや、油断させて一気に叩くつもりかも…………ん?
あいつら何してーーーー!?』
スリ集団の一人は飛んできた物を反射的に避けた。
それはスリ集団を通り抜け、先にある石畳の上に落ちた。
『なんだなんだ!?
攻撃か!?』
『……………いや、待て。
これは………石?』
『何で石なんかあっ!?』
スリ集団の一人が突然、何かに掴まれたかのようにバランスを崩し、倒れかけるが何とか体勢を立て直す。
『おいおい、どうした?
さっきの石にでも躓いたのか?』
『いや、何か今地面が柔らかかったような…………!?』
そう言っていたスリがまた何かに躓いたようにバランスを崩した。
それは他のスリ達も同じで、次々とバランスを崩していく。
『い、一体何が起こってるんだぁ!?』
ーーーーーーーーーーーーー
「はっはっはっ!
見ろ、俺の見事な戦略によって奴等混乱してるぞ!」
俺はバランスを崩しながらも体勢を立て直して走るスリ集団を見て高笑いをする。
「流石連夜。
人の嫌がることを考えさせたら右に出る者はいませんね」
「……………それ褒めてんのか?」
「……………まだ投げる?」
「ああ、なるべく奴等の進路を塞ぐようにな」
「……………分かった」
ミリィはクレアから渡された石を掴み「反転、性質」と呟いて、スリ集団の前に落ちるように投げる。
スリの一人がその石が落ちた場所の近くを踏むと、その足が少し沈み込みバランスを崩した。
これはミリィが新しく使えるようになったと言う反転の連鎖とやらを聞いて俺が思い付いた方法で、まず石の硬さを反転させ、柔らかくする、そしてその柔らかくさせた石を固い石畳に投げれば、反転の連鎖で、柔らかくなった石が当たった硬い石畳が柔らかくなるという理屈だ。
何でそうなるのかとか細かい疑問はあるが、今はとりあえずあいつらを捕まえるのが先だ。
俺たちの妨害によってスリ集団の足は鈍り、もう少しで追いつきそうにまでなっていた。
「さあ、もう逃げられねえぞ!
大人しく捕まりやがれ!」
『い、嫌だ!
俺たちはレンテ様に、この供物を捧げるんだ!』
「勝手に捧げてんじゃねえ!
それは俺のだ!」
スリ達は躓き、転びそうになりながらも、必死の逃走を続けている。
ちっ、往生際の悪い奴等め…………!!
「連夜、連夜。
今、凄い悪役顔してますよ。
主人公の顔ではないですよ?」
「うるせえ。
それよりそろそろトドメ刺すぞ!
クレア、ミリィ!持ってる石をありったけ奴等の目の前に落としてやれ!!」
「分かりました」
「……………了解、全力で手を抜く」
クレアが渡した石を、ミリィが纏めて握り、そしてそれを豪快に放つ。
バラバラと落ちた石に、スリ集団が入り込むと
『うわー!?』
『げふっ!?
な、何だここ!?
まるで沼みたいに…………!?』
スリ集団は一人残らずついに転び、俺たちはようやく追い付くことができた。
「やっと追いついたぜ………!!」
『『『『ひいいいいっ!?』』』』
何故か異常に怯えるスリ達に俺は余裕の表情で近づいていく。
「さあ、それを渡してもらおうか、そうすりゃ命までは取らねえ」
「こ、断る!」
「ほう?なら少し痛い目に合ってもらうとするか」
「……………これ、どっちが悪役か分かりませんね」
「……………レンヤが正義の味方」
今のは反対、そのまま、どっちの意味で受け取ったら良いんだろうか?
まあ良い、俺の金を渡さないというなら返したくなるように、母親直伝のこめかみグリグリをやって渡したくなるようにするだけだ。
俺がポキポキ指を鳴らしながら近づくとーーポンと肩に誰かの手が置かれた。
「おいクレアか?
今、俺は見て通り忙しーー」
「…………教会があるこの街で、堂々と昼間から信者に恐喝を行うなんて大胆不敵な奴だな」
その声はクレアにしては野太く、おまけに怒りを抑えるかのように低い声をしていた。
肩に置かれた手の力強さに嫌な予感がしてギギギと首を動かすと、俺の後ろにはマーガレットと会った教会にもいた武器を持った騎士の人が数人、俺の退路を塞ぐように立っていた。
…………………
「えーと、その、一応念のために聞いておくんですけど、どっちを捕まえようとしてます?」
「もちろん」
騎士はガッと俺の腕を掴んだ。
「お前に決まってるだろ!
さあ、とっとと来い!」
「やっぱり予想通りだけど待ってくれ!
おおーい!!ミリィ、クレア!弁明してくれ!早くーーーた、助けてくれーーーーー!!」
「連夜ーーー!?」
俺は聞く耳を持たない騎士達にずるずると連行されていったのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
「おら、釈放だ。
全く、紛わらしい真似しやがって、俺たちも暇じゃないんだ、今後は気をつけてくれよ」
「………………はい、すみません」
解放された俺はとぼとぼと力のない足取りで教会から出る。
外はすっかり暗くなっていた、というのもあの後教会に連れていかれた俺は尋問を受けそうになったのだが、たまたま通りかかったマーガレットに説得してもらえた。
そこまでは良かったのだが騎士達に解放されたかと思ったら、マーガレットの部屋に連れて行かれ
『お前はバカか?
わざわざ忠告してやった直後によりによって聖騎士に捕まるようなことをしやがって。
脳みそ入ってんのかああ?」
と、散々罵倒され
『………………ということだ、もう次はないと思え。
分かったか?分かったらとっとと出てけ!』
という感じで最後は叩き出されるかのようにさっさと追い出された。
あのまま捕まってたら上に話がいき、適当な理由をつけて処刑されてたかもしれないらしいので、マーガレットには本来感謝しないといけないのだが、今の俺はもう観光とかすっ飛ばしてとっとと帰りたい気持ちで一杯だった。
「あ、連夜」
「……………大丈夫?」
外に出るとクレアとミリィが待っていてくれた。
「その、あ、あの後、スリの人達は捕まって連夜の財布も事情を話して返してもらいましたよ」
どうやらごたごたで忘れられてると思っていたが、財布は返ってきたらしい、そこだけは救いだな。
しかしクレアの様子が少しおかしい、まるで財布を渡すのを躊躇っているかのような
「…………その、連夜。
落ち着いて聞いてほしいのですが」
「話は良いが財布貰うぞ」
俺はクレアから財布をもぎ取りーーーえ?
俺は持った財布の軽さに思わず動きを止めた。
「お、おい、俺の財布さんがすげえダイエットしてるんだが?」
「その、ですね、あの人たちを追いかける時に柔らかくした石畳を修理しろ、と街の人から怒られまして…………」
「ま、まさか……………!」
「それで私とミリィちゃんはお金がなかったので、連夜の財布から取られました…………」
「嘘だろおおおおおおおおおおおおっ!?」
日が暮れ始めた教会前に俺の悲痛な叫び声が響いたのだった。
ーーーーー宿屋ーーーーーー
「…………で、吸血鬼退治で得た報酬をほとんどその修理代に持ってかれちゃったの?」
「はい、そうです………」
「…………はあ」
ここを出たときより随分軽くなった財布を握りながら深いため息をついた。
幸い食事代等はアルティアが出してくれ、家もギルドの宿舎やアルティアの家で寝泊まりできるから生きるのに問題ないが、、アダザーナに戻ったら買おうと思っていたあれやこれやを買うだけの余裕はとてもない。
ちょっとした家ぐらいなら買えそうなぐらいあったお金が、今やそこら辺の屋台の食べ物を食べ歩くほどしか無くなったのは、俺に相当なダメージを与えていた。
流石のアルティアとレイアも俺に憐れみの目を向けている。
「まあその、災難だったわね。
帰ったら私も依頼手伝ってあげるから」
「しょ、しょうがない、私も手伝ってやる。
いつまでもうじうじされたらこっちも気が滅入るからな」
「おう、ありがとよ…………」
「…………私も」
「ああ、助かるぜ」
「もちろん、私もお手伝いします」
「お前は良いや」
「……………意外と余裕ありますね」
まあこの世界に来てから、色々あったからな、ショックはショックだがこの程度で落ち込まないぐらいには鍛えられてる。
「さて、レンヤも少しは元気になったみたいだし、ご飯食べましょうか」
「ああ。………………言っとくがクレア、お前は絶対に通信装置に触んなよ」
「わ、分かってますよ」
「今日はせっかくだし皆で食べる?
誰かの部屋でも良いし、食堂でも良いけど」
「食堂で良いんじゃね?
部屋はちょっと狭いし、それに…………」
「?どうしたの急に黙って」
「い、いや、何でもない」
よくよく考えると個室に俺と(見た目は)美少女四人と食事ってのは…………嬉しい、嬉しいんだが俺にはまだ経験が色々足りない。
部屋で食べることになったら女4人の中、居心地悪そうに味が感じられない料理をもそもそと食べてる姿しか思いつかない。
「へ、部屋は狭いから食堂で食べようぜ」
「そうね」
「今日のご飯は何ですかねー」
「今日はソコナシヌマウナギの蒲焼きみたい」
「……………相変わらず食欲が失せる名前だなおい」
まあ、まだウナギが付いてるだけマシだな…………。
「流石ね、ソコナシヌマウナギはとある理由で中々捕まえられないからあまり市場に出回らない高級品なのよ」
「味は?」
「今の時期は脂がのってて美味いだろうな」
「それは楽しみです、じゅるり」
「ヨダレ拭け」
話しながら食堂に入ると、ここの宿の支配人が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。
こちらでお食事ですか?」
「そうよ、早速お願い」
「かしこまりました」
支配人は一礼すると厨房に向かっていく。
俺たちは適当に空いている席に五人座り、夕食が届くのを待つことにした。
どんな夕食が出てくるのか楽しみなような不安なような気持ちで待っていると
「そういえば、私達は入れなかったけど教会でどんな表彰されたの?」
「うぐっ!」
アルティアの突然の質問に思わず声を出してしまう。
いつか来るだろうとは思っていたが、まさかこの油断しきったタイミングで来るとはな…………
「……………うぐ?」
「いやー今日は暑くてな、つい声が出てしまった!」
「…………それは無理があるような…………ひゃうっ!?」
「どうしたクレア?
何か言ったか?」
「い、いえ、何でもないので手を離してください…………」
「……………結局どうだったのよ?」
「あ、ああ。
こう何というか、ざ、斬新だったな!
思わず度肝を抜かれちまったよ」
度肝どころか肝が冷えたけどな。
「……………何か凄いもの取られた?」
「あー……………ほ、ほら俺は助言しただけだからさ!
ギルドから報酬も貰ってるし、特別何か貰うことはなかったぜ」
「それではクレア殿はどうでしたか?」
「えっ?わ、私ですか?」
「ええ、龍を撃退された、ということでここまで呼ばれたのでしょう?
この男とは違って手ぶらで帰したりはしてませんよね?」
「さりげなく酷くないかおい」
「…………ち、ちなみに手ぶらで帰してたりしてたらどうするのですか?」
「それはもちろん……………我が刀にて厳重に抗議させていただく」
「「…………………」」
レイアが刀をちらつかせながら言ったのに、俺とクレアは黙り込んでしまう。
俺よりはマシだが、クレアも簡単な質問だけで、後はとっとと帰れだったから、それを聞いたレイアがどうするかは想像に難くない。
「さあ、何を貰ったのですか?」
「えっと、その……………」
マズいぞ、これは下手なことを言ったらレイアVS教会で戦争が始まってしまう!
そうなれば、ただでさえ教会に睨まれてる俺がさらに睨まれてしまう、頼むクレア、何とかうまい答えを…………!!
「その…………………しょ」
「しょ?」
「ご、豪華な食事でした!」
「…………………え?」
レイアがぽかんと口を開ける。
「だ、だからもう私の手にはありません。
美味しかったので、私は満足してます……………けど……………」
「…………………」
「あの………………」
クレアの再度の呼び掛けにレイアはハッとした顔になり
「い、いえ、その、意表を突かれたもので。
し、しかし、クレア殿はそれで良いのですか?」
「はい、私は報酬や名声が欲しくて龍を退けたわけではありませんから」
レイアの言葉に、クレアは珍しくはっきりした口調で返した。
その凛とした姿は、普段こいつは本当にダメな奴だな、と思っている俺ですらも格好良いと思える。
それが普段からクレアを慕っているレイアが聞いたらどうなるか
「さ、流石です!クレア殿!
自らの武をひけらかすことなく凛としたそのお姿…………凄く感激いたしました!」
こうなるのだった。
レイアは感激した様子であるこれクレアを褒め始めた。
クレアは一瞬だけ見た威厳はどこへやら、照れながらレイアの言葉を聞いていた。
「おやおや、随分騒がしいですね」
そんなやり取りをしていると、支配人が一人でお皿をいくつも抱えて持ってきた。
「どうぞ、ソコナシヌマウナギの蒲焼きでございます」
支配人は幾つも持っているお皿を器用に一人で次々とテーブルに並べていく。
並べ終わると「ごゆっくりどうぞ」と一礼してまた別のテーブルに向かった。
「凄いですね、何だかあっという間でした」
「ああ、あの隙のない動き…………元凄腕と見た」
クレアに合わせて適当なことを言い、早速置かれた料理を見てみる。
見た目は普通のウナギの蒲焼きだ、焼けたタレの匂いが芳ばしく漂ってる。
ご飯が欲しくなるが、残念ながらここの米的な物はあんまり美味しくないので、これと合わせるには勿体ないだろう。
「よし、それじゃ早速…………」
ウナギの蒲焼きを口に入れる、おっ、これは
「ふ、普通に美味い…………!」
流石、高級食材と言うだけあって、物騒な名前の割りに今まで食べたどの魚よりも美味く感じた。
食事が蒲焼きとパンだけなので腹が減っていたのもありすぐに終わり、俺たちは食後のお茶をすすりつつゆっくりくつろぐ。
「いやあ、美味かったな。
名前を聞いて少し不安だったが、杞憂だったぜ」
「そうですね。
食べてる間、ご飯が欲しくなりました」
クレアも俺と同じことを思ったようで、白米が恋しそうにはあとため息をつく。
と、そこでふとさっきのアルティアの言葉を思い出した。
「そういえば、このウナギってある理由で滅多に取れないとか言ってたよな?
それって何なんだ?」
「そのこと?
それはソコナシヌマウナギが、特殊な場所に生息してるからよ」
「特殊な場所?」
「ええ。何でも一度足を踏み入れたら二度と出れないと言われている樹海の奥にある底無しの沼に住んでると言われていて、このウナギたちはその沼に近づく生き物を食らっているらしいわ。
中には迷い込んだり、このウナギを捕まえに来た人間を食らうこともーー」
「よし、ちょっとトイレ行って吐いてくる!」
俺が立ち上がろうとすると、アルティアが手で止める。
「大丈夫よ、店のはちゃんと仕分けしてるから。
その代わり、人から貰った物や、信用できない露店から買った物は保証しないけど」
「十分危ないんだが!?」
相変わらずここの世界の食べ物は俺の予想をことごとく悪い方に越えてきてくれる。
聞きたくなかった情報にテンションを下げていると、アルティアが「さて」と言い出した。
「昨日は皆疲れてたから入れなかったけど、そろそろここの名物に行きましょう?」
「名物…………ですか?」
「そうよ。
ここには…………何と、温泉があるのよ!」
珍しくアルティアがテンション高く言う。
ここに温泉があった、というのも驚きだが、それよりアルティアのテンションが妙に高いのが気になる。
「温泉好きなのか?」
「もちろん、ここに立ち寄ったときには必ず入ってるわ」
「そう言えば、私も故郷にあるのに入ったっきりだな、楽しみだ」
「……………私も」
「私もこのせーーではなく、温泉って初めてですから!
楽しみです!」
「そうよね!
それじゃ早速行きましょ」
珍しく女性陣がテンション高い。
そう言えば俺も温泉なんて入ったことないな、この世界の温泉と言うと若干不安ではあるがこの機会に入ってみようか。
おっと、大事なことを聞いとかないと。
「アルティア、ここの温泉って当然、男女別だよな?」
「あ、当たり前でしょ!」
「連夜…………もしかして一緒に入りたいのですか?」
顔を赤くして攻撃態勢に入るアルティアと、ジト目を向けてくるクレアに慌てて首を振る。
「ち、ちげえよ!
ただ、不幸な事故が起こらないよう聞いただけだ!」
温泉でよくありがちな事故の一つとして、混浴とは気がつかず入って、そこに女性陣が来て酷い目に合うというのがあるので先に聞いただけなのに何でここまで言われないといけないんだ!
まあ、確かに覗けるなら覗きたいという邪念がこれっぽっちもないといえば嘘になるが…………。
俺の必死の弁解にアルティアは納得したのか「それなら良いけど…………」と言い、俺が誤解が解けてホッと胸を撫で下ろすと、「でも」と付け足した。
「もしも覗いたら……………分かってるわよね?」
「………………ど、どうするつもりだ?」
「ミンチだ」
「……………こねる?」
「ウェルダンよ」
「は、ハンバーグ!」
「分かってる、分かってるからそんなに凄むな!
あと、クレア!特に言うことないなら無理に言うな!」
俺への女性陣の信頼度が限りなく低いと言うことを思い知らされつつ、俺たちは温泉へと向かうのだった。
ーーーーー男湯ーーーーー
温泉、それは数多の男たちが夢見る理想郷、多くの男たちが求め続け、そして夢半ばで到達できなかった場所である。
そして俺は今、壁一枚挟んだ向こうにその理想郷へ到達できる所にいる。
そんな千載一遇のチャンスである俺はと言うとーーー
「よし、入り口確保、タオルも準備完了、体も速攻で洗ったからいつでも出れる」
ーーー女湯を隔てる壁から遠い入り口近くに陣取り、さらに目隠し用のタオル、さらには体も洗い終え何か起こったらすぐに出れるように準備万端で温泉に浸かっていた。
温泉、それは数多の男たちが求める理想郷でもあり、数多の男たちが不幸な事故により命を落としてきた場所でもある。
俺は先人たちのように「すけべ大魔王」の称号を貰ったり、覗き魔と勘違いされ石畳の上に座らされて拷問されるような徹は踏みたくない。
幸い、俺には先人たちが遺してくれた、こういう場合に事故が起こるパターンを知っている。
なので壁側に近寄るのは避け、さらには体を洗い入り口側に陣取ることで、壁が何らかの原因でなくなっても、即座に離脱することが可能、さらには入り口が何らかの理由で封鎖された時のための保険で、目隠し用のタオルも置いている。
もしも事故が起こりそうになったら、素早くこれを目に巻きつけて無実を証明する狙いだ。
ふっふっふっ、完璧な段取りだ。
もちろん、俺も男だ、中身がダメダメでトラブルメーカーだったり、魔法少女なのに暴力女だったり、反転娘だったり、切り裂き魔だったりでも、見た目は皆、普通なら俺がお目にかかることさえない美少女ばかりだから、事故が起こることを少し期待している部分はある、だがそのために命を落とすなんて本末転倒だ、ましてやアルティアやレイア辺りなんか手加減なんて微塵も期待できそうにないし。
あの二人は文字通り俺を微塵にできるからな、ここは欲望をぐっと抑えて命を守るべきだ。
本当はとっととここを出るのが一番なのは分かってるんだが、まあここまで用心してるし大丈夫だろうという気持ちと、初めての温泉が思った以上に気持ち良いので中々出れない。
この温もりは、マーガレットとのやり取りと、俺の財布が劇的なダイエットを果たした傷を癒してくれる、おまけに今は俺の貸しきり状態だ、この状況を今堪能しなくていつ堪能するというのか。
「あー……………このまま溶けてこの温泉の一部になりたい…………」
俺は準備万端ということもあり、温泉に揺られながら間延びした声でそう呟くのだった。
ーーーーー女湯ーーーーー
「ふう………………気持ち良いわね~……………」
私は温泉に浸かりながらそう呟いた。
「はふう……………何だか眠くなってきましたー…………」
温泉に浸かって幸せそうな顔をしているクレアちゃんもそう呟き、温泉に身を沈めている。
「……………この温泉の気持ち良さは…………地獄のよう」
ミリィちゃんのその言葉に一瞬ギョッとするも、すぐに今のは反対なのね、と理解する。
最初はこの独特な言い回しに戸惑い、勘違いでレンヤに攻撃したりもしたけど、今はだいぶ慣れてきている。
……………未だに時々、レンヤがとばっちりを受けることはあるけれど。
「クレア殿……………!!
かわ……………いえ、温泉は最高ですね!」
そして意外だったのは普段クールなレイアさんまでもが、温泉でリラックスした表情をしていたことだ。
話によるとレイアさんの故郷には温泉が幾つもあったということだから、温泉が好きなのだろう。
今、何か言いかけていた気もするけど、たぶん気のせいね。
「それにしてもあの男、真っ先に覗いてくるかと思ったが…………近くに気配を全然感じないな」
レイアさんが壁の向こうに視線をやり、誰のことを言ってるのか理解する。
武術に長けたレイアさんが言うなら、レンヤは本当に壁の近くにはいないのだろう。
「そうね、てっきり今ごろ壁に空いている穴でも必死に探しているかと思ったけど」
「あのう…………流石に連夜もそこまで墜ちてないと思うのですが……………」
クレアちゃんがレンヤのフォローをする、普段酷い目に合わされているのに優しい子だ、最初から思っていたけど本当この二人はどういう経緯で知り合ったのだろう?
レンヤがいる時は、何となく聞き辛いけどこの際聞いてみようかな。
「ねえ、クレアちゃん。
前から思っていたんだけどレンヤとどうやって知り合ったの?」
「えっ!?」
何故かクレアちゃんは私の質問におろおろし始め、キョロキョロと周りを見回し始めた。
おかしい、そんなに変な質問をしたつもりはないのに。
もしかして…………とても人には言えないような出会い方をしたのだろうか?
いけないことだとは分かっているけれどつい、色々と想像してしまう。
「そ、その…………あの…………わ、忘れました…………」
「あ、そうか、記憶喪失だもんね、ごめん」
「…………その、はい…………」
「…………でも、すごく動揺してた?」
「そ、そんなことないですよ!?」
ミリィちゃんの指摘にクレアちゃんは焦った様子でぱたぱたと手を振る、本人には悪いけど小動物が動いているみたいで可愛い。
「…………っ!!!」
その少し後ろでは、レイアさんが何故か自分の腕を押さえつけ何かを必死に堪えるような顔をしていた。
「ど、どうしたのレイアさん?」
「いや…………!気にしないでくれ…………!」
何だかこれ以上この話題は続けない方がいい気がして、私は追求するのをやめた。
ま、レンヤも流石に人として間違ったことはしないわよね。
もしそうだとしても…………消し炭にするだけだし。
ーーーーー男湯ーーーーー
ぞくうっ!!
「何だっ!?急に寒気が!?」
ーーーーー女湯ーーーーー
そう心の中で決め、私は話題を変えることにした。
「それにしても…………改めてクレアちゃんの髪って珍しいわよねー」
「え、ど、どうしたんですか急に?」
「いえ、前々から思ってはいたのよ?」
私も依頼であちこちを飛び回ってはいるが、クレアちゃん程の真っ白な髪は見たことがない。
雪のように儚く、けれどもどこか神々しさを感じるのは、神様であるレンテ様と関わりのある神龍も純白の体をしていると言われているからか。
私の言葉にレイアさんとミリィちゃんも賛同する。
「……………確かに、キレイ」
「クレア殿に相応しいと思いますよ」
「…………うう、嬉しいですけど………て、照れます…………」
クレアちゃんは顔を赤くしながら湯船に顔の半分を浸ける。
「……………私はこっちも気になる」
「ん?私の体がどうした?」
ミリィちゃんがレイアさんに向いて言った言葉に、私とクレアちゃんも納得する。
レイアさんは私たちにはない…………その、大人の魅力に溢れているから。
「確かに、私も背などは少し成長していますが、こっちはあまり成長しません。
レイアさん、どうやったらそんなに大きくなれるんですか?」
レイアさんも私たちが言ってることが分かったようで、少し顔を赤くしながら
「そ、その、アルティア殿もクレア殿も気にしすぎでは?
そのままでも十分綺麗ですし…………それにミリィはまだ子供だろう?」
「…………苦い、砂糖のように苦い。
……………私の歳ぐらいから大体、将来の体型が決まる、この間読んだ本に書いてあった」
「私もしんりゅーーーではなく、女として最低限の威厳と言いますか、プロポーションは欲しいのです」
「わ、私もレイアさんみたいに大人な女になりたいのよ」
私たち三人が詰め寄ると、レイアさんは思わずといった様子で一歩下がる。
「何か秘密があればぜひ、教えて欲しいのです!」
「え、えっと…………その、あれだ!
さっきはクレア殿だが、ミリィの髪も中々珍しい色だと思うぞ!」
「……………む、露骨に話題をそらした」
「でもミリィちゃんも確かに綺麗な髪をしているのです。
瞳の色も綺麗なアメジストですし」
「そうね、ミリィちゃんも自信を持って良いと思うわ」
「……………その、照れる…………」
「もちろん、アルティアさんだって可愛いですよ。
今の髪を下ろしている姿もとっても大人っぽいですし、それに小さくて可愛らしいですし」
「その、複雑だけど、ありがとね」
私としてはもうちょっとレイアさんぐらい、までとはいかないまでも半分ぐらいは身長が欲しいのだけど…………。
「でもやっぱりレイアさんのスタイルの良さは気になります!」
「……………強行手段」
「く、クレア殿?ミリィも何をーー」
「えーい!」
「…………それー」
「あはは!く、くすぐった……………というか、私のタガが外れーーい、いえ、と、とにかくやめてくださいーーー!」
目の前でレイアさんに飛びかかった二人を見て、私も考えをやめ流れに乗ることにした。
「の、乗らないで止めてくださいーーーー!?」
ーーーーー男湯ーーーーー
「あ~………………さっき妙な悪寒がしたけどやっぱり温泉は良いなぁ……………」
俺は温泉に身を委ね、ぼんやりとした状態でそう呟く。
「でもそろそろ上がらないとな…………のぼせてもアレだが、何よりこれ以上浸かってるとそろそろイベントが起きそうな気がするし」
最初に何もないと思わせ、温泉にのんびり浸かっていてら罠にあったケースもある。
そろそろ潮時だろう。
「さて、上がりますかねーーー」
そう呟きながら立ち上がった瞬間
ドゴオオオオオンッ!!と音がして、男湯と女湯を遮る壁がぶっ壊れた。
「な、何だぁ!?」
ーーー少し前 女湯ーーーー
ひとしきり私たちは暴れた後、落ち着いて湯に入り直しゆっくりと浸かっていた。
そんな中、クレアちゃんがふと
「そういえばこんな立派な温泉があるのに、何で個室にシャワーがついているのですかね?」
「中には温泉が嫌いな人もいるからじゃないかしら?」
そうは言ったものの、普通は高級な宿といっても全ての個室にシャワーをつけるのはあんまり見たことがない、せいぜいスイートルームとか値の張る部屋ぐらいだ。
おまけにそうしているところは、温泉がないところがほとんど、それに比べここはこんな立派な温泉があるにも関わらず全個室にシャワールーム、言われてみれば勿体ない話だ。
「………………実は、理由がある」
「み、ミリィちゃん?
理由って?」
「……………宿の人に聞いた。
……………この温泉で無理心中があったらしい」
「「えっ!?」」
私とクレアちゃんがそう声を出すなか、ミリィちゃんはいつもの無表情で淡々と話を進める、それがさらに恐怖心を増長させる。
「……………それ以来、ここから変な叫び声が聞こえたり、聞こえなかったりする」
「どどどどっちなの?
き、聞こえるの聞こえないの?」
私は今のはどうか反対の方でありますようにーーと祈りながら聞く。
ミリィちゃんは私の促しに、ゆっくりと口を開いた。
「………………夜、温泉に浸かっていると、恨みのこもった声が、聞こえーー」
ミリィちゃんが淡々とした口調がさらに恐怖を駆り立て、そしてその時
ザバアッとどこからか音が聞こえた瞬間、私の恐怖はMAXに達した。
「きゃああああああああ!!?」
「あ、アルティア殿!?」
私は最後まで聞くことができず、闇雲に走り出す!
「あ、アルティアさん!
そっちには壁がーー」
「ライジングアロー!」
ドゴオオオオオンッ!
アルティアが放った雷矢は男湯と女湯を隔てていた壁を破壊し、さらにその先へと飛来するーーーすなわち、今まさに出ようとしていた連夜………世界一運の悪い男の元へと。
ーーーーー男湯ーーーーー
ドゴオオオオンッ!!
壁が壊れたと思ったら、バチバチと音を立てて、何かが頭上を通過する。
「な、何だ!?今のぐわあああ!?」
通りすぎた電撃が直撃はしなかったものの、お湯を伝って俺の体を被弾した。
咄嗟に湯船を出ようとした俺は、その電撃によって体を動かすこともタオルを目に巻くことすらできなくなってしまった。
「な、なんーーーっ!?」
混乱と痺れでマトモに話せない中、どうにか体を動かそうとしていると、誰かが湯気の中走って来たかと思うと、その勢いのまま俺に抱きついてきた。
つ、次から次へとなんーーー!!待て、この小ささ、金色の髪、見覚えが…………。
恐る恐る下を向くとーーそこにはタオルを巻いているもののそれ以外に服を着てない(当たり前だが)アルティアが、震えながら俺に抱きついていた。
「ちょ、あ、あ、あ、アルティアさんーーーーー!?」
俺は思わず声を上ずらせながら叫ぶ。
こ、ここここんな向こうはタオル巻いているとはいえ俺は裸だしタオルだって厚くないから薄いタオル越しにアルティアの肌が触れているわけであってそれ越しにアルティアの体温とか柔らかさがダイレクトに伝わってきてあばばばばっ!?
この状況は彼女どころか、女の子とろくに話したことすらない俺には頭がショートするぐらいの出来事だった。
「あ、アルティアさん!?
とりあえず離れようか!」
「い、嫌よ…………だって声が…………!
お化けが来ちゃうもん………!」
「お化け!?
向こうで何の話をしてたんだ!?
ガールズトークしてたんじゃないのか!?」
思わずツッコミを入れるもアルティアはそれすら聞こえてないようで、震えながら俺にしがみつくだけであった。
いつもなら怖がっているアルティアをからかうところだが、今はその余裕もない。
ゆえに俺は、女湯にアルティア以外の奴等も入っていたことを失念していた。
「アルティアさんー!
そっちは男湯ですよー………」
聞き覚えのある声とともに壁があった場所から現れたのは、こちらもタオル一枚を巻き付けているクレアだった。
そのクレアは俺がいるとは思わなかったのか、俺と目が合うと固まってしまった。
「……………きゃー」
クレアについてきたのか、無表情なままミリィがそう声をあげると、クレアはハッとして今更ながら慌て始める。
「れ、れれれ連夜!?
ま、まだ入っていたのですか!?」
「まだ入ってるよ!
温泉気持ち良いから仕方ねえじゃねえか!?」
俺も混乱してるのか訳の分からないことを言ってしまう。
「クレア殿、アルティア殿はいましたかーー」
「い、いけません!レイアさんーー」
クレアの制止を聞かず、レイアが壁の穴から男湯に入る。
目が、合った。
「…………………」
「…………………」
やべえやべえやべえやべえやべえやべえやべえ!!
殺される、絶対に今すぐ殺される!?
俺は震えながらレイアの次の動きを見つめるが、レイアは怒ったような様子もなく
「クレア殿、ミリィもこっちに戻るぞ」
「……………え?」
レイアが平然としているのを見て思わず声を漏らしてしまう。
その声を聞いたレイアが俺の方を向く。
「どうした?」
「いや……………てっきりお前にボコられるかと思っていたから…………」
俺の言葉を聞くとレイアはフッと笑い
「確かに不埒な者には制裁を与えないといけないがーー」
あれ?予想していた言葉とだいぶちが
「ーーその役目は今回は私ではなかったということだ」
そう言うとクレアとミリィを抱え、女湯の方にしゃっと戻る。
何だ、今の、どういうーー
「レ、レンヤ…………?」
その声が聞こえた瞬間、全てを悟った俺は穏やかな顔で下へと視線を向ける。
そこにはさっきまでの怯えた様子はなく、代わりに羞恥で顔を赤く染めたアルティアがいた。
アルティアは最初俺の顔を見、そして自分の格好とその格好で俺に抱きついている状況を確認する。
「…………一つだけ、言わせてくれ。
スケベ大魔王の称号だけはつけないでく」
「なに訳の分かんないこと言ってんのよーーーーー!!」
アルティアの正義の業火によって俺は大きく吹き飛ばされたのだった。
宙を舞いながら俺は、やっぱりさっさと出ておくんだった、と、今更過ぎる後悔をして気を失ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
その後、アルティアは流石に罪悪感を感じたのか謝りに来たが、あの出来事を思い出すのか顔を赤くして、翌日になるまでマトモに話せなかったとさ。
ーーーーーENDーーーーー




