1. 追放
「お前はこのパーティーに相応しくない。今すぐ荷物を纏めて出ていってくれ」
勇者アダムの突然の言葉に、僕の頭はフリーズした。
「え? は……?」
「ここまでは幼馴染の誼でお前を連れてきてやったが。今日の戦いではっきりした。お前はこのパーティーに相応しくない。これ以上は邪魔なんだ」
テントの中。小さなテーブルを挟み、8つの瞳が僕を見ていた。魔王を倒すための旅。あらゆる苦難を共に乗り越えて、昨日は激戦の後にようやく四天王の一人を倒したところだというのに。
入り口付近に座る僕は、テント越しに背中で外の寒さを感じた。
「……そんな急に。僕に何か悪いところがあったなら言ってよ。直すから」
ようやく言葉を紡ぎ出せば、勇者の隣で聖女ビビアンが高笑いした。
「あはは。悪いところですって。あら、ごめんなさい。むしろ貴方に荷物持ち以外の能力がありまして?」
確かに戦闘で僕自身が役に立てることは少ない。平凡な身体能力、魔力だって一般的な魔術師の中の下だ。しかし僕にはこのスキルがある。
「僕の『魔法陣』が助けになっていたはずだ。昨日の四天王戦だって――」
しかしアダムが被せるように遮った。
「見習い魔術師レベルのファイヤーボールが飛び出る紙切れだろ? そんなもん何枚あったって、意味ねーんだよ」
「戦場はお子様の遊び場ではありませんのよ? お遊戯はおうちに帰って、ママに見てもらいなさいな」
重ねてビビアンが追い打ちをかけた。お上品に口元を隠し、鈴を転がすような声で笑っている。
責めるようなアダムの視線に耐えられなくて、僕は残り二人に視線で助けを求めてみた。
「いーんじゃねえの」
盃を机に叩きつけるようにして、ぶっきらぼうに吐き出す大男。盾役のチャキだ。その隣の小柄な少女に目を向ければ、気まずそうに視線を逸らし俯いた。
「ディディさん! 君は違うよね?」
俯く彼女に縋ろうと、訴えかける僕の前に、アダムが割って入った。
「無駄だ。皆はもう納得してる。これはパーティーの総意なんだ」
アダムはディディを背中で隠すように立ち上がる。弾みでテントが大きく揺れた。
「……分かった。出ていく」
「良かった。このテント、5人では狭苦しくて敵いませんもの」
嫌味なビビアンは無視して、その脇をすり抜けようと――
「あら、装備は置いていってくださいな」
言葉の意味が掴めず、僕はぽかんと固まった。
テントの奥、僕のリュックに向かう進路を、スラリとしたビビアンの足が遮ったのだ。
「な……流石にそれはないでしょ!?」
ここをどこだと思ってるんだ。魔物蔓延る森のど真ん中だぞ。
「そうだな」
アダムが僕のつま先から頭のてっぺんまで、確かめるように眺めていく。
「武器に防具、アクセサリー。護身用の短剣も。すべて置いていけ」
真っ青な髪。髪より薄い水色の瞳は、氷のような冷ややかさを湛えている。
それが、僕が見た親友の最後の姿だった。
***
「死んじゃう、死んじゃうよ!」
僕は今、月明かりだけを頼りに、魔の森の中を駆けている。
ばしゅんっ
またひとつ、右肩の魔法陣が弾ける音。僕の喉仏めがけて食らいついてきた沼狼が、「ぎゃいん」と地面に転がった。紫電が拘束罠の形となって、狼の鼻先を挟み込んでいるのだ。
今のうちだ。走らねば。
全身に刻んだ128の魔法陣。その半分以上を使い切ってしまった。
「くそう、くそぅ……」
涙で前が霞んでくる。汚れた袖でぬぐい、ずきずきと痛む足を引きずり、僕は森の外を目指した。
しかし、現実は残酷だ。ようやく森を抜けるかというところで、家よりも大きな怪物が現れた。八本脚の異形の狼。顔面の1つ目が、ぎょろりとちっぽけな僕を捉え――
***
結論。
僕は生き延びた。
絶対絶命の窮地が、僕のスキルを覚醒させた。
小さな溜め池の側。丈の短い草地に崩れ落ちるように倒れ込み、登り始める朝日をぼうっと見つめる。
ぽとん
僕の顔の直ぐ側に、小さな木の実が落ちてきた。どうにかそちらへ身を捩り手を伸ばす。コロンと硬い手触りだ。握った拳に意識を集中。実から魔力を絞り出し、反対の掌に幾何学模様を描いていく。
淡く光る小さな魔法陣を、一番深い脇腹の傷に押し当てた。良かった。出血は止まったみたいだ。
「ほんと、信じられない」
改めて、よく生き残ったものだと自分のことながら感心する。身体を起こせば、遠くに煙の筋が立ち上っている。人里があるようだ。
「まずは、最寄りの村に出て――」
これからのことを考える。武器もお金も、何もない。とにかく仕事を探さねば。
「冒険者ギルドに――」
そこで思考が止まる。スキルは支援系、戦闘時は基本お荷物な自分に、果たして冒険者が務まるだろうか。
『戦闘は任せろよ。お前はサポートに専念してくれ!』
かつて笑顔で自分をパーティーに勧誘したアダムの声が蘇る。幼馴染の腐れ縁だが、彼はいつだって――
「いや」
頭を横に振る。彼は僕を捨てたのだ。
先ほど実を落とした木に歩み寄る。波打ったような葉が集まる中心に、いくつも茶色い実がついている。
「『描画』、『魔力固定』」
僕は唱えながら、木の幹に手を当てた。暫くすると全ての木の実はハリツヤを失い、灰となって崩れ落ちる。やがて木の幹に、青く光る巨大な魔法陣が。
「やれる。この覚醒した『魔法陣』で。僕は君たちを――」
そこで一度言葉を切る。少しだけ思案すると、僕は大きく頭を振った。
「俺は、お前らを――」
そう。今ここに僕は生まれ変わるんだ。
「俺は成り上がる。そして追い出したお前らを、絶対に見返してやる!」
するりと木の幹を撫でる。葉も少し萎れたようで申し訳ない気持ちになるが――この木が、俺の決意の見届人だ。
もう一度、俺は木の幹をそっと撫でると、先ほど煙が見えた方向へと歩き始めた。
***
「見て! 噂の"千の罠"だわ」
「へぇ。リーダーの男以外は、美人ばっかじゃん」
飛ぶ鳥を落とす勢いの、新生冒険者パーティー"千の罠"。それが俺の新たな冒険者パーティーだ。
「主様。次の依頼の候補リストをもらってまいりました」
奴隷の首輪を付けた獣耳娘が、紙片を両手で差し出した。スカートから覗く尻尾が揺れている。褒めてほしいときのサインである。
「ねぇ。さっさと次、行きましょ? あ、疲れてる? 全く貧弱な体ね。なんなら肩でも揉んであげ――」
勝ち気な瞳、見事な金髪をおさげにした、いかにも金持ちそうなローブに身を包む少女が、俺の肩に両手を載せる。
「旦那様よ。ちと休息を挟んでも罰は当たるまい。なに、今夜は妾としっぽり――」
身体のラインがよく見える、赤いボディスーツに身を包んだ美女が、俺の膝に頭を乗せて、甘えるように見上げてくる。
……なんか気づいたら増えていた。
いや俺、ソロで仕事するつもりだったんだ。「勇者パーティーから追放された無能」の俺と組みたい奴なんていないだろ。それに正直もう誰も信用できない。だから気楽に一人でやろうと思っていたのに――
「主様?」
「ねえ、聞いてた?」
「もちろん、妾じゃろ?」
おっと危ない。なぜか出合い頭から好感度マックスの女性3人に見つめられ、俺は内心冷や汗が止まらない。
(何が正解だ?)
当初は何かの罠ではないかと、散々疑ったものである。しかし献身的な彼女たちの働きに、次第に俺の心は絆され、
「どうされますか?」
「私でしょ?」
「ふふ。旦那様は恥ずかしがりじゃのう?」
皆が期待した目で見てくるが、これ、"次の食事で、隣に座るのはだれか"ってだけだからね。両側に2人を座らせて、残るは向かい……いやこれ、下手な返事をすると戦争起きるんだよなぁ……。
美女三人に揉まれながら、死んだ魚の目をする俺の耳に、とある会話が聞こえてきた。
「いやあ、しかし狂乱竜が村三つ滅ぼした時にゃあ、どうなるかと」
「全く。勇者パーティーが来たと思ったら、あいつら素通りしやがった」
「逃げたの間違いだろ? なんでも、いくつか任務を放棄したとか」
魔王討伐に向け、順調に成果を上げていた勇者パーティー。しかしここのところはさっぱり、目ぼしい業績を聞かなくなった。
「いやあ、"千の罠"が来てくれて助かったよ」
髭面のガタイのよい男がこちらに目を向ける。俺と目が合うと、にこりと手を挙げ挨拶を寄越してきた。
(俺が――いなくなったから)
だとしたら、よい気味だ。しかし、なんだか腑に落ちない。喉奥に何かが引っかかるような感覚だ。切り替えようと纏わりつく仲間を引きはがし、次の依頼を選び始めた。
***
覚醒したスキル『魔法陣』を駆使しながら、俺と新たな仲間は順調に成長を重ねていった。
そして遂に俺たちは、魔王が住まう城に辿り着いた。
(よし。ここで俺の実力を見せつけてやる!)
勇者パーティーが四天王を全て倒し、魔王城に向かったと聞きつけ、急ぎ俺たち"千の罠"も駆けつけたってわけ。
素晴らしい連携、磨かれた技と身体。それらは行く手を阻む障害を難なく退け、遂に俺たちも玉座の間へと到着だ。
開け放たれた巨大扉の向こうに見えたのは――
勇者が、死んでいた。




