伏魔殿で踊れ 7
16 宴の後
草木も眠る丑三つ時、ひゅ〜どろどろドロリンパっと謎のチビ助が姿をあらわした。しかしあまりの反応の無さに驚きを見せる。見渡す限り立っている者など見えないのだ。お〜い見張り〜!後ろ後ろっ!
(うーん、みんな酔っ払って寝てらぁ。ちょっと決まり過ぎじゃねぇの?見張りすらあのザマか・・・。)
豆つぶ・ザ・斥候が周囲に合図を送った。
「合図だ、行くぞ!」
眠りこけた草木の影から武装した兵士たちが続々と姿を見せ始めた。いままさに寒冷前線が酒盛りの熱気が冷めきらぬ地帯に素早く覆い被さろうとしていた。説明するまでもなくこれから生じるのは赤い暴風雨だ。
「あぁん?何らお前らち。歩ってんらら水持っちけぇ。うわぁっ!」
「ぎゃぁ!」
次々と酔いつぶれた兵士たちに剣を突き立てて行く。気づいて斬りかかって来る者もいたが、どれも相手になどならなかった。
「戦闘を前に酔いつぶれるだと?愚か者め!油断した者から死んで行くのが戦場の理よ。」
「一体こやつらは儂らの何倍おるのだ。キリがないではないか。」
「もし正面からぶつかっておったら儂らが虐殺されておったな。」
「気の毒だが、これも戦よ。こやつら全て捕虜にできるわけ無いしの。このまま生かさば再び襲いかかって来るのだ!」
「数を頼みに鏖殺せんとする者どもにかける情けなど要らんわ!こやつらの根性は前回と変わりゃあせんのぅ!」
すると命乞いをする声が聞こえて来た。それ自体は何も珍しいことではない。しかし耳を貸さず残らず切り捨てるはずが、何やら様子がおかしかった。今もずっと命乞いが延々と続いているのである。どうにも剣を突きつけている兵士に迷いがうかがえた。不審に思った者が近づくと、そこで命乞いをしているのはあろうことか先の内戦で仲間だった男だったのだ。
「お、お助け下さい。お願いします。」
「もし!マール殿ではないのか?お主、こんなところで何をしておるのだ?」
「お恥ずかしながら、税負担に耐えきれず所領を差し押さえられて身を落としたのです。儂も前回同様ヴェラン殿と戦いたかった。あそこにおるサイオン殿も儂と同じ境遇にございます。」
「何?ま、待っておれ!おい、殺す際は顔を確認せい!前回我々の同志だった者は一度捕虜とするのだ!それ以外は切り捨てても良い。」
他にもかつて仲間だった者たちが今回は敵方に参陣しているようだった。苦しい状況からやむを得ずこのような決断に至った者もいるようだ。俺はマリーの下に駆け寄って状況を伝える。
「マリー、敵の大将を捕らえたみたいだぞ。」
「おお、ユーキか。アードラーとジュナンは生け捕り、まこと愚将は敵よりも恐ろしいものだな。」
「ああ、士気が低すぎる。さすがに緩み過ぎてるだろ。」
「数で圧倒しているために、我らが襲ってくるなど夢にも思っていなかったのだろうな。」
「死ぬ瞬間までぐっすり。末期の酒は美味かったのかな?」
ーーー
翌朝、逃げ帰った兵から先発隊全滅の報が届くとスニールは激しく机を叩いた。
「アードラーも付いていながらこのザマか!ジュナンめ、やってくれたわ!まさか敵を1兵たりと殺せずに全滅とは・・・。」
「後発隊の準備はじきに整いますが、いかがいたしますか?」
「計画に変更は無い。想定とは異なるが、儂とてしかるべき手は打ってあるのだ。」
「はっ!」
「せいぜい今のうち勝った気になっておれ、くっくっく。」
ーーー
「わが国始まって以来、空前絶後の大勝利ですぞヴェラン卿!」
「味方が一人も欠けることなく7千の兵で3万弱の敵を全滅させるなど聞いたこともございませんな!はっはっは。」
古典的な詭計であったが見事な程にハマったことで、陣営は大騒ぎとなっていた。当初の目論見ではせいぜい3割程度を無力化できれば大成功と考えていたが、第一波の奇襲だけで全部片付くとは誰も考えていなかったのだ。
「確かに大勝利でありますが、これが油断となって必ずや我々の首を締めることでしょう。敵はまだ我々よりも多くの戦力を保持しているはずです。それもその気になれば我々を力押しで全滅させるほどの。敵もこれ以降は油断などしてくれませんぞ。最終的に相手を屈服させるまでが戦なのです。敵の失敗を手本として次の戦いに備えましょう!」
「さすがヴェラン卿であるな。女にしておくには勿体ないほどの武人の鑑よ。」
(女か・・・。いや、そんなことで引け目を感じている場合ではない。)
冷水を浴びせたところで大勝利の興奮は全く収まる気配がなかった。辺りに陽気な声が飛び交う中、マリーは口を真一文字に引き結ぶと足早にその場を後にした。
ーーー
薄暗い地下室に冷たい声が響き渡る。
「さて、あなた方はこうして捕らわれているわけですが」
「た、助けてくれ。何でもする。金か?所領か?儂さえ無事なら」
「黙らっしゃい!私を亡き者にしようとしたあなた方が助命を求めようとは傍ら痛いですなぁ。あなたはいかがか、アードラー卿。」
「ふん、小娘ごときが偉そうに。」
一喝されたジュナンが下を向いて黙り込んでしまった一方で、アードラーは尊大な態度を崩さなかった。生まれながらに権力の中心に身を置いていた大貴族が、小貴族相手に卑屈な態度をとるなど頭の片隅にも無い様子だ。その様子を見たマリーがにこやかに続ける。
「なるほど。いつまでもあなたは侯爵として敬意を払われるのが当然のこととお考えのようですね。まぁそれもよろしいでしょう。ところで、あなたを生かしてお連れした意味を考えたことはおありか?」
「ま、待て。それは何だ。」
「さて?私には熱した鉄の棒のように見えますが。」
「わ、わかった。いや、この通りだ。何でも話す。お願いだ。いやいやいやお願いします。」
アードラーは赤熱した棒から目を離せなくなっていた。その棒は今もふいごを吹く度、赤く輝いている。自白を引き出すために用いられる手段としてはありふれたモノだったが、まさか高貴な生まれの自分に突きつけられるとは夢にも思っていなかったアードラーの顔が恐怖に引きつっている。ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
「これよりあなた方2人は全く別々の場所で取調べがなされます。我々を欺こうとしても無駄です。2人の答えた内容が食い違った場合、あなた方2人同時に何らかの制裁が加えられることでしょう。それではあなた方を取調べる方々をご紹介いたしますね。」
「お、お前は・・・。誰だ?」
「わ、儂は何もやってない!儂じゃないんだ!」
地下室に二人の男が入ってくると、一方の男の顔を見たアードラーが騒ぎ出した。ガタガタ震えながら大声を上げている。それとは対照的にジュナンの方はキョトンとしていた。
「おや?ご存知ないようですね、ジュナン。あなたは彼の愛する一人娘を略取して散ざん弄んだそうですよ。アードラー、あなたは実入りの良い所領を奪い取るために彼の父親を陥れて無実の罪で処刑台に送ったと聞いてます。自白を得るためにこの棒による拷問がなされたとのことです。まったく、己が権力を笠に着ては方々で恨みを買っているようですねぇ。あなた方の取調べに立候補した方が多すぎて抽選になってしまいましたよ。」
「ま、待ってくれ!こ、殺されてしまう!」
「うわぁぁぁ!助けてくれぇぇ!」
「安心して下さい。本当の事さえ話せばきちんと王国の法によって裁かれることを保証しましょう。調書を照らし合わせてきちんと答え合わせをするので心してください。彼らはあなた方のような外道ではありませんが、受け答えはきちんとお願いしますね。思わず彼らの手が滑らないとも限りませんので。」
マリーが話し終えると侯爵たちは別々の部屋へと引きずられるように連れて行かれた。




