伏魔殿で踊れ 5
14 問鼎軽重
マリーが執務室にて今後の方針を確認していたところ、どこからか馬のいななきが聞こえて来た。しばらくするとヴェラン伯爵邸が騒然とし始めたので何事かと顔を上げると執務室の扉が勢いよく開け放たれた。見るとそこには兜を小脇に抱えた甲冑姿の男が佇んでいた。
「ヴェラン卿!このファドロ、ただいま馳せ参じました。」
ファドロ子爵の姿を見ると直ちにマリーは立ち上がり、にこやかに執務室へと招き入れた。
「ファドロ卿。我が父の盟友であった卿が一番に駆けつけてくださるとは何とも心強い。このヴェラン、父ともども深くお礼申し上げる。」
この間、書状を各地に送ったが受けとるや否やこちらに駆けつけたのだろうか。このような意気込みはマリーにとって望外の喜びとなった。マリーの心からの労いにファドロ子爵が感極まる。
「何ともありがたいお言葉。この度はよくぞご決断なされましたなぁ。私もかつての戦友たちと再起を誓ってからこのかた、この日が来ることを待ち望んでおりました。今も王国各地から同志が着々とこちらに向かっておりますぞ。」
「ヴェラン卿!ぬっ、ファドロ卿か?一生の不覚ぅっ、遅れを取ったわ!」
「何ぞ?こんなところで立ち止まらず早う入っていただけぬか?儂もヴェラン卿にご挨拶したいのだ!」
「ヴェラン卿!参りましたぞー。って、どうした?何故進まぬ。」
王国各地から続々とつわものたちが集結しつつあった。誰も彼もが一番乗りの名乗りを上げようと押っ取り刀でヴェラン邸に飛び込んで来ては、ついにマリーの執務室に長蛇の列をなしたのだ。
いざ事があるや義勇に殉ずる覚悟を携えて駆けつける状況は各地にくすぶる不満の表れでもあった。まさに今、積み重なった怒りが王国統治の歪みを破砕せんとしているのだ。
ーーー
広間では駆けつけた領主たちが各々の不満や窮状を語り合っていた。それは取りも直さず戦後に採られた小貴族抑圧策の現状である。彼らは太鼓持ちばかりが大貴族のおこぼれに与り、独立の気風を誇りとする者たちが馬鹿を見る状況を打開したいという一心だった。
「よく飽きもせず他人を陥れて何がしたいのか。聞けば聞くほど呆れ返る奴らよ。」
「甘い汁を吸うのは権力者の取り巻きばかり。もう許せぬ。」
「聞いてくだされ。儂の領地にも嫌がらせのように何かと徴税官を送りつけては麦の一粒に至るまで念入りに調べ上げて追徴を課すのです。」
「儂のところには今回の出兵につき兵士と兵糧をよこせと脅迫めいた書状が届きましたぞ。もちろん無視してこちらに参上した次第にて。」
「聞けばあやつら七侯爵は国庫に納まるべき金子をほしいままに自らの懐にしまいこむ始末。予算が不足するのはそのためと専らの噂ですぞ。」
「何かにつけ増税ばかりしおってあやつらめ。」
「おおヴェラン卿がいらしたぞ。」
マリーが壇上に立つと広間は一挙に静まり返った。それを合図とばかりにマリーが厳かに口を開く。
「お集まりの諸君、遠路はるばるお越しいただきこのヴェラン感激の至りにございます。思えば先の内戦も奸賊どもによる王位の簒奪を我が父クロードが白日の下に曝け出し、正しき政道に戻さんとする大義のための戦でありました。現国王アンリ5世陛下も御自らの御即位にその大いなる御心を痛められ、前国王が遺児シャルル殿下に王統をご返上あそばされるとのお考えをこのヴェランめに打ち明けなさいました。」
「何ですと!」
「まことか?」
「何と?殿下は人質ではなかったということか!」
先日の国王との対談内容に広間は騒然となった。まさか現国王が自らの即位を否定的に考えていると、よりにもよって王党派の旗手たるヴェラン伯爵相手に打ち明けるとは誰も想像だにしていなかったのだ。その事実が起爆剤となり、かつて国王暗殺にて繰り広げられた簒奪劇に対する領主たちの怒りが一気に爆発する。
その喧騒を前にマリーは静かに息を吸い込むと、やおら自らの拳で勢いよく目の前の演台を叩きつけた。
<ドンッ!>
「聖断いかで拝さざらんやっ!今こそ君側の奸を排し、国王陛下をその軛からお救い申し上げるのが我ら高貴なる者の務めでありましょうや。いかがかっ!」
静まり返った広間にマリーの声が響き渡る。固唾を飲んで見守っていた領主の一人が我慢できずに快哉を叫んだ。すると堰を切ったかのように多くの者が後に続いたのだった。
「七侯爵排すべしっ!」
「聖断いかで拝さざらんやーっ!」
「大義は我らにあり!」
その様子を見たマリーはおもむろに手にした杯を掲げて見せると、ここぞとばかりに聴衆へ向けて啖呵を切って見せた。
「杯を掲げよっ!ここに注がれたるは酒にあらず。これから諸君らの流す血であると心得よ!怖気づく者は引き止めぬ、今すぐここより立ち去るが良い。このヴェランと命を共にする覚悟ある者だけ飲み干すべし!」
<パリンッ!>
マリーが杯を一気に飲み干すと、勢いよく手にしていた杯を床に叩きつけた。それに遅れまいと広間ではそこかしこで盛大に杯が砕け散る音が鳴り響いた。
「はっはっは、逃げる奴など最初からここにはおらんわ!」
「見くびるでない、儂はやるぞ!」
「最期、たとえ地獄であろうともお供しようぞ!」
「いつもの酒より美味いっ。ネクタルの如しよ。」
(何て奴だ!マリーめ、こういうことやらせたらどんな役者よりも上手いんじゃないか?)
戦闘を前にして勢いづく猛者たちを見ると、何やら歴史上の事件の目撃者のような気分になる。どうにもならないほど溢れ出る高揚感を何とか押さえながら、勇騎はマリーに近づいて自らの役割に徹した。
「マリー、こちらは準備が整いつつある。転移で偵察もバッチリだ。」
「うむ、恩に着るぞユーキ。軍議の結果、籠城戦ではなく前回同様の機動戦がメインとなった。前回の最後に押し切れなかった理由についてもお前の言う通り皆に納得してもらったぞ。」
「上出来じゃないかマリー!あんな古強者たちを年若い君がよくぞ説き伏せたものだ。最も難しいことをお願いしたくせに正直いまでも信じられん。君の弁舌にはいつも目が飛び出るほど驚かされるよ、まったく天才だ!」
勇騎がこれほどまでマリーを褒めちぎるのも理由があった。何しろ目の前にいる者たちは自らの実力で領地を切り取った海千山千の騎士たちだ、とても一筋縄で相手にできる訳が無い。年端もいかない若造や実力の乏しい者が上に立つなど我慢のならない人種と言って良いだろう。ところがマリーは前回のリーダーの娘であることに加えてスタンピードの単騎鎮圧で王国に知らぬ者のいない英傑だ。拠って立つ大義を重んじる彼らにとって、担ぎ上げる神輿として申し分ない存在だった。さらに古つわものたちをうならせる弁舌が加わっては、自らが取って代わろうという野心も鳴りを潜めようというものだ。
だがマリーは封建領主たちのもたげる野心を黙らせ、彼らの自発的服従を勝ち得たことをまったく意識していないようだった。
「ユーキ、そんなにおだてられると気恥ずかしい限りだ。でも悪くは無いな。私は能力以上に頑張って見せたということだろう。」
「そんなことはない、俺は心の底からそう思っている。まぁそれはそれとして、俺の提案は実行してくれるということだな。」
「ああ、必ず。皆も私の指示に従ってくれるそうだ。」
「よし。これから俺は裏方に徹する。しっかり手綱を握っといてくれよ。」




