伏魔殿で踊れ 4
13 お客様はゴブリン様です
「いや、悪いね。トマスさんにつき合ってもらっちゃって。」
「いいんですよ、私もお嬢様の一大事にお役に立てるんならどこへだって行きまさぁ。でもソーマ様は私らの他にも人間のお知り合いがいるたぁ顔が広いですなぁ。」
「ん?ま、まぁね。でもアーレンに足を踏み入れる日が来ようとは夢にも思っちゃなかった。ほんじゃ、行くよっと。」
勇騎はそう言うと乗り込んでいた馬車ごとアーレン近隣に転移した。
「ありゃま、本当にこんなことあるんだなぁ。今見たばかりなのに信じられねぇや。」
「なぁなぁユーキぃ。今日ここに連れて来たってことは我も入っていいんだよな?なぁ?」
ハヤテは王都に行って以来、人間の住む都市に興味津々である。まるで社会科見学を引率する教師のような気分だが、今後のためにもハヤテには知っておいてもらっても損ではないだろう。
「ああ、そうともハヤテ。だからその窮屈な首輪だって我慢してもらったんだ。それを着けて人間に従ってりゃあ、白昼堂々とハヤテを襲うような奴はいないから安心していい。」
馬車に揺られて10分程経つとアーレンの城門前にたどり着いた。ここまで接近するのは初めてなので勇騎もいささか緊張する。そわそわと外の様子をうかがっていると門の前で待ち受けていた衛士が馬車に近づいて来た。王都とは違って身なりが統一されていない。どうやら衛士は全て冒険者のようだ。おそらく持ち回りで街の警備を担当しているのだろう。
「止まれ。通行証を見せろ。」
「こちらです、どうぞ。」
「ん?これはヴェラン・・・伯爵?たしか子爵ではなかったか?」
「ええ、主は数日前に昇爵なさいまして。」
衛士は貴族家の馬車であることを確認すると、身元保証も間違いないと安心したようで一挙に態度が軟化した。アーレンへの入場を歓迎するように笑顔を見せる。
「なるほど。ですが隣接地域の領主様と言えど、ここは自由都市ですので都市の法には従っていただきます。では入場税として銀貨1枚になります。して、目的は?」
「買い物なんですが、ジョセフさんという方が経営しておられる店はご存知ですか?」
「ああそれならこの門を入って5区画進んだら右に曲がってしばらく進むと看板が見えるはずです。私も贔屓にしてるんですが、とても良い店ですよ。それでは馬車を改めさせてもらいますね。」
「ええどうぞ。」
衛士は御者台に乗り上げて中を確認すると体育座りで隅っこに小さく納まっている勇騎と、広い荷台をこれでもかとめいっぱい身体を伸ばして占有しているハヤテを確認した。それ以外に怪しい物は何も積まれていないようだと判断した衛士はすぐに御者台を降りる。
「えーと、テイミングカラー付きのファーウルフと護衛の従者ですね。それでは納税証明として通行証をお返しします。きっと貴族様のお眼鏡に適う良いものがたくさんありますんで、他のお店からもいっぱいお買い上げくださいね。どうぞごゆっくり。」
「ええ、もちろんですとも。それでは。」
「なぁユーキぃ、もう降りていいか?」
無事に勇騎たちの乗り込んだ馬車が門を通過すると、にわかにハヤテがそわそわし始めた。何の危険も感じることなく人間の街を闊歩できるとあっては知りたがりのハヤテさんが黙って見ていられるはずもなかろうよ。それと言うのもこないだの王都では残念な事に市街を散策する余裕などなかったのだから無理も無い。いっちょハヤテさんの期待に応えてやりますか。
「トマスさん、俺たち馬車の後ろについて歩くよ。」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「よし、行こう!」
「そう来なくてはな、ユーキ!」
勇騎たちが幌馬車から飛び降りると、突然のことに周囲の注目が集まる。すると一番近くでその様子を見ていた親子の声が聞こえて来た。
「あぁ見て、ワンちゃんだよママ!」
「あれは狼さんよ。まぁそれにしても大きな狼さんねぇ。」
こんなにデカいワンちゃんなど見たことは無いが、こんな小さい子供に狼と犬の見分けなどつくまい。そもそも今までに犬しか見たことはないのだろう。一方のハヤテは小さな子供の歓声に気づいて不思議そうな顔をしている。
「ん?あの小っこいのが何か振ってるぞ。尻尾のつもりか?」
「あぁ、手を振っているんだよ。相手が笑顔で手を振っていたら歓迎されてるってことだ。あの子を見ながら尻尾を振って応えてやれ。」
勇騎の提案に応えてハヤテが尻尾を振って見せると、その子供は感激して大はしゃぎした。ハヤテもまんざら悪くなさげだ。
「あっ!見て。狼さんも尻尾振ってくれたよ。」
「本当だわ!賢い狼さんねぇ。よかったわねぇ。」
「うんっ!」
すると一連のやり取りを見ていたらしい他の子供たちも瞬く間にぞろぞろと集まりはじめた。<怖くない>イコール<遊び相手>と言わんばかりに目を輝かせた子供たちがハヤテを取り囲んで群がって来る。
「ねぇ鎧のお兄ちゃん、僕もこの子に乗せてよー。」
「わぁ、大っきいー。ふっかふかだぁ。」
べたべたと遠慮なしに身体を触れられてハヤテが困惑気味に助けを求める。
「ゆ、ユーキ?我、非常に歩きにくいぞ。な、何とかしてっ!」
「こうなっちまったらしゃあない。トマスさんより先に店に行こう。子供たちにけがさせちゃダメだぞ。」
「わかってるさ。舌噛むなよ、ユーキ!」
ハヤテは子供たちを傷つけないよう細心の注意を払いつつ、その人だかりを悠々と跳び越えるとそのまま子供たちを置き去りにする。勇騎は追い抜きざまトマスに対して先に店へ向かうとばかりに手を振ると、それを見たトマスはニッコリと帽子をかざして応じた。
「すごい!あの子跳んだよ。」
「あーぁ・・・、行っちゃったぁ。」
子供たちは興奮と落胆をないまぜにしつつ走り去る狼の背中を見送ったのだった。
勇騎たちがそのまま衛士の言葉通りにしばらく進むとジョセフ・バーリン商会の看板を確認することができた。たぶんここで間違いはないだろう。それにしても雑貨店なのだろうか、様々な商品が並べられているようだ。広い店内を覗くと奥に見知った顔を見つけて、フェイスガードの裏で密かに勇騎はニヤニヤする。
「いらっしゃいませ。」
ジョセフはこちらに気づいたようだ。人懐っこい笑顔で入店する客を迎えた。久しぶりだけどどんな顔するかなぁと勇騎は茶目っ気たっぷりにいろいろとアプローチを考えてみる。ワクワクしながらまっすぐに店主の前までぐんぐんと進んでいくと、客の用向きを慮った店主が声をかけた。
「おや、何かお探しでしょうか?」
「ジョセフさん、お久しぶり。ユーキです。」
「はて?」
ユーキという名前にジョセフは人間でそんな知り合いいただろうかと一瞬考えた。しかし急にかぶりを振ると命の恩人の顔を思い浮かべて驚愕の声を上げた。
「な、何ですと!ユーキさん?どうしたんですか?こ、ここじゃ何ですのでどうぞ奥へ。」
するとジョセフの驚く声を聞いたソフィアが不思議そうな顔をして奥から現れた。
「父さん、どうかしたの?あら何よその子。」
「よう!ソフィア。」
「はぁ?その声もしかして。あんたユーキよね、ってかユーキだわ!どうやって入ったのよ?」
「ふふっ。その反応が見たかったんだ、素晴らしいよソフィア。堂々と正門から入ったんだが、手段はもうじき明らかになる。」
一通りドッキリ大作戦が成功し勇騎はフェイスガードの裏で満足げな表情を浮かべる。
「あら、ファーウルフも一緒だわ。あんた首輪ついてるじゃない。ふふふ、今度はユーキたちが我が家に来たのね。」
前回、全く関わらなかったハヤテがよろしくとばかりにソフィアの臭いを嗅いでいる。ソフィアはハヤテを優しく撫でまわした。
ーーー
軽めのジャブで鮮やかな先制パンチを決めると、勇騎たちはそのまま店舗の二階に招かれた。ハヤテは流石に上げられないので裏手に停めた馬車で待機している。招かれた先の応接室では、落ち着いた雰囲気の女性が飲み物を出すついでに挨拶に現れた。
「その節はジョセフを助けてくださり、ありがとうございました。ジョセフの妻のエレノアと申します。」
「エレノアさん、はじめまして。俺はユーキ。ジョセフさんには俺もすごーくお世話になってるんだ。むしろ感謝するのは俺の方さ。」
(さすがにゴブリンが家の敷居を跨ぐなんて想像してなかったろう。伯爵邸では夫人が俺を見る目が半端なかったから覚悟していたんだが、案外すんなり受け容れてもらえたのかな?)
「まさかユーキさんが今度は伯爵様の使いとしていらっしゃるとは。」
「はっはっは、ジョセフさんならずともあまりの急展開に俺自身が驚いているくらいさ。しかし想像してたよりもはるかに立派なお店だね、驚いたよ。」
「ユーキは知らないだろうけど前はもっと小さかったのよ。でもユーキと関わってから何度かまとまったお金が入って来て、あっという間に規模も大きくなったの。今じゃ私もてんてこ舞いよ。」
正直に褒めたところ店主のジョセフよりもソフィアの方がはるかに嬉しそうにしている。自分も手伝って店舗を運営していることが誇らしいのだろう。ソフィアは奔放な性格だが、こういう素直なところは人を惹きつける魅力でもあった。ならばこの良い流れに乗って仕事の話を切り出すとしよう。
「そりゃあ良かった。じゃあついでにもう一つデカい商売やってみる気ないかい?せっかく太い客を引っ張って来たんだ。」
「何と!お話をうかがってもよろしいですか?」
勇騎の提案に終始にこやかだったジョセフがにわかに商人の顔を見せる。
「トマスさん、マリーからの書状を。」
「ええ、こちらです。どうぞお目通しを。」
「お預かりします、熱っ!」
貴族からの用向きなど初めてなのか、落ち着かないジョセフが自分のお茶をひっくり返すアクシデントはあったものの、気を取り直して封蝋を解き書状に目を通した。
「失礼いたします。ほう、なるほど。しかしこれだけの量をどうするおつもりで?」
「用途は明かせないけど、これって集まるかなぁ?」
「ええもちろん。この街だけではなく、すぐ近くの街や村からも用立てることはできますからな。今からですと・・・、明日の夕方までには必ずかき集めて見せますとも。」
まだ時間はあるけれども他の場所の準備もあるので、手に入れるのが早ければ早いほどありがたいというのが本音だった。どうやら最優先でこちらの用件に力を振り向けてくれるようだ。
「予想よりも早いね。見積りってどの位。」
「この金額でどうですか?」
ジョセフがそろばんを弾くと妥当な提示額に勇騎も胸をなでおろす。あらかじめ大体の市価を調べてはいたが、よその商人だと一見さん相手なら相当な金額を吹っかけてきたことだろう。ヴェラン家出入りの商人も油断ならない人物らしいので持つべき者は信用できる友人だと痛感する。不足もあるといけないので多めに渡しておくことにしよう。
「わかった。じゃあひとまずこれ渡しておくよ。」
「これは・・・。十分どころか多すぎますよ。こんな大金お預かりできません。」
「そうかい?じゃあこれくらいかなあ。」
「そんなもんですな。これだけあれば十分でしょう、お釣りが出るくらいだと思いますよ。後でしっかり精算いたしましょう。」
今さら確認するまでもなく、商人ジョセフは信用を一番の売りにしているようだ。そういうところには顧客も集まるってもんだ。ジョセフ・バーリン商会はこれからも大きくなるだろう。勇騎はジョセフとがっちり握手を交わして用件を終えると次の行き先へ向かうことにした。
「じゃあよろしく頼むよ。次はハンスさんにも話があるんだ。ソフィアー、案内してよー。」
「ええ、もちろんよ。ったく、ユーキったら今度は何やらかそうっての?私にも教えなさいよね。」




