第27章
バースディーパーティ用のドレスに身を包んだ
リシェラは、可憐で目がくらむようだ。
(あどけなさの中に大人っぽさもあって……
本当にきれいでかわいい)
お付きの者が気を利かせてくれたのだろう。
城の一階ホールは、夕陽色の髪を持つ王女と、
自分だけしかいない。
城で働く人達も見当たらずひっそりと静まり返っている。
念のためあたりを隅々まで確認する。
「ディアン、さっきから黙ってどうしたの?
私、似合ってないかしら?」
「そんなことないです。
美しくて見とれていました」
「でもむっつりと黙り込んでるし」
見上げる瞳は少しにらんでいるようで、後ろめたくなる。
「……誰もいないか確認していました。
大丈夫なようです」
「視線が届かない場所には誰かいると思うけど、
そこまで気にしていたらきりがないわよ」
たまらなくなって抱きしめた。
薄く施した化粧は彼女の美貌を引き立たせ輝かせている。
背をかがめ、肩を抱く。
引き寄せられるように唇を重ねた。
「っ……こんなところで駄目よ」
「気にしていたらきりがないのでしょう?」
耳元に声を吹きかける。
縋る手のひらが、フロックコートの裾を掴んだ。
髪を撫でて頬を摺り寄せる。
花の香りがする気がした。
「私だってあなたに見とれていたんだから。
今日のために新しいお洋服を新調したんでしょう。
子爵の格好、とっても決まってる」
「……これからもっと似合うようにならないとですね」
ぎゅっ、としがみついてきたリシェラを抱きすくめ身体を離す。
手を繋ぐのはまだ早いと諦め、隣を歩いた。
昔は後ろを歩くことしか許されず
当たり前だと思っていた。
生意気な従者だったころは、適当な態度で
反感を買い城から追い出されてしまおうと考えていたけれど。
いつの間にやら、恋心は芽生えていて胸の高鳴りを抑えられなくなった。
彼女を見つめると胸が焼けるようになった。
そばにいられる未来など考えもせず
夢中で恋焦がれ、伯爵家の養子となった自分。
伯爵家からリシェラと学園に共に通い道はいつしか拓けていた。
子爵の身分も与えられ身に余る僥倖だ。
これからは、二人で歩いていける。
誰の目も気にせず一緒にいられる。
「ねえ。手を繋いでくれないの」
「今、繋いでもいいのですか?」
「当たり前じゃない」
なんて言われて手を差し出すと柔らかな手がつかんできた。
お互い、照れながら歩いていく。
予想通り玄関ホールを抜けると人の姿が見え始めた。
「ディアンじゃなくてディアンさまって呼んだ方がいい?」
顔見知りのメイドがからかってきた。
「ディアンで。今日はバースデーパーティーに招待されているだけです」
「でも……ただの従者でも臣下でもないから。
パートナーとして私をエスコートしてくれてるの」
はっきり告げたリシェラに顔を赤らめてしまう。
その姿をほほえましく見守られていた。
「……ディアンってすぐ照れてかわいい」
「意識してしまうんだからしょうがないでしょう」
リシェラのパートナーとして公に認められていることが、
嬉しいのと単なる照れの両方だった。
からかわれたらまたやり返せばいい。
長い廊下を抜けて大広間の前にたどりつく。
二つの扉を守っていた兵士が、扉を両側から開いていく。
光が視界を染め抜くようだった。
まばゆい光の中をリシェラとともに歩いていく。
王女の17歳の誕生日を祝うための準備は整えられていた。
今日は去年までと趣が違う。
成人を祝うためのパーティー。
ディアンは、フロックコートのポケットに手を入れた。
今日のための贈り物は確かにここにある。
ディアンの前を歩いていたリシェラが振り返る。
「ディアン来てくれてありがとう。
今日はきっと忘れられない夜になるわ」
「リシェラさま、こちらこそ
この場に呼んでくださりありがとうございます」
「あなたがいなきゃパーティーは始められないわ」
また抱きしめたくなったが、さすがに我慢した。
リシェラの隣にディアンの席は用意されていた。
向かい側のテーブルに国王夫妻がいて、優しい眼差しを感じる。
隣に視線を向ける前にリシェラに見つめられた。
「私って変わった?」
「変わりましたよ」
リシェラらしい言葉に、くすっと笑ってしまう。
「それを言うならディアンだって変わったわ」
「……これからも変わり続けます」
家老のギブソンが、リシェラに視線を向け
パーティーの始まりのあいさつを始めた。
「リシェラ様、17歳のお誕生日おめでとうございます。
本当にお美しく立派にご成長されました。
この国を照らす太陽となられる日も遠くないでしょう。
じいは、その姿を見られる日を心待ちにしております」
「ギブソン……」
涙ぐんでいるリシェラの頬をハンカチーフで拭った。
ほんのり赤らんだ頬は温かく拭うほどに新たな涙がこぼれおちる。
「泣くのは早いですよ」
小声で伝える。
「ギブソンが泣かせにかかるから」
流れる涙さえ美しかった。
次は王妃セラと国王ギウスがリシェラのもとにやってきた。
「リシェラ、お誕生日おめでとう。
あなたを産んでよかったと心から思うわ」
「リシェラ、17歳おめでとう。
あの幼かったリシェラが、すっかり大人の淑女になって
感慨深いよ。
ディアンが何より力をくれてここまで来たんだな」
「……国王陛下」
今度はディアンが泣きそうになった。
「お義父さまと呼んでもいいぞ」
「ディアンが、慌てていますよ」
国王の悪ノリを王妃は上手くなだめた。
「……その時が来たら恐れ多いですが
呼ばせてください。私にとって三人目の父です」
感極まった国王が、ディアンの肩を抱いた。
「抱擁は、二人が結婚してからな」
「お父さまってディアンが大好きよね」
「私もディアンは大好きよ」
王妃はディアンの手のひらの上に自分の手のひらを置いた。
国王夫妻は、ディアンをいつくしんでくれている。
従者だったころから目にかけてくれていたが今は
リシェラのパートナーとして大事にしてくれるようだった。
国王夫妻がそばを去った後、ダンスの時間になった。
「リシェラさま」
手を差し出すと手袋を嵌めた手が重ねられる。
彼女は頷く。
二人でホールの真ん中へと歩いて行った。
音楽が聞こえてきて、はっとする。
(ワルツ……。
リシェラさまに恥をかかせたくない)
お互いに一礼をして手を重ねる。
三拍子の音楽に乗せて、足を踏み出す。
リシェラはあまり視線を合わせないように気をつけて
ステップを踏み続けている。
「……緊張するわね」
「緊張しまくりです」
「あなたに恋をして、
将来の結婚相手だと意識している今は昔と違うなって。
失敗したくないって強く思うの」
化粧をしていてもリシェラが、頬を染めているのはわかった。
「……本当にかわいらしい人だ」
手を引いてくるりと回転する。
ホール自体が、動いているような錯覚を覚えるが、
二人がくるくると回っているだけだ。
視界の向こうでは国王夫妻が踊っている。
よく見れば、ジャックも訪れていてこちらを見つめていた。
彼の唇が『ディアン、がんばれ』と動いたのが見えた。
こくりと頷き、激しい動きを展開する。
リシェラの方が元々ダンスは慣れていて得意なので
ディアンは安心して踊ることができた。
「楽しい」
「俺もです」
素の言葉が出てきてしまう。
拍手が起こる中、音楽が終わった。
舞踏会では何種類か踊ることもあるが、リシェラの案で
今日はワルツのみとなっている。
ふらり、と傾いだリシェラの身体を受け止めた。
「席で休みましょう」
「ディアン、上手くなったのは学園の授業のおかげかしら。
でも、もう少し修業が必要ね。
少しだけ動きについていけなかったの」
リシェラに言われ、気恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになった。
「申し訳ありません」
「いいの。このままあなたの腕の中で過ごしたいって思ったくらいだもの」
無邪気な発言に胸の奥が熱くなる。
リシェラに他意などないと知りつつも
ときめきが溢れかえってしまうのは仕方がなかった。
この場に二人きりなら甘いキスをして、
強く抱擁をしていただろう。
「なあに?」
「なんでもありません」
テーブル席に戻ると、メイドが新しい飲み物を注いでくれた。
「ディアンが王子様みたいだった。
あのディアンがと思ったら感慨深いわ」
年上のメイドは姉のような目線を向けていた。
「あら。ディアンは、最初から王子様だったじゃない。
恋をするのは必然だったのよ」
もはや二人は公認であり誰もが知っている。
問題ないがリシェラの行動は大胆だと思った。
(すごく嬉しい)
「私達の大切な王女様と、
平民育ちで臣下だったディアンが……」
メイドが涙ぐんでいるので反応に困った。
「今日はリシェラ様のバースデイパーティーであって、
それ以外の意味はないんですよ」
何だか二人の婚約披露パーティーのようではないか。
フロックコートの内ポケットに指輪の箱をひそませているディアンは、
お膳立てされている気分になっていた。
リシェラは二人の仲を堂々と伝えてはいても、
そこまで意識してはないと思われる。
メイドが下がって、飲み物を口に運ぶ。
盛られたフルーツを摘まむが他の料理に手を伸ばす気になれない。
秘めたる覚悟を口にする時が来ている。
リシェラは、カットされたケーキを美味しそうに口に運び
ナプキンで口を拭いていた。
飲み物で喉を潤したリシェラは、ディアンの方の向いて微笑んだ。
(……つい動きをじっと見てしまった……)
こくりと頷き立ち上がる。
ホールの真ん中まで歩いていく。
注目を浴びている中、唇を開いた。
「リシェラさま、本日は17歳のお誕生日おめでとうございます。
これからますます美しくなられ輝きを放たれるのでしょう。
私はいつごろからかそのお姿をそばで見守るのが、私であればと願い、
過ごしてきました。
同じ想いを抱いていると知った時、
どれだけ心が踊ったかわからないくらいです。
あなたに恋をした日から、あなたを中心に世界は回っていた。
元々平民だった私が、一国の王女であるリシェラさまと
過ごせたことさえ奇跡のような日々で……
それが許され恋し合うことも認められるなど、
こんなに恵まれたやつはいないでしょう。
私は今日限りで完全に従者をやめ彼女のパートーとして生きたいのです」
うまくまとめられなかった。
フロックコートの内から取り出した箱を開く。
まばゆいきらめきは、奇跡を繋ぐ宝石。
名を呼ばずとも向かいまでやってきたリシェラが、ディアンを見つめる。
「結婚してくださいますか?」
「よろこんで」
ジャックから受け継いだ青い宝石をリシェラの左手薬指にはめてゆく。
指輪のサイズは調節して直してもらったので、
リシェラにぴったりのはずだったが緊張して手が震えた。
(手に触れている時にサイズを確かめていた)
自分の指におさまった指輪とディアンを見比べて、リシェラが涙を浮かべる。
涙を瞳にためたまま微笑む。
「あなたを愛しています」
誰の視線も気に留めずディアンは小柄な体を身の内に抱きしめた。
長い腕を回すとリシェラは震えていた。嗚咽まじりの声がした。
感極まって泣き出したリシェラが背伸びをしディアンの首に腕を回す。
しっかりと腰を支え抱きしめると半ば踵が浮いた形になる。
「そのつもりなら早く伝えておいてよ。
涙が止まらないわ」
「言っておいても泣いたでしょう?」
髪を撫でて頬を寄せ合う。
影を重ねかけたところで、動きをとめた。
「おめでとう!!」
花束を抱えたジャックがそばまできていた。
渡された花束を胸に抱えリシェラがくすぐったそうに笑う。
「もう一人のお父さま……」
「リシェラさまにそう言ってもらえると照れます。
ようやく長年の憂いも晴れた。願いはかなうんだな」
ジャックはしみじみつぶやく。
「これで婚約成立だ。
ディアンが19の誕生日を迎えたころ、二人の結婚式をしよう」
国王の言葉はホールの中に朗々と響いた。
また盛大な拍手が巻き起こる。
今日はリシェラの17歳の誕生日で、
リシェラとディアンが婚約をした記念日。
結婚までの道が、開かれた日になった。
結婚式前夜のこと。
「本当は全部夢だったなんてことないわよね」
不安を口にするリシェラにセラは笑い声をあげた。
「そうだったらどうするの?」
「……さすがに正気じゃいられないわ」
「馬鹿なことを言うのはやめなさい。
結婚式は明日だから不安なのはわかるけれど」
母であるセラに優しく髪を梳かれながら
リシェラはこれまでの日々を思い返していた。
ディアンは真面目で純朴な青年だ。
戦から帰ってきて悲壮感を漂わせていた時も、
汚れた自分が会うべきではないと考えていたからだった。
いつもこちらを慮ってくれる。
強くてかっこよくて何より清くやさしい。
従者だった彼は、パートナーとなり
女王となるリシェラの王配になる。
「20歳になったらリシェラに王位を継承するって、
前から決めてあるの。
それまであと二年と少しね。
陛下とどんな隠居生活を送ろうかしら」
「……早すぎない!
私、そんな早く女王になるの?」
「ディアンと支え合ってがんばって」
「……そうね。今日からしばらくはお城と、
伯爵家を行ったり来たりの二重生活。
嫁ぎ先のジャックお父さまにも、
愛想つかされないようにしなくては」
「ふふっ。忙しい結婚生活ね。
ディアンがお城で暮らすのもいいとは思ったんだけれど」
「……けじめ?
まだ学園を卒業していないし、
もしものことがあったら困るということだったわ」
「そうなったら卒業の時期も遅れるわね」
他人事と思っているのか、セラは笑った。
「私たちに限ってそれはないわ」
「跡継ぎをせかさなきゃいけなくなる事態にならなければいいけれど」
首をかしげる母はとんでもなくかわいらしかった。
「や、やめて……お母さまが楽しそうなのを
見るのはうれしいけど恥ずかしすぎるわ」
微笑みを浮かべる王妃に抱擁され、明日からの日々を想像した。
「幼いころから何度もあなたに悲しい思いをさせてきた。
何もできずうろたえてばかりで、時が過ぎて
あなたはあっという間に成長していた。
とても不甲斐なく思ったわ。駄目な母親だった。
私と陛下の愛娘リシェラ……あなたを
産んだことが私の一番の幸せでした。
こんな不甲斐ない母親だけど、いつまでも
あなたと愛する人の味方だから」
「お母さまにはお母さまのご事情があって、
強く生きていかなければいけなかったんだわ。
私もそれに気づいたから何も言えなかった。
お父様はお母さまをこよなく愛していらしたし、
全部を受け止めてくれたからこそ、
王家での生活がつらいだけではなかったのよね」
「リシェラ……本当にあなたは……」
自分より長身の母の背に腕を回す。
お互いに泣きながら、笑い合った。
「笑って聞いてほしいのだけど、
もしも私たちの仲が祝福されなかったら、
二人で手を取り合ってこの国から出ていたかも」
きょとんとしたセラだったが、ますます笑みを深めた。
その未来は仮定に過ぎなかった。
幸運が幸運を呼び込み王女と臣下の恋が、
叶うことになったのだから。




