表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/24

第三章 海辺の国の女王 7

 王女が自分の身体の異変に気づいたのは、あの夜から二ヵ月近くたってからのことであった。

 食欲がなかった。 それに微熱も続き、身体全体がだるく感じられた。

 そのことに、王女自身が訝しげに思うのと同時に、王女の身体の不調について最古参の侍女が勘づいた。

「女王様」

 食事を前にして、気分が悪くなってしまった王女に、水を差し出しながら今年二十八歳になる侍女は言った。

「いったい、どうなされたのです? 最近、女王様は変です……」

「……ああ……」

 どうなされた、と聞かれても、王女自身何がどうなっているのかわからないのだ。

 具合が悪いのは、女王としての激務に疲れが出たせいだと思っていた。

「忙しいからなぁ。すっかり体調をくずしてしまった。そなたにも迷惑かけるな」

「いえ。……でも、王女様、疲れていると思うのなら、夜出歩くのはお止めください」

 侍女がはっきりした口調で言うので、王女はびっくりしてしまった。

 今まで噂になっていたが、直接お忍びについて言ってきた者はいなかったから。そして、侍女が叱るように言ったから。

「ただでさえ大変な実務をこなしておられるのに、睡眠時間を削って夜出歩くなんて、体調をくずして当然です。もうお止めください」

「…………」

 女王が顔をしかめて黙ってしまったので、侍女は他の侍女を下がらせ、女王の私室に二人きりになった。

「女王様。私が初めて女王様にお仕えしたのが、十五の時。女王様は五つでした。それ以来十年以上、私は女王様にお仕えし、女王様と共に生きてまいりました。……私はいつでも貴女様の味方です。なにがあろうと、護ってみせますわ。女王様。仰ってください。一体、毎晩どこへ行かれるのですか? 何をしているのですか?」

「…………」

「悪いようには致しません。力になります。他の者には黙っています。……女王様っ」

「…………」

 王女は俯いた。

 出来るなら、やましいことはしていないと、彼女を安心させてやりたい。

 しかし、それは嘘になる。

 一度、たった一度だけ、王女は信頼を裏切るようなことをしてしまった。

 老神官は、女王を信じている、と言った。皆も信じているから、何も言わないのだと。

 ……なのに。

 つん、と鼻の頭が痛くなった。涙が出そうになる。

 その様子を見て、侍女は目を見開いた。こんな王女は今まで見たことがなかった。

 それゆえに、王女の身に起きた事全てを知って、力になってあげたいと思った。

「女王様。おっしゃって。お願いです。私がいます。皆、皆、女王様の幸せのために、尽力をつくしますわ……」

 王女は顔をあげた。

 こんなに心配してくれる人間に、嘘はつけないと思った。

 それに、老神官同様、王女は彼女を信頼していた。

 それで、王女はぽつりぽつりと話しだした。初めて会った時のこと。サリアのこと。祈りのこと。そして……あの夜のことを。

 侍女は、ヘルウェールのことを知って、ひどく憤慨したようだった。

「許せませんわ。あの男。女王様を、女王様を、事もあろうか、襲うだなんて……! それで、何ともなかったのですね?」

 だが、彼女は王女と若い神官のことは怒らなかった。やさしく笑って、

「だって、女王様は、あの方の事お好きなのでしょう? 好いた方と結ばれたのを、何で怒りましょうか?」

 王女はその言葉にあやうく涙が出そうだった。

 そして、女王として、こんなに優しく頼もしく、自分をもりたててくれる人達が傍にいてくれたことを感謝した。それには、当然、老神官の事も含まれている。

「女王様があの方と結ばれるのに、何の障害はありませんわ。この国では国王の伴侶は貴族から、という法律なんてありませんものね。現に女王様の母君は、普通の庶民でしたもの」

 突然侍女の話が、あの神官との結婚にまで至ってしまったので、王女は慌てた。

「ちょ、ちょっと待て。私とあの男は別にそんな仲なのではないぞ? それに、私自身、彼を男として意識しているのか判らないんだから」

「いいえ、女王様はあの方のこと愛しておられます。そうでなければ、なぜあの方が、女王様にとって特別なんですの? 女王様がお好きだから『特別な』なのでしょう」

「……そう、なのか……?」

「はい。……でも……」

 笑っていた侍女は、そこで少し顔を曇らせた。

「……ここで問題なのは、女王様がその方をどう思っているのかでも、あの方が女王様をどう思っているのかでもありません。……女王様の、最近の体調のことです。私は結婚しておりませんし、当然子供もいないんですけど…………」

 その台詞で、王女は侍女が何を懸念しているのかが判った。

「ま、まさか……? いや、だって、あれ一度なのに……」

 思わずお腹に手をやる。

「一度だって、何だって出来るものは出来ますわ。……ずっと食欲がないんですよね? 微熱はあるし、身体がだるいのですよね……?」

 心配そうに、でも諭すように言う侍女の言葉に、王女はぎゅっと両手を握りしめた。

 

 ―――懐妊。

 ―――あの神官との、子供。


 胸が締めつけられる思いだった。


「……私、お医者様連れてきますわ」

 意を決したように顔をあげ、部屋を慌てて出ていく侍女を見送り、何かの予感にそっと身体をふるわせる王女だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ