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第三章 海辺の国の女王 3

「女王様。会議の間で大臣方々皆お待ちです」

「判った。すぐ行くと伝えてくれ」

「女王様。隣国の大使がお見えになっております」

「応接間に通して、もてなしていろ。これが終わり次第、すぐ行く」

「女王様。求婚者であられるカナン男爵がいらして、女王様にお目通りを願っておりますが……」

「忙しいと伝えろ。そして追い返せ」


「……大変でございますなぁ女王様」

 訪ねてきた元大神官はふぉふぉと笑った。

 この大変というのは、群がる求婚者の山を差して言っている。

 その求婚者を追い返した直後の王女は、その老神官の言葉にまったくだ、とうなずいた。

「うるさいったらないぞ。断っても断っても、諦めない」

「女王が結婚なさるまで続くでしょうな」

「……お前、楽しんでいるな?」

「いえいえ。女王様の苦しみは私の哀しみです」

「ふんっ。よく言うわ」

 王女の私室で、侍女の入れたお茶を飲みながら軽口を叩いていると、多少なりとも心が和んでくる。

 引退したものの、この老神官はよく王女を訪ねてきてくれた。時には、現大神官と一緒に。

「まぁ、何とかやっておるわ。そちらはどうだ? 新しい若い大神官はうまくやっているか?」

 元大神官はにっこりと笑った。

「ええ。そつなくやっているようですよ。あれなら、若い人材をすえたことに不満を持っている石頭たちも文句はつけません。私の眼力もなかなかのものですな。最近は、新たに真紅の位に昇進したパリスという名の若い神官を自分の補佐にして、若手中心でうまく運営しているみたいです。私の出る幕はありません」

「そうか……」

 バリスが今度は真紅の位になり、大神官の補佐になったのか……。

 王女はにっこりと極上の笑みをもらした。

 その笑みを見て、老神官は何かを感じ取ったらしい。にやりと笑った。

 また、いらぬことを思ったようだ。

「な、なんだ……?」

「いえ、また一段とお美しゅうなられたと思いましてね。……うちの新米大神官は、どうですか? もう一つの方の役目もきちんと果しておりますでしょうか?」

「あ、ああ。時々様子を見に来る……そなたも時々一緒にいるから知っているだろう?」

「ええ、もちろんです。もちろんですとも」

「…………」

 何だかまた妙な誤解をしたようだった。

 王女が目を細めて見ているのに気づき、老神官は話題を変えた。

「そういえば、求婚者で思い出しました。ついこの間、サヴァール伯の若殿にお逢いした時、あの御仁は私に、女王の事をお聞きになりましたぞ」

「……何と?」

「女王様が毎晩どこかに出掛けているというのは本当のことなのか、と……。もちろん私はそのような事実はないと言っておきましたが……」

 王女は眉をひそめた。またやっかいな相手に噂が届いてしまったようだ。

「女王様」

 真剣な声が、王女を呼んだ。

 顔を上げた王女は、老神官の真剣な表情にぶつかった。

 その目は王女を心配している表情でもあった。

 王女はいたたまれなくなって、目を逸らした。

「判ってる……。軽率だ、自重しろというのだろう? けれど……」

「そこまでは言いませんが……。女王よ。そろそろ答えてくださってもよろしいですかな? 一体、どこぞに行かれて居るのです?」

「…………」

「この爺を信じてくだされ。誰にももらしませぬ。それどころか、何か力になりたいと思っております。聡明な女王様が軽率だと自分で思われてまで行っていることです。何か事情がおありなのでしょう? 出来ることは致しましょう」

「…………」

 王女は深いため息をついた。

 誤魔化すことはできなかった。

「……神殿だ」

「……は?」

「……神殿だ。そなたの神殿の、礼拝堂に行ってるんだ。私は……」

 礼拝堂で、王女が誰のとこへ行っているのか判ったらしい。

 老神官は目を丸くし、次いで笑いだした。

「な、なるほど……っ。そう、そういう事ですか。そういうことだったわけですなぁ」

 突然吹き出した老神官に、王女は面くらっていたが、彼の誤解の根本が何だったのか思い出し、慌てて言った。

「い、言っておくが、そういう理由で行っているわけでもないし、何らやましいことをしているわけではないぞっ。ただ、私はっ、私は……彼の祈りを聞きに行っているだけだっ」

「わ、判っておりまする」

「そなたのその態度の、どこが判ってるというんだ。誓って言うが、何も二人きりで居るわけではないぞ。パリスも、サリアも一緒だったのだから」

「はいはい。信じますとも。邪魔も致しません。心行くまでお行きくだされ」

「…………」

 少しも判ってないぞ。王女は憮然として思った。

 だが、秘密を打ち明けたことで、多少なりとも心が軽くなった気がする。

 目の前ですくすく笑っている老人の楽しそうな表情に苦笑して、王女はお茶に口をつけた。


 ただ……。

 一つだけ気掛かりといえば、ヘルウェール・サヴァーニのことだ。

 老神官が否定しても、それをあの男が信じただろうか。……いや、たぶん、信じていないだろう。

 なにか……しかけて来るかもしれない。

 ふとそう思うと、王女の胸は嫌な予感に騒ぐのだった。


―――その時は意外と早く来た。

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