第三章 海辺の国の女王 1
いよいよ最終章です。
全能神ヴァルメーダは言った
『アルフエールよ精霊の主よ
ここは神の国
神に選ばれし国
そして汝の国
我が愛と我が心を以て
我はそなたとそなたの子孫
そして我が国にして汝の国を護ろう』
英雄王アルフエールは言う
『我が主よ
偉大なる銀色の神ヴァルメーダよ
私はこの国の王となりて
あなたの代わりに立とう
あなたを祀ろう
そして私の子孫、そのまた子孫は
永遠にあなたを愛するだろう
我が主ヴァルメーダよ』
全能神ヴァルメーダは告げる
『我が友アルフエールよ
それでは我は友情の証に、この地に再び降り立とう
汝の血脈が絶えるその時まで
我らの心と力とが大地を癒すだろう
この国が絶えるときまで』
朗々とした声が響く。
大神官の最後の祈りだ。『ヴァルメーダとアルフエールの誓い』と呼ばれるこの祈りは、戴冠式でかならず神前に捧げられるもので、実質的には大神官の役目はここで終わる。
――今日、王女は女王になった。
パレードに出るため、神殿を出ていく王女は、神殿の前で大勢の人たちの歓声を受けながら、振り返って、今日で長い間の役目を終えた大神官を見た。
仕事の終わった彼は、王女を実の孫のように可愛がる本来の姿に戻って、涙を流していた。
その隣には次の大神官が立っていて、いつもと変わらぬ様子で王女を見守っている。
王女は涙を流す大神官を見、そして自身も泣きそうになりながらも、ぐっとこらえて彼らに手を振った。
嬉しいような、淋しいような、哀しいような気がした。
それは、大神官も同じだろう。
馬車に乗って、街の大通りを行く女王となった王女を見るために、大勢の人が通りに出て、歓声を上げている。
青空の広がっている空には、パンパンと勢いある花火の音と光が瞬いていた。
「女王様っ」
「アルヴァーナ様!」
「女王陛下、万歳、万歳!」
歓声を上げる民衆に答えるように、王女は笑顔で手を振った。
花火と歓声と紙吹雪の上がる道を、王女を乗せた馬車は、ゆっくりゆっくり進んでいく。
外を眺めて、手をふっていた王女は、ふと民衆の間に知った顔を見つけた。
サリアとパリスだ。
二人並んで笑顔で王女に手を振っている。王女は微笑んで手を一杯振った。
すでに手をあげるのも苦通なくらいだったが、それでも嬉しさに振らずにはいられなかった。
パリスの思いは通じたらしい。
それでこそ、王女も怪我したかいがあろうというものだ。
――幸せに。
聞こえないのを承知で、王女は言った。
だが通じたようだ。二人のいる場所から離れていく馬車に、二人は確かに頷いたのだから。
人々は美しく聡明な王女を誇りに思っていたので、この戴冠には大いにわいた。
街のあちこちでは、王女の絵姿が飾られ、城からふるまわれた酒や菓子に、大人も子供もみな喜んだ。街から遠くはなれた地域でも、大いに賑わい、外国からの客も大勢来て、あちこちで祝いの言葉が聞かれた。
夜の宝石の王女が女王となった上は、皆の次の関心は王女のお相手――伴侶のこと――に移った。
「あの美しい女王を射止めるのは誰だろう?」
そんな会話は、街のいたる所で聞かれた。
しかし全く女王が誰を選ぶのか、予想がつかないというのが誰しもの感想でもある。
「サヴァーニ伯の女たらしの息子が、狙ってるって聞いたけど……」
「いやぁ、全然相手にされてないって話だ」
「トルラーン大臣の息子も、女王に惚れてるって聞いたけど……女王が全然結婚に興味を持ってないっていうじゃないか」
「もったいねぇな。あんなに美人なのに」
「いや、だが結局、世継ぎを生むために結婚せざるを得ないだろう。あの女王の隣に並ぶんだったら、ちっと見目のいい男じゃなきゃな」
「おまけに頭もよくなきゃ、釣り合いがとれない」
またある所では、こんな会話がなされた
「でも、女王様には実は好きな人がいらっしゃるっていう噂よ」
「あ、それあたし、城に勤めている友達に聞いた」
「貴族はみんな、自分か自分の子供を女王様のお相手にって望んでるんでしょ? それで女王様の周りは大変なんだって」
「可哀相にね。その好きな人と結ばれればいいけどねぇ」
いずれも女王に同情的な意見が多く、彼女に政治的手腕があるのだから、その相手にそれを望むような声はない。ただ、女王が幸せな結婚をしてくれればいいと願う意見が多いようだ。
そんな民衆の善良な意見も何のその、貴族の世界の水面下では女王の相手を巡り、ひそかなしのぎあいすらあった。
その民衆の善意と、貴族の欲望の標的である女王となった王女は、数日たって、忙しさも一段落すると、再び夜のお忍びを始めるようになった。
王女の頃と、やることも量も同じなのだが、その身にかってくる責任は違うようで、王女は多大なストレスを抱え込むことになった。
それ故、噂になりつつあるのも承知で、つい若い神官――今は大神官になったエディアールの元に訪れてしまう。
彼はしばしば元大神官と一緒に城へやってくるのだが、侍女の目も大神官の目もあるので、そこで彼に祈りを頼むわけにはいかないのだった。