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影喰い王子と、夢誘われの魔女。  作者: コウサカチヅル


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第01話

「今日も美味しそうな『影』をしていますね、先生♡」

いつも通り、さらり、と緩く編まれた金糸のような髪を揺らし、あまりに美しいその王子様は、わたしへとろけるような笑みを向けた。


空色の瞳を熱っぽくうるませた男のひと……リュート様は白く細い指で、わたしの手の甲をいつだって手慰みのようになぞる。


「……さいごの授業、聞く気ないならかえる」

ふくらはぎまで伸びた漆黒のうねった髪と紅い瞳を持つわたし・魔女のアンゼリカ=イストワールは、優しくいたずらに這う彼の手を、ぱっと払った。

「そのように悲しいこと。つれませんねぇ、楽しみにしていたのですよ? 先生の授業」

じぃーっ、と王子様を見つめる。

きらきらした笑顔に、今日も反省の色がない。

「ああ、それともこちらのほうがお好み? ……私を捨てないで! 先生♡」

リュート様はそうのたまうと、表情をうるうるの子犬みたいに切り替え、口許にかわいく手をやった。わたしは内心、ちょっとだけひるむ。

「ろこつ。でも、役者さんみたいですごい……切り替えスイッチがあるみたい」

「ふふ、どうも♪アンゼリカになら、全身まさぐられていいですよ? 探してみますか♡切り替えスイッチ?」

「……」

――どの表情をしていても、目の奥に揺らがない……少なくともかわいいと呼びづらい気持ちがあるかた。わたしは彼をそう思う。

悪気がないことだけは伝わる、けれど……。

日常となったやりとりにわたしは小さく息をつき、ふわふわな謎動物を模した鞄の中から、作ってきた資料をとりだしにかかった。


***


わたしは、森のすみっこにある小さなおうちで暮らしていた。

今年十八歳で成人したばかり。でも同年代の女の子より、かなり子どもっぽい自覚はある。身長や、からだつきの面で。

おしゃれよりも勉強がずっとすきで、お師匠でもあるお母さんの魔術書をもくもく読みあさるのが日課。

魔術でいうと、薬草のような素材をもとに魔力をこめて薬を生成するのも可能だけれど、わたしは特に『魔術式構築』と呼ばれる分野が得意だった。

魔術式――自然摂理や魔の道理をもとに、数多ある中から選定・確定させた呪文のこと。

一度発動さえすれば、魔力があれば、同じ言葉を紡ぐだけでだれにでも使える。

攻撃系も多いけれど、平和なのだとお使いに行ってくれるかわいいオリジナルもふもふを出せたり。

感覚としては、生活に役立つ便利アイテムの開発に似ているかなってわたしは思う。


魔術式が成立したら、その成果を兄弟子でもある、王国魔術師の幼なじみに買いとってもらっている。いつも驚くような額になって、その点は少し不安になる。

ただ実験費は増えるため、ちょっと震えながらもありがたくいただく。その日の夜だけ奮発してとっても甘いぶどうジュースをちみちみいただくのが、わたしのささやかな楽しみだった。

気持ちよく眠り、目覚め、また繰りかえす。

穏やかで『しあわせ』と呼べる日々。


……けれど。


ある日、見たことがないくらいぴかぴかに磨かれた真っ白な馬車がやってきて、お城に引きずってゆかれて、今。


そのとき初めてわたしは、自分が巷で『次々と編みだす魔術式がやたらかわいくて思わずおうちに帰りたくなる、稀代の癒し魔女』と呼ばれていたことを知る。

どういうことなのか本気でわからず、巷の皆さんが心配……。


……とにもかくにも。

どこか得体のしれない美貌の王子――リュート=シュヴァルツェトレーネン様の魔術分野の教育係をなぜかお城の皆さん総出でお願いされ、なんだかんだ、この生活も五ヶ月が経とうとしていた。

三歳年上の彼から絶え間なく繰られる熱っぽい軽口……? に最初、目を白黒させていたけれど、なんだろう。

わたしはこの男のひとを、きっと生涯、憎むことも疎むこともできない。だって、リュート様の天空を思わせる瞳の奥深くにある感情の色。名前をつけるとするならば――。


この間も、王子様はわたしの手を楽しそうにくすぐっている。

ずっとずっと、釈然としない。不意にとてつもなく難しい魔術式の問題を即興で投げつけると、リュート様は一瞬ぴたりと停止したものの、形のいいくちびるから秒速で正答がきた。わたしのほうのくちびるは、ちょっとだけ尖る。


(……でも、今日でおわりだし)

他のこともあるだろうに、彼は毎回ちゃんと授業の予習復習していた。

全然怖くもないし、リュート様はいい生徒さん、だったように思う。


おまけにこの王子様のそばにいると、どうしてか心のまんなかが、ぽかぽかあったかくなる。

わたし、このかたと離れたらさみしいのかな?

……よく、わからない。


迷いかけた気をとりなおし、わたしはリュート様へ資料をばーん、と突きだした。

これから教えることが、リュート様に届きやすいように。念じながら、主に国の古代語で構築した魔術式を唱える。

すると、うるわしい彼の眼前に、模型のような小さいもうひとつの――森の中にかわいい建物や、むいむいと動くもふもふたちが置かれた世界が出現した。

それぞれが意志を持って動くよう設計しているので、指しながら解説すると、学びを実感として得やすくなる。

魔力量をかなり要するものの、学校のお勉強でお子さんの助けになるはずと、改善にちからを入れている魔術式だった。

「いつ拝見してもお見事です……」

リュート様は椅子の上ですらりとした長い脚を組み、しげしげとその様子を眺める。

「ラスト五回のテーマは“世界の神獣と幻獣”だったから!」

まるっこいフォルムがわたしの手の中に生成された。

『とてもゆるゆるしていてかわいい』と王子様に評判な、わたしの魔術が生みだしたのは――。

「さいごのさいご、『獏』!」

「――……」


刹那、凄絶なほど美しい王子様の目が見開かれた。

元々透き通るように白い顔が、みるみる色をなくしてゆく。

「リュート様……?」


心配と不安が駆け、彼をのぞきこむと。

「――ああ、申し訳ない。とってもかわいいですね! どうしてこの題材を選んだか、うかがっても?」

いつもの、王子様だった。

さっきのは気のせい……?


あまり触れたらよくないのかな。

わたしはためらいながら、でも応える。

「一番すき、はわたし、さいごにするから」

「そうなのですねー! 『獏』のどこがお好きなのですか?」

所在なさげに紅い瞳を揺らすわたしの手をとりなおし、彼は変わらず戯れながら語りかけた。


その雰囲気はどこか、有無を言わせない、みたいで。わたしは切り替えるべきかなとつとめて伝える。

「すきなのは……やさしいから」

「優しい?」

長いまつ毛に縁どられた、甘やかな空を思わせる目を、リュート様はわずかに瞠る。


「『獏』は、ひとの悪夢を食べる。『かなしい』に寄りそってこころを護る、あったかなけものなの」

「……なるほど」


目を伏せ、そのままうつむいてしまったことで、本心がはかれなくなったリュート様へ、わたしは遠慮がちに最終確認した。

「だいじょうぶ? この子のお話、しないほうがいい……?」

それに対して彼は、ぱっと顔をあげた。それは、あまりに『いつもの王子様』で。

「いえ、ぜひうかがいたいですね! 実は私も『獏』は気になっていたので、驚いてしまったのですよ」

「ほんと!?」

ほっとしたのと同時に、リュート様の言葉が信じられない思いをいっぱいにし、手甲を弄っていた彼の手を、わたしはきゅっと包むように掴む。

リュート様も『獏』をすき同士だったんだ!

すごく古い伝承にしか登場しない幻獣だから、知っているひとにそもそもほとんど会ったことない……!

「わたしにとって、なんでか無性に愛おしい子なの……すごく惹かれる。うれしい!」


瞳をきらきらさせ、彼の手をほほにすりよせた。すると、リュート様はにっこりして。

「えっ、愛らしさが最早しんどいので正妃になってくれませんか?♡」

今までで一番勢いのあるスクリュー頭突きが、リュート様のおでこに極まった。


***


束の間の不穏が嘘だったみたいに、いつも通りわたわたきゃいきゃいしながら『さいごの授業』は幕を閉じる。

わたしたちは、お互いに向きあってお辞儀をした。

絵画みたいに麗しい礼をとるリュート様に、ふとわたしは、あることを思いつく。

「……あの、リュート様。もっかい座って?」

「はい?」


なぜかお城の皆さんから『リュート様の悦びのため、我らの平穏のため! アンゼリカ様の好きにしてさしあげてください!!』と不思議な圧をいただいていたし、当の王子様も『先生はそのままで私の心を毎秒ぐちゃぐちゃにしてくれるので今更ですよ♡』と意味不明な言葉を返すだけだし……。

わたしは椅子にかけなおしたリュート様の頭に、そうっと手を伸ばす。


なで、なで。

指先で優しくふれるように。

するとリュート様はぴたりと固まった。笑顔のまま。


「……アンゼリカ?」

「はなまるだったので」


いいこいいこでした。

言いおえられたか、わからない。なぜなら、ふっ、と『いつもの感覚』がきたから。

「ありぇ……今日、も……? ごめ、なさ……」

リュート様の腕の中におさまったようだったわたしの意識は、ふつりと途切れた。

このときの彼がどんな表情をしているか、ついぞわからないまま――。


***


「……」

私・リュートは穏やかに彼女を抱きとめたまま、思考だけは音速で駆けていました。

――何ですか? さっきのなでなで。私の五臓を捩りきりたい意図でもおありか。尊さがけしからんを超え、婚姻式ではにかむ君の脳内再生五億回ですよね。死がふたりを分かつまで続けるべきの聖なる行ないゆえ、妻は夫を毎日なでなでしないと捕まる国法を、私の代で必ずや設えましょう。


荒ぶる想いを、軽くかぶりを振って払いました。

濡れ羽色の長いまつ毛、薄くやわらかな瞼が、今はルビーのようにきらめく瞳を覆っています。慎ましやかな胸が規則正しく上下し、無防備に眠りへ落ちたことを主張していました。

「あはっ、本当に愛くるしい……、毎度ここまで安易に意識をとられて大丈夫ですか? 先生♡」

稀代の魔女なのに、彼女は……愛しのアンゼリカは、いつまで経っても私が、そのあまりにすべらかで華奢な手に『夢誘いの呪』を刻まれつづけている事実に気づけないのです。


当然と言えば当然ですが。なぜならば、私自身に宿るトップシークレットなのですから。

(だめですよ? 他の男へもしもこんな無防備にしたら、私は……)

ちりちりしたひりつく思いも、早々に斬り伏せます。最早、一切必要のない懸念ですので。

「♡」

私はぱちん、と指を鳴らします。

すると部屋中に()()()()()が満ち、私はいつものごとく眠るアンゼリカの、あまりに細く柔い腰を、囲むように支えました。

彼女の『核』……胸の少し手前あたりをじっと視ます。執拗に、待ちわびるように。


(最後の、ひとつ……)


確信と名残惜しさに満たされながら手中へおさめると、“それ”はハート形から容赦なく蕩け、健気にも手指へ縋ります。

冷えきった闇夜より真っ黒で、気が狂れそうなほど甘い香りを漂わせた――アンゼリカの、“影”でした。


欲しい、欲しいです……っ♡

私は渇望のままに、恍惚と口を開きます。

どの黒よりも昏い色をした、愛おしいそれを舐めすすります。はしたなくも手指までしゃぶりつくし、その器用な舌を出して歪み濡れた笑みを浮かべました。


――美しい、聖人。天使みたい。そう崇められる私の本性は、ただの卑しい化けものです。


ねぇ、『獏』を知っていますか?


各国の古い伝承で、稀に現れます。

慈愛に満ちた心で悪夢を食み、ひとびとを絶望から救う神獣。幻獣。

かつて我が国の姫で、その獣と交わった者がいたそうで。

以降、王族は代々この能力を持ち、生まれるようになりました。

気の遠くなる年月が、遺伝の中の『獏』を徐々に変容させてゆきます。……浅ましいほうに。


「ああ……、アンゼリカ。『完成』して、しまいました……」

私が……『獏』が、何よりも愛おしい『番』の影を喰らいつくすことが発動条件。

気づくと歪な執着を具現化したみたいなぐちゃぐちゃな『鎖』が、彼女の影に置きかわっていました。


ごめんなさい、もう逃がすことができないのです。

それは私から離れようとすると、彼女を捕えて引き、生涯解かれることのない――呪縛でした。


『鎖』はあまりに醜く必死なかたちをしていて、でも、本能がたまらなく幸せで。

私は壊れたように笑いました。視界もなぜだか、一緒に滲みました。



なんて、異常なのでしょうね。

かつてひとびとを絶望から救ったはずのちからは、今となっては。


神聖な“それ”が、愛しい『番』を縛るためだけの道具に成りさがるなんて――。

挿絵(By みてみん)

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