妖精付きカデンのゴンちゃん 01
この星には野性機械、若しくはキコウと呼ばれる機械たちが暮らしている。彼らは人が作るどんな機械よりも精密で複雜。
己の意思を持ち自由自在に動き回り、気に入った相手とは友誼戯を結び行動を共にする。人はキコウを真似て蒸気機関のカデンを作って日々の生活の家事を任せているいる。カデンは自分で考えて行動しているように見えるがそうでは無い。壁にぶつかったら方向を変える。などの条件分岐のスイッチを複雜に組み合わせて自然に見えるように仕向けているに過ぎない。だが、極希にどう考えてもスイッチでは説明のつかない高度な動きをする個体が現れるのだ。人々はそんな特殊固体を畏敬の念を込め妖精憑きと呼ぶ。
世界には、世界の果てと呼ばれる地域がまだまだ多い。
この果てでは重力は小さく空気がない極寒の地で、ひとがその土地の守り神と交渉して認められれば人の住める土地になるという。だが、この300年は新たな土地は解放されていない。
ここは最も新しい街、ヨークレー市。小高い丘の上に建つ
東西中継の交易都市だ。
ぼかーん。
春の日を思わせる穏やかな冬の終わりの季節。ヨークレー市の閑静な住宅地である青空通りに、気の抜けた爆発音が響く。
そう、はじめてプーグルーグ博士の家を訪れたときも、この音がきっかけだった。たまたま寄り道で通った時に聞こえた爆発音に驚いて、思わず駆けつけてしまったのだ。
本来であれば、危険があるかもしれない場所にわざわざ向かったのは褒められた事ではない。それはちゃんと怒られたし反省もした。だが、それはそれ。脇にポイッと放り投げて、後悔はしていない。それは、レナ・レイントンにとってかけがえのない、新しい出会いをもたらせてくれたからだ。
「はかせー、大丈夫?」
一応声をかけてから、勝手知ったるで工房として使っている離れの扉を開けると、薄っすらとした煙が漂ってくる。赤や青の煙がモクモクと湧いてきた時には流石に驚いたが、今日はなんてことのない普通の煙だ。火事になっているような気配もない。
「博士、窓開けるよ」
まずは煙を外に出してしまわなければ始まらない。入口の扉を開け放ったまま、レナは煙で視界の悪い中を慎重に窓がある方へと歩みをすすめる。
「おお、レナちゃんか。スマンのぉ」
煙の奥からプーグルーグ博士の声が返ってくる。時折、ガシャンとかゴトンとか何かが落ちたり崩れたりする音が聞こえてくる。工作機械や工具、設計図面なんかが雑多に積まれた作業場で立ち往生しているようだ。
「全自動掃除機12号や、ボケっとしとらんで片付けを手伝わんか」
博士が煙の奥に向かって叱りつけると、ブルルンと小さなエンジン音でお断りの意思が返ってきた。
「くう、なんで言うことをきかんのじゃ」
博士の悔しそうな声。
「はかせー。全自動掃除機12号じゃなくてゴンちゃんだよ。それに、頼むならもっと優しくお願いしなくちゃ」
ブルンブルン。奥からはエンジン音で同意の声が上がる。
「ぐぬぬ。ゴンや、掃除機の本分じゃ。掃除をしておくれ」
今度は無言、まだ気に入らないらしい。いつも通りのやりとりに苦笑しながら、レナはようやくたどり着いて窓を開ける。少し建て付けは悪いがコツがある。右側に目一杯力を込めて押し上げると、ガコンという重い音とともに、軽やかに外の澄んだ風が吹き込んでくる。そして、開け放ったままの玄関を抜けて部屋の煙を吐き出していった。
すると、徐々に煙の晴れてきた部屋の奥に佇む、高さ1.4メートル程のずんぐりとした1体の機械のシルエットが浮かび上がる。
カデン技師であるプーグルーグ作の正式名称「プーグルーグ式
全自動掃除機12号」、またの名をレナ命名「ゴンちゃん」だ。
レナの名付けた愛称に深い意味はない。大きなバケツのような胴体の上にこれまた大きなフリスビー型の頭部。四輪の短く見える脚はとても愛嬌がある。脚とは反対に腕は長い。胴体からホース状の腕が3本生えており、1本は吸引ノズルの掃除機で残りの2本はアタッチメント式だが、今はハタキとモップを装備している。
以前に初めて出会った時、そんな姿をひと目見てレナは直感的に「それじゃあ名前はゴンちゃんね」と即決したのだった。全自動掃除機12号の方も、その愛称を気に入ったようでブルルルンと嬉しそうにエンジンを震わせて答えた。
つまり、博士の知らぬ間に少女とカデンの間でその名前は決定していたのだった。
「ゴンちゃん、お願い。一緒にお部屋のお掃除しよう」
レナが煙い部屋の奥で不貞腐れているカデンに声をかけると、それを待っていたとばかりに軽快なエンジン始動音を上げて答える。
ブルンブルンと鼻歌でも歌うかのような唸りを上げて、力強い動きでハタキを振り、煙もゴミも一緒くたにして吸い込み、モップがけをしていく。
「張り切ってるね、エラいエラい!」
レナが褒めると、嬉しそうに腕を高く上げたままその場で1回転をしてみせて、更に掃除のペースを上げる。
「ワシの言うことは全く聞かんのに、レナちゃんは気に入られているのぅ」
これでは製作者としての立場が形無しじゃ。と博士は寂しく漏らすのだった。




