第40話 もう一つの神話
******書籍販売のお知らせ******
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発売記念として3/25まで三日連続更新いたします。よろしくお願いいたします。
『恋とはどんなものかしら ~当て馬令嬢の場合~ 』
発売日:上巻 2026年3月25日(水) 下巻 2026年4月24日(金)
捨てられ令嬢を救うのは、訳アリな冒険者!?
婚約破棄から始まる一途な溺愛ロマンス
著者:鈴音 さや
イラスト:アオイ冬子 先生
レーベル:KADOKAWA メディアワークス文庫
https://www.kadokawa.co.jp/product/322507001111/
各通販サイトさま、書店様にて予約も受け付け中です。
カクヨム掲載版から9万文字の大増量、上下巻でのお届けです。
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「俺はシグルド、黒き竜を従えし勇者だ!」
枝を払った木の棒を構えて、少年が名乗りを上げる。
「俺は炎の使い手、王子ヒルメス!」
両手を前に突き出した少年も名乗りを上げる。
「敵をやっつけるぞ!」
声を合わせた二人はそれぞれが目に見えぬ魔獣と戦い始めた。
「やれやれ、またあの子たちは勇者ごっこかい?」
よく飽きないねえ、年配の女が呆れた声を出す。二人の少年の母親が、ニコニコと兄弟の戦いを見守っていた。
「お義母さん、この間吟遊詩人がきたでしょう? 竜爵さまの英雄譚を聞いたら夢中になってしまってあの通りですよ」
『炎は纏う魔剣を手に、黒き竜の背に立つ英雄は~』
少年たちの幼さを残した歌声が聞こえてきて、祖母と母は柔らかく目を細めた。
素知らぬ顔で通り過ぎようと頑張っていたのだけれど、顔が緩んでいくのがどうしてもこらえきれなくなった私は。
「あなたすっかり有名人ね」
隣を歩く赤毛の冒険者を見上げると、勘弁してくださいと彼は困り顔で頭を掻いた。
「あの子たちも、まさかあの英雄譚の本人がすぐ横を歩いているとは思わないでしょうね」
ふふっと笑う私に、シグルドも案外気づかれないもんだなと同意した。
「なんであんな歌をわざわざあちこちで広めるんだろうなあ」
恥ずかしいよ、とシグルドが眉を下げる。
「お父様か、陛下あたりの差し金よ。あなたと一緒に殿下が活躍したのだと広めて王家へ矛先がむかないようにしているんだと思うわ」
「なるほど、王家も大変だ」
「だからあなたのご実家も心配ないと思うわ。むしろこれから取り立てられちゃうかもね」
「詫び状をつけて、実家にこの町の名産品でも送ろうかな」
親父も兄貴もそういうのが苦手な性質なんだよ、とシグルドが心配顔を見せた。
「俺としてはあなたが気づかれないほうが意外だなあ」
「あなた?」
琥珀の瞳をじっと見上げると、シグルドが小さく咳ばらいをした。
「ト、トリア」
視線は逸らしていたけれど、きちんと名前を呼んでくれたことに私はにっこりと笑みを返した。
ヴィクトリアだといかにも貴族らしいので、トリアと呼んでもらうことにしたのだ。愛称で呼ばれるなんて、この世界では初めてで私としてはそこも擽ったい気持ちになるのだけど。シグルドは、学院時代の名前を呼んではいけない習慣が長過ぎたせいか、とても照れ臭そうにしている。
「私のほうが見つかりやすいかしら?」
「そりゃあ、赤毛で剣を下げている冒険者なんてありふれているけれど、そんな綺麗な銀の髪に紫の瞳なんて市井ではまずお目にかかれないだろう?」
さらりと登場した綺麗という単語に、今度は私のほうが照れてしまう。シグルドは生真面目そうなのに、時々こういうことを真顔でいうから侮れない。
「みんなが探しているのは、腰までの長い銀の髪をした公爵令嬢でしょう? 肩で短く髪を切り揃えた旅人ではないのよ」
私は両の手で撫でるように自分を示した。一般的な旅装姿の私は、まだ冒険者にすら見えないだろう。
「それもそうか」
そういうシグルドも、水車小屋で別れたあの日と変わらない、若手の駆け出し冒険者といった風情だ。よその国では特級冒険者と呼ばれているといっていたけれど、目立って高価そうなものや見るからに立派な装備は増えていない。手首のミサンガもそのままだ。
「何より、あの日竜に乗って颯爽と大空へ飛び立った私たちが、未だに国内をのんびり歩いて旅しているとは誰も思わないってことよ」
「確かに」
顔を見合わせて笑う二人の声が、長閑な街道に明るく響く。
悪夢の結婚式から早半月、私たちが今いるのは王都から幾つめかの町の外れだ。
「ファヴニールはまだ眠っているの?」
私の問いに、シグルドがちらりと自分の背嚢を見る。
「竜って一日の大半を寝て過ごすらしくって、特にこいつはまだ子どもだからよく寝るんだよ」
一緒に旅を始めた頃からこの調子なんだ、とシグルドがいう。
「あの大きな黒竜が、カバンで昼寝ができるほど小さなトカゲになってしまうなんて誰も思わないでしょうね」
そうして、二人でまた笑った。
「そういえば、シグルドは一体どこでファヴニールと出会ったの?」
よくよく考えてみると、どうしてシグルドがファヴニールと旅をしているのか、私は聞いたことがなかった。
「話すと長くなるけど」
「私たち、別段急ぐ旅ではないもの」
二人の横を、藁をうず高く積んだ荷馬車を引いたロバが追い抜いていく。
「それもそうだな。だけど、まずはトリアの装備を揃えようか」
シグルドがくいっと親指で差した先には武器屋の看板が下がっていた。




