第39話 王様の一番長い日
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「彼奴らは行ったか」
「はい」
応えたアーヴィング公爵は、王の執務室で、机ではなく長椅子に疲れた様子で座っている国王に膝をついた。
「王家の血を引く者でありながら、娘があのような愚行に及びましたこと深くお詫び申し上げます。私の教育が至らず申し訳ございません」
よい、といって、王は公爵を向かいの長椅子に座らせる。
「私も気づかなかった。何もかも王子への恋心のためというような顔をして上手いこと事を運ばれてしまったわ。お互いヴィクトリアにはいっぱい食わされたな」
自嘲するようにいってから、王はニヤリと笑った。
「だが、国の収支としては悪くない。我が王家の血を引く娘が竜を使役する英雄の伴侶になるのだからな」
周辺国らが歯噛みするのが目に見えるようだと満足げな顔を見せた。
「宰相に吟遊詩人を集めさせよう。『城を襲った魔物を退治した英雄は、褒美に王家の娘をこうた』『王は王家の娘と、竜爵を授け、英雄は王国に忠誠を誓った』。各地でそう謡わせろ。先に状況を広めてしまえば、わざわざそれを否定して歩くような真似をする娘ではない」
「御意に。しかし陛下、竜爵と申しますのは?」
「今考えた新しい爵位よ。竜を使役する者に既存の爵位を与えるのはな。あれより上か、下かと貴族どもがかまびすしくなろう。専用の爵位であれば比べることもできずに希少感も増すのではないか」
「重ね重ね、当家の娘の勝手でご迷惑を──」
「よいよい、うちの愚息が婚約破棄などやらかさなければヴィクトリアとて逃げ出すこともなかったろう」
国王は自重するようにわずかに苦笑を浮かべた。それから、腰を浮かせて壁際にしつらえられたキャビネットへと歩き出す。
それから引き出しを探り、盆も使わず、二つのグラスと酒瓶をつかんで戻ってきた。二人の間にグラスが並べられ、国王が琥珀色の液体を注いでいく。
「陛下、手づから──」
「よい、この場では私も一人の愚かな親としてほしい」
小さく手で抑える仕草を見せる国王に、公爵は目礼を返した。
「我らの負け戦に」
グラスを掲げる国王に倣い、公爵も僅かにグラスを掲げてぐいっと一息に飲み干した。
静かにグラスを置くと、自然に小さなため息が零れる。
「王位はヒルメスの子どもに継がせようと思う」
「御意に」
公爵は臣下として、国王の決定を受け入れる。座ったままではあったが、胸に手を当てて僅かに頭を下げて恭順を示した。その様子に、国王は小さく頷く。
「噂の特待生も魔力は高いときく。こうなっては仕方ない、ヒルメスと娶せて魔力の高い孫を生してもらわねばならぬ」
もう高位貴族から嫁を取ることはできぬだろうからな、と国王がぽつりと呟いた。
「我がアーヴィング公爵家も、一族郎党次代さまをお支え申し上げます」
「感謝する」
公爵が酌を返すと、国王が今度は少し高くグラスを掲げる。それに倣った公爵のグラスに、国王はチンと高い音を立てて自分のグラスを合わせた。お互い、口を湿らせる程度に酒をなめる。
「それにしても、彼奴め。竜を使役するだけではない。あの炎を纏った剣、まるで神代の伝説のようではないか」
「男爵家の三男ときいておりましたが、いかようにして手に入れたものか」
「ヴィクトリアのためだといっておったが。どんな無茶をしてきたのか、聞いてみたくはある」
ククッと国王が笑った。それから、真顔になって小さくため息をついた。
「あれがヒルメスであったなら、な」
公衆の面前で婚約破棄をいい出すような搦め手ではなく、正々堂々と己の力を見せつける成果をあげてくれたのならば。貴族を黙らせ、好きな女を娶らせて、誰はばかることなく王位を継がせてやれたのに、という言葉を国王は呑み込んだ。
「すまぬ、詮無いことを言った」
公爵は礼儀正しく聞こえなかったふりをして、国王のグラスに酒を注ぎ足した。
やらなければいけないことが山積みだけれど、今だけはこの椅子から立ち上がる気になれなかった。グラスを手に、ただ静かに時が流れていく。
「竜の騎士に炎の剣、伝説は真であったのだなあ」
ふと、国王の呟きが零れる。この大陸の者であれば誰しも幼い頃に寝物語で目を輝かせた竜の伝説。追憶を味わうように、二人はしばし黙りこくって酒を口にした。
「時に、公爵。ヴィクトリアも何やら見慣れぬ魔法を使っておったが」
国王の問いに、公爵は自嘲するように小さく首を振った
「あれは水魔法属性であったはずですが、どういうことやらさっぱり。御覧の通り、魔法どころか言い訳の一つも残さないでひらりと飛び去っていきました」
長椅子の背もたれに体を預けるようにして、公爵が天井を見上げた。小さくため息をついて、それから居住まいをただして国王に相対する。
「陛下、娘の魔法の件については伏せていただけませんでしょうか」
「元よりそのつもりだ」
「恐縮です」
杯を干して、国王が口を開いた。
「喧伝すれば公爵家の権勢が増すであろうに」
「もう十分です」
「随分と殊勝ではないか」
「もう、それくらいしかしてやれることがございませんから」
公爵が窓の向こう、空をうかがうように視線を流した。
「殿下を好いておるのだと思っておりました。厳しい教育もお妃になるからには仕方がないことですし、本人が選んだ道だとも。公爵令嬢として王家に嫁ぐという責を果たしながら同時に好いた男に嫁げる幸運な娘だと思っておりました。誰にも見劣りしない嫁入り道具を整えてやれたと思っておりました」
「男親などつまらんものだな」
窓越しにじっと空を見上げる公爵に、国王がしみじみと同情を示した。
「ヴィクトリアか。よくいえば堅実、悪くいえば融通のきかぬ性質のように見えたが」
呟いた国王に、公爵がわずかに肩をすくめる。
「ある日突然、人の心を変えてしまうのが恋というものらしいです」
「公爵、なかなかに詩人であるな」
意外そうな顔をして、国王が公爵の杯に酒を注いでやる。
「娘の受け売りでございます」
それは至言だなと、国王が僅かに苦笑した。
「だが、我らは為政者。恋だろうが愛だろうが伝説だろうと、国を守る糧としていかねばならん」
「御意」
公爵は胸に手をあてて頭を垂れ恭順を示した。
国王は僅かに頷き表情を改める。
「さて。特待生の娘だが、そちらの養女にして、アーヴィングの娘として嫁がせてはもらえぬか」
「光栄でございます」
「……本心か?」
即答した公爵を揶揄うように、国王が口元を僅かに引き上げた。
「はばかりながら、私も王家の血を引く男です。虚飾でも当家の肩書がつくことで次代さまの治世が安定するのであればこの上ない悦びと存じます」
「苦労をかけるな、従弟殿」
「せめて持参金はご勘弁ください」
「もちろん、掛かりはこちらで負担する。詫びに王家秘蔵の名酒を届けさせよう」
「ありがたき幸せ」
とってつけたように公爵がいうと、国王は少し口元をゆるめた。
「それから、塔に寄こしていたヴィクトリアの侍女がいたな? あれを与えた領地の屋敷に置け」
「構いませんが?」
領地と屋敷はともかく、侍女は必要なのかと公爵が間合いで理由を問う。
「竜でどこへともなく飛び立った者らの世話はできますまい」
「逆よ、侍女を置いておけばヴィクトリアは必ずそこに戻ってくる」
彼奴らをこの国に繋ぎとめるのは王家の血ではなく一人の侍女だ、そういって国王はひどく愉快そうに笑った。
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