深く沈む
体の奥から沸々と血が沸き立つような感覚に駆られ目を覚ました。
「っ!」
勢いよく体を起き上がらせるが、バランスを崩してその場に倒れてしまう。
「早苗さん、早苗さん」
気が急っていた私はうつ伏せ状態のまま早苗さんの名前を呼びながら彼女を探した。
上半身を起き上がらせ後方なども確認するがこの部屋には私しか居ない。
壁と床は大きなクッションを繋ぎ合わせたかのようなキルティングの衝突防止壁で造られた、何も置かれていないただの四角い真っ白な部屋。
もう一度立ちあがろうと足を動かすが、また転けてしまう。
吸引した薬のせいなのだろうか、体が思うように動かない。
私は自分の体を見た。
白い拘束衣を着せられ、私は体を固定されていた。
腕は長い袖の中に収められ、袖の端は体の裏に回り私は腕を体の前でクロスする形で固定されている。
ハイネックのワンピースタイプの拘束衣は首から膝の上まで数本の太いベルトが体をミイラの様に縛り、締め付けられている。
自分の置かれた状況が飲み込めず、焦点の在処を失った目線を上に向けると天井の角にある監視カメラが視界に入った。
それを見た私は呼吸が荒くなっていく。
「…ぅうわあぁーーーーーーー!!!
たかはしぃぃーーーーーーー!!!」
悔しさが全身を駆け巡り大声で叫ぶ。
寝転んだ状態で芋虫の様に体を動かし、拘束衣を剥がそうと必死に踠いた。
「…ぅああああー!!!……ぅぐっ…」
怒りに任せて体を暴れさせ、ジタバタと転げ回る。
「…くっ、ふぅ、うぅ……早苗さん…」
涙が頰を伝い、動きを止める。
私のせいだ
私が彼女に電話したから
私が帰りたいなんて言ったから
あの時ちゃんと説得すれば
あの時窓から出なければ
全部、私のせいだ
やだよやだよ、こんなの、やだ、やだ、
頭の中はそんな言葉しか浮かばず、心が捻れ、うねるような悲しみが体を支配し、床に頭を擦り付けた。
「早苗さぁん…」
涙を拭く事も、顔に付いた髪の毛を除ける事も出来ず、悔しくて悲しくて嗚咽する。
静かな部屋でただ、私の泣き声だけが響いていた。
———どのくらい泣いていたのだろうか、気付いたら体を横にした状態で眠っていて激しい頭痛で目が覚めた。
頭の位置を上にする為、壁まで這い背中を付けて座る。監視カメラは動く物を追う仕様なのか、私が動くたびに追いかけてくる。
私はボーと一点を見つめる。
じっと動かず座っていたのに監視カメラからウィーンと動作音が聞こえ、カメラを見上げるとピントを合わせるフォーカスリングが動いているのが見えた。
高橋だ
直感でそう思った。
カメラのレンズ越しに私を見ているんだ。
きっと椅子に座ってパソコンか何かで操作しているのだろう、タバコを蒸かしながら。
私は無言でカメラを睨み付けた。
——————
早苗さんは
活発で良く笑う太陽みたいな人。
彼女の周りにはいつも人が集まる。
たくさんの人に目を掛け、話しかけられ、いつも忙しなく動き回っている。
それなのにあまり声を発さない私の事も目をかけてくれて、私の身に悲しい事が起こると彼女はいつも気付いてくれる。
誰かを責めるわけでも無く、私に説教する訳でもなく、いつも寄り添ってくれた。
そんな彼女がもう居ないのだという受け入れ難い現実に目を向けるたびに後悔の念に苛まれ自分を責めた。
何もかも受け入れる事が出来ず
深い深い悲しみの海に沈んでいく
最初は踠いていたが今はもうただ身を委ね、底を目指すようにゆっくりと堕ちていく
「…うっ、ひっく、うぅ」
私はカメラに背を向ける状態で壁側を向いて泣いた。
何度も何度も泣き、自分が彼女に何もしてあげられなかった事を悔やんだ。
立てた膝で顔を拭くが、拘束衣の素材が帆布のように固くてゴワゴワしていて顔が痛くなって来る。
泣くたびに目の周りがヒリヒリとした。
もうどのくらいこの部屋にいるのか分からない。窓も音も時計もなく、ここは地下なのだろうと察しが付くが、タイミングが来たら私は別室に連れて行かれて、解体されるのかもしれない。
あいつは私の事を商品と言っていたから。
牧内さんが以前“人助けをしている”と言っていた事がふと頭に過る。
…もういいよ、
じゃあ早く私を捌いてどっかのお金持ちでも研究所でも助けなよ
こんな辛いならもう生きていたくない、早く売ってよ
こんな生殺しのような状態、いつまで続けるんだよ…
高橋の部屋で死を予感した時はひどく怖かったのに今は冷静に受け入れている。
もうほとんど自暴自棄のように。
横向きで寝転びながら泣いていると、私は目を閉じた。
———ガチャ
意識が消える前に音が聞こえ、目を開く。
霞む視界に映ったのは手に何かを持った白衣を着た人物が室内に入る様子だった。
麻酔薬でも持って来たのだろうか。
あいつの履いている革靴が近づいて来る。
私は乱れた髪を顔に纏わり付かせたまま、90度に傾いた空間をただ見ていた。
高橋は私の前に何かを置いた。
それは飲み口にストローキャップを付けたミネラルウォーターだった。
「今は何を言っても耳に入らないだろうけど一応言っておこう」
「全ては君を守る為にしてる事だ、君は自傷癖があるからね」
高橋が何か言っている。
「君と母親が逃げ出した事で組織は血眼になって君達を探す、そしたら君達よりも早く動いて家族や親戚、友達のところで君ら親子を待ち構える、その後はどうなるか分かるだろう?」
「被害を最小限に抑えたんだ、それは感謝して欲しいくらいだよ」
感謝?
何を言ってるのか全然分からない。
「今は好きなだけ僕を恨んでくれて構わない、その内分かるから」
「…聞いているのか?後藤杏奈」
私は目だけを上に向けて高橋の顔を見た。
「…あんたなんか大嫌い」
そう呟くと高橋は私を見下ろしながら不敵な笑みを浮かべ、部屋を出ていった。




