降伏 (☆ ※虫)
「開けろ!! 開けてくれ!!」
わたしは叫んだ。
扉はいっこうに開く気配がなく閉ざされたままだ。
ダンダンと叩き、力任せに体ごとぶつかる。それでも扉はびくともしない。
わたしは竜王の”飼育小屋”に閉じ込められていた。
屋外に設けられた小屋で、地面の上に丸太を組み上げて作られている。空気や明かりを取り込むための窓はあるが、わたしが逃げ出せるような隙間もなければ背が届く高さにも位置していない。牛舎や馬小屋に似ているが、それらより薄暗く、閉塞感がある。
この部屋に放り込まれた瞬間から我慢ならなくなり、わたしは大騒ぎしていた。
そうこうしているうちに、ひんやりとした気配が近づいてきた。
「ヒィッ」
大蛇だ。
人工の巣穴から大蛇がにょろりと顔を出し、こちらに迫ってくる。もたげた首はわたしの身長をゆうに越える。
扉の向こうから竜王が責め立てる。
「早くしろ。オルグは腹が減っている」
「ひぃぃぃぃ……」
なぜ、わたしがここにいるのか。
それはこっちが聞きたい。詳細説明もなしに「餌やりをしろ!」と餌と共に蛇小屋に閉じ込められた。
この蛇の好物は生きた虫。
6本足で地をカサカサと這って動き回る昆虫や草むらをぴょんぴょん跳ね回るもの、羽を開いて突然飛び立つものなど、草むらから竜王の部下がかき集めてきた虫が、虫籠いっぱいに入っている。
虫かごの中で動き回る虫の群集を直視できない。
ぞもぞカサカサと言う不快な音を耳にするだけで、もう耐えられない。
全身の毛がよだち、今にも気を失いそうだ。
虫かごを発見したオルグはゆっくりとこちらに向かってくる。
「う、うぅ……」
虫だけでなく蛇も!!
前後を苦手なもので挟み撃ちされ、逃げ場がない。
視界が涙で濁る。
もう、無理。無理なんだ!!
「さあ、虫かごのふたを開けるんだ」
竜王はのぞき窓から様子を見ながら、指示を送ってくる。
ふたを開けるなんて無理だ! 虫がうじゃうじゃ飛び出してくるではないか。
どうすることもできずに、体を震わせながら立ち尽くしていると、竜王が挑発した。
「オルグは空腹だと狂暴になるから、もたもたしているとお前は丸のみにされてしまうかもしれない」
しかも、クックと笑っている。
なんて悪魔だ。
なんたる仕打ちだ。
これは拷問だ。
これなら肉体的苦痛を与えられ、暴言で罵られる拷問の方がよっぽどましだ。それらは訓練したし、鍛錬も重ねてきた。
だけど、こんな拷問は知らない。想像すらできなかった。
「ひっ、うぐっ……う、う……無理」
どうすることもできない。
ただただ、ここから逃げ出したい。
蛇にも虫にも背を向け、扉にくっついて身を縮めた。
すべてを放棄した瞬間、扉の覗き窓から竜王が顔を出した。
「降伏するか?」
「ひっ……、こうふ……」
もう降参だ。
蛇の餌やりなんてできない。お願いだから……!
竜王が言った単語を反芻しかけたところで、おやと思った。
この一連の出来事は、わたしを降伏させるための……。
『……あらゆる手を使い、お前に降参と言わせるまで』
決闘に負けた時に投げかけられた言葉を思い出す。
どうしよう。
わたしは自らの意思で、「降伏する」と言って、竜王の元に下ってしまうのか。
止まり欠けていた思考が、自分の信念によって再び回り始める。
『これで、いいのだろうか?』と。
シャーーーーッ!!
「うぎゃああああーーーー!!」
振り返ると、牙を向いたオルグが頭ごと虫かごに向かって突進してきた。
バタバタ……!!
カサカサ……!!
わさわさわさ……!!
「ひぃっ! ぎゃああああ!」
籐の虫籠が粉砕され、中から虫がドッと飛び出す。
その瞬間、頭の中で何かが弾けとんだ。
「こ、こ、こ、降伏します! 降伏します! 降伏しますぅ! だ、だから、お願いです! 助けてくださいぃ! ここを、開けて……」
覗き窓から見える竜王の顔に向かって、精一杯懇願した。
まるで天上の神に救いを求めるように。
オルグは舌を伸ばして虫を捕え、食事をしている。
それでも虫の数はいっこうに減らない。周囲で蠢いている。その一匹がわたしの頭に止まった。
「ひっ、ひぃーっ……! ぎゃあ! む、虫があ! 頭に! うわーん! 誰か取ってぇえええ!」
泣き叫んでいると、必死にすがった扉がようやく開いた。
実際は時間にしてほんの数秒の出来事なのだが、わたしの中では時間経過がゆっくりに感じられていた。
「ひっく……、ひっく……」
泣きじゃくるわたしを竜王が迎えた。
竜王は頭に止まった虫を払った後、わたしの肩に手を置いた。
「降伏するんだな」
「ひっく、ひっく……。はい……降伏、します」
「我らの仲間となり、俺と共にこの地で過ごすと誓うか?」
「ひっく……。はい……誓います……」
「よく言った。俺の女になると」
「……はい?」
何かがおかしい。そう感じながらも、どうにもできないまま熱が籠ったたくましい胸に抱かれた。
(ああ、あったかい……)
それは優しく、たくましく。情熱的な抱擁だった。
とたんにすべての感覚が鈍ってしまい、どうでもよくなった。
怖くて気持ち悪くて……。
あそこから脱出できるなら、他すべてをかなぐり捨てても良いくらいだった。
またひとつ、わたしの頭の中で何かが弾け飛んだ。
「えっぐ……えっぐ……怖かった……うぅぅぅ……」
「そうか、もう安心だ。オルグの食事も終わった。お前のお陰だ」
安心しきったわたしは子供のように泣いた。
緊張の糸が切れ、すぅと睡魔が忍び寄る。抱かれた胸の中で赤子のように眠った。