ヨークシュアへ
翌日、まだ陽が昇らぬ早朝に、わたしは久々に騎士団の制服に袖を通した。
騎士団時代の身だしなみ同様、胸にさらしを巻く。
ドラクの集落でのんびり過ごしていたせいで体がなまったのだろうか? 随分と胸が苦しい。きつめに巻かないと胸が潰せない。
制服は一部破れ、だいぶ痛んでいた。ドラクの集落に初めて訪れたとき、玉座の間での戦闘のあとがそのまま服に刻まれていた。
多少服がくたびれていても問題ないだろう。
騎士団のネームタグも身につけ、愛剣も携えた。なめし皮のフード付きコートを羽織り、制服を隠す。
この身なりは作戦を実行するためのものだ。
* * *
支度を整えたベルファレスと城内で合流し、出発の準備を整える。
「これで足りますか?」
果実や木の実、昨日調理した鹿肉のローストなど、移動中の食料を詰めた袋をハティが手渡してきた。
「ありがとう。これでじゅうぶんだ。重いと移動に差し支える。足りなかったら現地で入手するから大丈夫だ。……ベルの方も準備は済んだか?」
「ああ」
ベルファレスは上質な染色布で仕立てた服ではなく、着古した生成色のチュニックを着用し、“竜人族の一般民”を装った。豪勢な装飾を外しても尚、ナイフのように鋭い瞳からは威厳が漂ってくる。
首長の威厳オーラが気がかりだが、目立たない身なりであれば作戦には支障がない。
ベルファレスも同じくなめし革のコートを羽織り、武器や荷物をリグから受け取る。
「純度の高い冥界の石です。往復分は持つかと……」
冥界の石はベルファレスにとっての貴重なエネルギー源だ。
「リグ、留守の間、頼む」
「はっ……」
「では、行ってくる」
「お気をつけて」
食料、武器に剣と弓を携えたわたしとベルファレスは、陽が昇るのと同時に集落を発った。
山間に位置しているドラクの集落から麓のヨークシュアに行くためにはひとつ山を越える必要がある。
人間が足を踏み入れない異境のため、山道はない。道なき道を行く。騎士団時代の訓練のおかげで、山登りも野営も問題ない。体力にも自信がある。
ただ、ひとつだけ問題があった。
「今日はここで野宿をする」
夜をベルファレスと共に過ごすということだ……!
目的地まで数日かかるということは、もちろん野宿をする必要があるわけで……。実際に日が暮れるまで、すっかりそのことを忘れていたのだが……。
「夜も警戒をする必要がある」
ベルファレスは交代で睡眠を取ることを提案し、少しだけホッとした。
木の枝にロープをくくりつけて布を張り、簡易的なテントを作った。
人ひとりが入るのがやっとの大きさで、頭上を守り、風をしのげるくらいの役割を果たすくらい。テントと呼ぶには粗末な作りだった。
その中で、わたしは膝を折りたたみ、座ったまま仮眠を取った。
隙間からベルファレスの背中が見える。手を伸ばしたら届きそう。この距離感がもどかしかしい。
ベルファレスはどんな気持ちでいるのだろうか?
フクロウや虫の音を聞き、うつろうつろしながら、交代時間を待つ。
その晩は数時間ごとに交代しながら朝を迎えた。
* * *
「わっ、……っと」
険しい山道で足を踏み外しそうになり、ベルファレスが腕を引き上げてくれた。
「気をつけろ」
「……すまない」
ベルファレスのことを意識して、道中はずっとソワソワしてしまう。
あまり眠れていないので、足元が危うい。
過酷な状況下は慣れているはずなのに、ちっとも身が入らない。
野宿をした時からずっと心が落ち着かない。
結局何もなかった夜が物足りないとでも言うように、自分自身が“何か”を期待しているようだ。その“何か”が何なのかは自分でもわからない。
……いや、まさか。それって……。
考えたくもなかった。
山をくだり麓に近づくと、商人や一般人が利用する街道ルートとぶつかるが、街道を避け、草木をかき分け獣道を進む。
迂回ルートを経由し、ヨークシュアまで丸一日というところまでやってきた。街道を使えば、あと半日のところだ。
目的地に迫るほど、ベルファレスの警戒度は上がり、道中の会話も減った。
野宿の際も見張りと仮眠をとる者の距離は離れていった。
前の晩では姿は見えるが、手が届かない距離に。その次はついにテントの隙間から姿すら見えなくなった。
ベルファレスの気配を感じられるのが唯一の安心材料だったのに。
ドラクの里を経ってから3日目。ヨークシュアから目と鼻の先にあたる森の外れまで辿り着いた。
森を抜け、広大な小麦畑を抜ければヨークシュアに着く。
予想通り、王国騎士団の警備が森の中に及んでいて、武装した人間の姿を見かけるようになった。木陰に隠れて様子を伺う。相手は単独行動。これは好都合だ。
「ベル、いいな。決行だ」
「ああ」




