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真の姿 (☆)

「レラ、よくぞ誓ってくれた。俺の……、いや我々のために」


 ハティが儀式の終了を宣言した直後、ベルファレスがわたしの手を強く握ってきた。びっくりして手を振り払ってしまう。


「……わたしたちはまだ“友人”にかわりない」

「跪いて乞い願った……俺の想いを受け取ったにも関わらず……か?」

「……そうだ」


 ベルファレスは悔しそうに唇を噛んでいる。

 展開が早い。彼の想いに対して、わたしの想いが釣り合わない。


 心がざわざわして落ち着かず、こっそり身につけていた騎士団のネームタグを握った。


「ん? お前、何に触れている!?」


 ベルファレスに気づかれ取り上げられてしまう。


「返せっ!」

「レラ、これはどういうことだ。祖国の装飾品ではないか」

「誓約を交わしたばかりだというのにどういうことだっ!?」


 リグが割って入った。ハティは静かに事態を見つめている。


「これはわたしの命と同じくらい大切な物なんだ。王国騎士団は、自分の人生を賭けてもいいと思えるくらいの、大切な場所だった。疎まれて育ったわたしが、他者から認めてもらい、自分で自分のことを褒めていいと思えた。このタグはわたしを証明するものだ。心の拠り所なんだ!」


 必死に訴えた後、その場が少し静まり返った。

 ベルファレスはリグと顔を見合わせた後、タグを返してくれた。


「悪かった。これはお前の命の一部ということなんだな。何があったかは知らないが、お前は疎まれるような存在には思えぬのだが。……そうか! レラは強くて美しいから疎まれるのだな!」


 後半は腹落ちしたように目を見開いた。

 見当違いすぎて余計に虚しくなってしまう。


「美しくなんかない!」


 わたしの剣幕にベルファレスの目が泳いだ。次の言葉を探して困惑している。様子を見ていたハティが割って入った。


「まぁまぁ、それだけ互いを知り、ましてや深く理解するのは難しいということでしょう。レラ殿とは種族が違うのですから」


 種族。その言葉が引っかかった。

 ハティの言葉を振り返り、改めてこいつらが人間ではないことを思い出した。


 ベルファレスが顎に手を添えて唸った。


「うむ。そうだな。誓約を交わしたのだから、隠す必要もあるまい」

「まさか……!? ベルファレス様」


 主君の心のうちを察したリグに焦りの表情が見えたが、わたしはいまいち状況が掴めない。


「その通り。レラに真の姿を見せる必要がある。今宵は新月。冥界の力も満ちている。都合がいい……」


 彼の決断に対してリグは苦い顔をしていたが、ハティは冷静で、その様子が対照的だった。


(……真の姿?)


 まだ状況が掴めないでいると、ベルファレスは背を向け駆け出した。洞窟の奥にぽっかり空いた大穴に飛び込み、姿を消してしまった。


「ベルファレス!?」


 咄嗟に彼の名を口にする。あまりに突然の出来事で呆気に取られてしまった。

 ベルファレスの後を追うように、体を前に進み出ると、リグとハティに止められた。


「危ないです」

「下がってろ」

「だ、だって……。ベルファレスが大穴の中に!!」


 どのくらいの深さなのかは知らないが、吹き上げる風からだいぶ深度があると見える。時折混じる刺激臭から、穴の底には活火山のマグマがあると想像してしまうくらいだ。いくら竜人族が強靭な人種とはいえ、命の保証はない。

 なのに、部下の二人は冷静だった。


「お前たち、なにしているんだ。お前たちの主君が……!! わたしのために命を投げ出して見せなくても……」

「馬鹿が! 自惚れるな。ベルファレス様は命など落とされてないわ」

「レラ殿、落ち着いてください。大丈夫です。もうしばらく、お待ちください」


 ふたりに進路を阻まれ、揉み合っていると、地面から咆哮が轟いた。

 空気が擦れて響いた音ではない。明らかに生き物が吠えている。


 大穴から熱風が吹き上がり、ばっさばっさと音を立てて大きな黒い影が浮き上がってくる。

 土埃の中から姿を現したのは翼竜――青緑の鱗を持ったドラゴンだった。



 地面に舞い降りたドラゴンは翼をたたみ、静止した。グルルルと喉を鳴らすと、リグとハティが頭を下げた。


「お帰りなさいませ、ベルファレス様」

「……ベルファレス!? これがっ!?」


 わたしは言葉を失った。

 これは人間ではない。化け物だ。竜人族は化け物だったのか。


「これがベルファレス様がおっしゃっていた“真の姿”だ」

「正確に申しますと、“もうひとつの姿”になりますが。わたくしたちは冥界に棲むドラゴンの末裔、人間とドラゴンの混血により生まれた種族です」

「それが、竜の血を継ぐ者、ドラクの正体か」

「はい。おっしゃる通りです」


 信じられない。

 文明を手にした王国の人間にとって、ドラゴンは神話や物語の中の存在でしかなく、わたしも出会ったことさえなかった。それが今、目の前に生き物として存在している。


「本当に……ドラゴンがいたなんて……」


 驚きのあまり、それ以上言葉にすることができなかった。


「この穴はわたくしたちの始祖が人間界にやってきた時にできたもの。冥界への通り道と言われています。なので、冥界の力を借りてドラゴンの姿になることができるのです」

「今宵は新月、冥界の力がより引き出される好機だ」

「お、お前たちもこの姿になれるのか!?」


 リグとハティは「ああ」「ええ」と同時に返事をした。さも当然という態度をしている。


「生理現象としてドラゴンに姿を変える時はありますが、己の意志で変身するのは稀です。この世界で生きていくにはこの姿は不便ですので」


 遠慮がちにハティはドラゴン姿のベルファレスを見上げた。

 大きな洞窟だが、その座高は天井に届くくらいの大きさだ。


「おい」


 後ずさりしていたわたしの背をリグが捕まえた。


「ベルファレス様がお前に包み隠さずお姿を現してくださった。その想いを、お前はしっかり受け止めるんだ」


 背を押され、ドラゴンの目の前に差し出されてしまう。


 熱い鼻息を浴びるくらいまで近づくと、いよいよ生贄になった気分だ。


 大きな瞳は鋭く、人型のベルファレスと同じ。投げかけてくる熱い視線は、ドラゴンの体から放たれる熱気と相まって余計に熱さを増していた。鱗でザラザラした尻尾をわたしの体に巻きつけようと寄せてきた。


「ちょ、ちょっと……」


 思わず後ずさりして、尻尾を避ける。これに巻きつかれてしまえば、わたしの骨は容易く折れてしまう。

 ドラゴンの姿になったベルファレスはわたしにとっては怪物そのものだった。


 ベルファレスの瞳が少し寂しそうに見えたが、目の前の巨体を受け入れることができない。ドラゴンはのそのそと距離を詰めるが、わたしもその分、数歩下がる。


 後退を続けていると、ハティにぶつかった。彼女にそっと肩を掴まれる。


「ご安心ください。ベルファレス様はけしてあなたを傷つけません。あなたはベルファレス様が待ち焦がれた“女神様”なのですから」

「あ、あ、あ……」


 ハティの言葉が耳に入らないくらいわたしは動揺していた。


 ドラゴンの鱗は蛇にも似ていて、ベルファレスの飼い蛇であるオルグを想い出し、カタカタと体が震え出す。


「安心しろと言っているだろう!!」


 叫ぶと同時にリグが地面に拳を打ち込んだ。

 ドゴォンと衝撃音がして我に返る。


「お前が恐怖するのも無理はない。それはわかっている。これを見ろ」


 地面が拳状に抉れ、放射状にヒビが入っていた。

 

 その様に息を飲む。リグの拳が硬い岩盤を穿ったのだ。


「人の姿でも我々の力はこんなもんだ。真価を発揮すれば、小手先で人間を殺めることができる。ドラゴンの姿になればこの世界を壊滅させることだってできるんだ。それを理解しているからこそ、真の力を行使することはない。人間を追い返すために脅すことはあっても、お前たちを傷つける考えはねぇ。……いい加減、ベルファレス様を受け入れろ。このようなお姿になってまで、お前に腹のうちを明かそうとしているんだ」


 整理が追いつかない頭を落ち着かせ、静止しているドラゴンと向き合った。


 ベルファレスの瞳を見る。尻尾を避けてしまったことがショックだったのか、瞳には寂しさが滲んでいる。


「ご、ごめんなさい……!!」

「おいっ! どこへ!」


 肩を掴んでいるハティを振り切り、わたしは洞窟を飛び出した。燭台の松明を奪い、その灯りを頼りに暗がりの中、来た道を一人で駆け戻っていった。


 竜人族の城内にある自室に戻ると、扉の前にベッドやテーブルを寄せてバリケードを作った。


 しばらく経った後も心臓がバクバクしていた。

 

 異民族の首長からの求愛。しかも、相手が人間ではなくドラゴンだったなんて……。


 頭の中が整理できず、ベルファレスの想いを受け止めるどころではなかった。


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