第88話 マキラからの使者
「ジ~ン~隠れてないで出てくるのじゃ。」
俺を呼ぶ可愛らしい声が聞こえる。
現在俺たちは領主の館へと向けて移動を開始していた。
俺は出発前に受けた精神的な大ダメージによって未だにチサの前に姿を現せずにいた。
いや、現さずにいた。
「そんなに妾がお嫁さんというのが嫌だったのかの?」
そんな俺の様子にしびれを切らしたチサは今にも消え入りそうな寂しそうな声で言う。
俺はその言葉に心が痛くなって遂に気配遮断を解除する。
「嫌じゃないさ。俺の中で一番大切なのは間違いなくチサだ。」
その言葉にチサは眩しいくらいの満面の笑みを浮かべる。
「でもな。大切は大切でも俺にとってはチサを今お嫁さんとして認めるには抵抗があるんだ。うまくは言えないんだけどな。」
「ジンは意気地なしじゃの。」
「ぐっ......。悪かったな意気地なしで。」
俺は再度精神的なダメージで周囲に溶け込むように消えてゆく。
「ああああ! 待つのじゃジン! 最後まで妾の話を聞いてほしいのじゃ。」
俺は消えかける直前だったが、そこで気配遮断の発動を止める。
「ふうう。良かったのじゃ。ジンは意気地なしじゃ。妾が人外であるが故に嫁にするのをためらっておるのじゃろう。じゃが、まあ今日のところは『一番大切』という言葉が聞けたからよしとするかの。」
それを言い終えると消えかけの俺の肩の上に見事な踏切で宙を一回転して着地する。
「久しく乗れておらなんだが、やはりジンの肩の上が一番じゃ。無理に迫るような真似をして悪かったの。妾はやっぱり待つことにするのじゃ。でも、誰にもジンの一番の座は渡さぬからの。」
俺はそんなチサの言葉に恥ずかしさとうれしさで頭をかき乱される。
(ぐうう。俺にどうしろっていうんだよ。チサは。まだ結婚は、というかチサは大切だけどモンスターとか以前に見た目が......。)
そんな風なやり取りをしていた俺たちは、領主の館へと到着する。
そこにはこのアル・フォー・ラーゲルでは見ない華美できらびやかな見た目の人力車があった。
俺は、領主の館の中を分身を通して確認する。
中では、エルスとベガが使者であると思われる二人の女性に事情を説明しているところだった。
二人は同じ服装をしており、この都市では見ないような恰好をしている。
二人とも綺麗な顔立ちをしているものの、体型に関しては、持つ者と持たざる者とのまさに両極にあると言って過言ではなかった。
「そういうわけで現在アル様は現在消息不明なのです。」
「消息不明!!? ......失礼しました。あまりの衝撃に取り乱してしまいました。」
どうやら、アルの行方が分からなくなった事については話した様だ。
このまま見ていてもよかったのだが、どうせ同道するのであれば、俺が混じっても良いだろうという思いから、領主の館へと入る事にする。
「エルス、ベガ、待たせたか?」
俺は内部の様子を見ていたのでまだ、アルのことしか話していないのは知っていたが、そんなふうに尋ねる。
「誰だ? エルスに、ベガよ。今日は以前から我々が来る事を通知していたはずだろう。何故、客人がいるのだ?」
持たざる方の使者がそう言う。
エルスは少し冷や汗を浮かべてはいたものの、流石は年の功があると言えるだろう。落ち着いて対応する。
「これは失礼しました。こちらは今回のアル・フォー・ラーゲルにおける代表選手のジンとチサです。」
「ジンだ。」
「チサなのじゃ。」
「ほう? この二人が、ベガさえも凌駕すると噂の実力者か。とてもそうは見えんが。とはいえ何故この二人が今日領主の館へ来るのだ?」
その一言に思わずベガが馬面に苦い表情を浮かべる。だが、ベガが何か言い返す前にエルスが口を開く。
「実は彼ら、我々に同行したいというおりまして。私が許可を出しました。」
「はああ? 何を言っているんです? エルス殿は知っているでしょう? 我々が迎えに来たのはこんな子ども2人じゃ無くて領主様ですよ?」
それに対してこの老人何をボケた事をとでも言いたげな顔をして持たざる使者は言う。
「ええ。ですがその肝心の領主様がいないのです。その代わりと言っては何ですが、私がこの老骨に鞭打って出ようと言うのです。護衛の一人や二人居てもいいでしょう?」
エルスはすかさず、言葉を返してゆく。それに持たざる使者が言い返そうとする。
「だが―。」
「いいじゃな〜い。この子達可愛いんだしさ。」
口を開こうとした矢先、ここまで沈黙を保っていた筈の持つ方の使者がエルスの言葉に賛同する。
「なっ。それが許される訳にはいかないだろう! シルヴィエ。」
持つ方の使者はシルヴィエと言うらしい。
俺はそのたわわに実った肢体を見て感心する。
だが、その時、俺の肩の上に座っているチサから、鼻と口を水で塞がれる。俺は突然襲って来た無呼吸の苦しみにチサに抗議の目を向けるも涼しい顔をして受け流される。
結局俺はこの時から、会議が終わるまでの間窒息し続ける事になる。
そんな俺たちを置いて話は進んでゆく。
「あら、リリエット? 今は緊急事態が起こっているのよ? なら従来の規則のことを言っている場合じゃないわ。結局のところ私達は使者として手ぶらで帰る訳にはいかないんじゃない?」
「ぐ......。言われてみればそうだな。仕方がない! その者達とエルス・ベガに同行の許可を出す! ここで想定外の時間を使ってしまった故に詳細は移動中に話すこととしよう。」
こうして、俺たちは使者であるシルヴィエとリリエットに何とか認められ俺、チサ、エルス、ベガ、更には今回の件に関わっているという理由でギュジットとその家族が乗る人力車は、マキラへと向けて移動を開始するのだった。
この作品とは関係ないですが、昨日、遂に今年一年楽しませて貰ったゲームを辞めることにしました。
モチベが無くなった訳じゃないんだけど、リアルで色々あって、心が死んでしまいまして...。
一介の大学生にはバリバリのPVPゲーは限界があったのかもしれません。
とはいえ、ここで一緒に遊んでくれた人達との思い出はずっと僕の宝物です。
では第89話気合入れて書いていこうと思います。




