第99話 陰謀渦巻く夜明け
今話はストーリー構成上ちょっと短いですが、お許しくださいm(__)m
ジンがデウス領に到着した頃、マキラ領では......。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
右腕が無くなり、受けたダメージでズタズタになった漆黒の羽を持つ男が地面に倒れる2人に、苛立ちをぶつけるかのように踏みつけていた。
「何故! 何故! 何故! 途中までは上手くいっていたではないか。お前らのせいで全てが狂った! これほどのダメージを負っては流石の私であっても回復に時間がかかりすぎるではないか!」
そう、この異形の男はアルだ。
そしてアルの足元に倒れているのはマキラとデウスだった。
彼は、自分の得た力の巨大さを過信し、2人の領主に時間を与えすぎたのだ。彼は自分の怒りを晴らすために彼らが死なない程度の攻撃を繰り返したのだ。
結果としてアルは手痛い逆撃を貰うこととなる―。
「そんなに取り乱してどうした? そこに倒れているのは例の二人ではないのだろう?」
既に亡き二人を踏み散らしているアルに背後から黒いボロ切れを纏った男が皮肉げな笑みを浮かべて話しかける。
その声にアルはピタリと動きを止める。
「そ......それは―。」
アルは咄嗟に言い訳しようとするも言葉が出てこない。その結果としてアルは突然その場に現れた男に何も話せない。
「ふっ。まあいい。お前はその程度の男だったと切り捨て―。」
「違う! 待ってください。今度は油断しません。必ずあの二人を殺してみせます。ですから、もう一度チャンスを......。」
アルは言葉を発することができない。目の前にいる男が放った殺気に当てられてしまっていた。
「おいおい。そう何度もチャンスがあるわけが無いだろう? お前は馬鹿か? 普段下界にいない俺にだって分かるぞ。次、お前の前に現れるあの二人にお前が勝てないことくらいはな。」
「そこを何とか......! もう私には後がないんです。もう油断しません。一瞬で殺しにいきます。彼らを倒せるのならなんだってします。ですから......。」
「なんだってするだと? なら俺が死ねと言えば、死ぬのか?」
「そ......それは。」
アルは自身の失言を悔いる。普段のアルだったなら絶対にしない発言もこのいつ自分が処断されてもおかしくない緊張感の中で、必死になりすぎるあまり口から出てしまったのだ。
「ふっ。すまないな。少しいじわるだったな。」
ボロ切れの男はまるで幼い子どもをからかうようにアルへと言葉を紡いでいく。だが、当のアルは生き残るために必死だった。
「お前のその想いに応えて一つ力を貸してやろう。」
「本当ですか!??」
「ああ、だが、今お前には、お前が自我を維持できる限界まで力を貸している。ここから更に渡せばお前の自我が残らんかもしれないがそれでもいいか?」
アルは考える間もなく即答する。
「お願いします。」
「分かった。3日貰おう。力の移管のついでにその無くした腕と傷だらけの羽も治してやるよ。」
「ありがとうございます!」
アルは胸を撫で下ろす。アルにはこのボロ切れの男にすがるしか道はなかった。このままジンとチサに襲われればなす術なくやられるのは目に見えて分かっていた。
だが、今以上の力を与えて貰う許可を得たアルはこれでジンとチサが襲ってきても対抗できると確信する。更に、ジンとチサを倒せばこの大陸の独裁者として君臨できると。
そんなアルを見てボロ切れの男は、先ほどまでアルに向けていた笑みとは違う、見るだけで寒気が止まらないような鋭く、獰猛な笑みを浮かべていた。
アルは理解していなかったのだ。自我を失うという真の恐ろしさを、その本当の意味を。
こうしてボロ切れの男に連れられたアルはまるでこの場から霧散するかのようにして消えてゆく。
朝陽に照らされた闘技場には、二人の領主の亡骸と、ただただ呆然と立ち尽くす人々だけが残されるのだった。