第97話 再起への敗走
俺へと殺到した黒・ジンの群れを全て受けたが辛うじて俺は持ち堪えることに成功する。
「やはりジンは妾の主人様じゃのう。アレを受けてまだ立っておるとはの。」
土煙が晴れ、俺の姿を確認したチサはやけに嬉しそうだった。
観客達からは立ち上がる俺の姿にどよめきが巻き起こる。どうやら気配遮断が解けてしまっていたようだ。
俺は土煙が完全に消える前に切創の部分に再度気配遮断をかけ直す。不死身と自動回復の技能の力の詳細を見せぬ為に。
「チサ、この1ヶ月ですごい技を覚えやがって。まさか吸収だけじゃなくて全部、数倍の威力でお返しとは。」
「ふふっ。ジンはここ1ヶ月妾にあまり構ってくれなかったからのう。一泡吹かせてやろうと思っての。じゃが、流石にジンの技を全部弾き返すのは骨が折れたの。妾もう魔力が空で動けないのじゃ。」
こうして、チサが、正式に降参すると、会場はスタンディングオベーションで包まれることとなる。誰一人として俺たち2人の決着に異論を挟む者は居なかったのだ。
だが、それは長く続かなかった。
突如として会場を照らし出していた光が全て消えたのだ。俺はチサを引き寄せる。
その瞬間、急な停電によって恐慌状態になった会場全体に聞き覚えのある声が響き渡る。
「聞け!今この場に集いし民たちよ。私の名は、アル・フォー・ラーゲル現領主アル・ロックバレーだ!」
その言葉に会場の恐慌は混乱へと変わってゆく。この場から去ろうとする者、なぜ病気でこの場にいないはずのアルの声がするのかと疑問に思う者、この大規模停電の原因ではないのかと非難する者など、会場内の数万という者達が思い思いの行動を取り始めたのだ。
電源が復旧しない上に数万人のうねりとも取れる大混乱を治安部隊は奮闘してはいるのだが、抑えることが出来ない。
そうこうしているうちに会場にアルの声が響き渡る。
「今より、私アル・ロックバレーがこの大陸の盟主の座に着く。そして、それに伴い、この大陸の都市の名フォー・ラーゲルを廃止し、新たに、我が名から、アルジレストをこの大陸の主要都市名として名付けよう。」
「ふざけるなああ!」
「急に何を言ってやがる!」
「マキラ様やデウス様がそんなこと認める筈が無いわ!」
会場は大混乱から一変してどこからともなく勝手なことを喋るアルに対する抗議と怒りに染まってゆく。
「黙れ」
突然アルがそう言葉を発した。その瞬間、会場は不自然なまでに鎮まりかえり、次の瞬間、会場に居た全ての人々が一斉に同じ言葉を発したのだ。
「「「はい! アル・ロックバレー様。我らはアル・ロックバレー様の手となり足となる永遠の忠誠を誓います。」」」
俺はその力に恐怖を感じる。
「一体どうなってやがる......? だが、なぜ俺やチサには効果がないんだ?」
「妾にもわからぬ。じゃが、これだけの力を振るうということは、この大会で消耗した妾たちで相手するのはきついのう。」
「ジン、チサ。私は貴方達が潰し合うのを待っていたのですよ。あのお方から力を頂いたとはいえども貴方たち二人を同時に相手はできませんからね。見事に消耗してくれて、こちらとしては嬉しい限りです。何せジンは私を探す分身を打てず、チサは魔力が空なのですから。」
悔しいが、アルの言う通りだった。俺はチサのカウンターを防ぐために大量の分身を身代わりにしたこともあって既に魔力は空に近い状態だった。
不死身や自動回復があるとはいえ、体力が1になれば当然ほぼ行動不能になるのだ。そんな状態からの再生を未知の相手に見せない為に魔力を使ったことが裏目に出てしまっていた。魔力は眠らねば回復しないのだから。
だがその瞬間、会場の一点に向かって眩いほどの鋭い光の光線が走る。
「うわああああああああああ!一体なんだと言うのですか!?? ジンやチサ以外にこの場で動ける者がいるとでも?」
「ふん! あたしを忘れて居るとは何事にも周到なアルにしては油断が過ぎるんじゃないかい?」
なんと、その光線の先にはマキラが立っていた。そしてその隣にはもう一人のリーゼントをキメた長身の男が立っていた。
「アル、誤算だったな。どうやら俺たち領主は操れなかったようだな!」
「小賢しい蝿が喚きますねぇ!! いいでしょう。ジンとチサから殺す予定でしたがお望み通り貴方たちからお相手させて頂きます!」
そう言うとアルは遂に宙を舞って姿を現す。
その背中には漆黒の2対の羽が伸び、頭からは歪曲した3本の角が突き出していた。
肌は紫がかった色に変色しており、とてもではないが人間と呼べる代物ではなかった。
「おやおや。アル、あんた遂に落ちるところまで落ちたようだね。まさかたかが不正の一つを隠す為に人外にまでその身を堕とすとはね。」
「なんとでも言うと良いです! どうせ貴方達は数分後には口の聞けぬ藻屑となるのですかッッ―。ぬあああああああああああ!」
その瞬間マキラがアルへ向かって恐ろしいほどの光の塊をぶつける。
「何も見えないぞ!!!??? くそが! マキラああああ! お前私に何をしたああああああああ!」
アルは周囲に向かって怒鳴り散らすもその言葉は誰に誰も返事はしない。
その時、俺の脳内に声が響く。
「ジン! 初めましてだな。俺はデウス。今は時間が惜しいからよく聞け。恐らく俺とマキラの見立てでは俺たちではアルの足止めが精一杯だ。だが、ジン!お前なら、その傷を癒せば奴を倒せるはずだ。本当は俺たちで倒せりゃいいんだろうが恐らくは無理だろう。時間を稼ぐ。その間にお前はチサを連れて逃げるんだ。」
「だが―。」
「つべこべ言ってんじゃねぇ! この大陸の未来はお前たちに預けた。よそ者に頼まなきゃいけねぇのは情けない限りだが、頼む。この通りだ。俺は信じてる。闘技大会中にマキラから聞いたお前たちの人柄とさっき魅せてくれた強さをなっ!」
俺は反対したかった。ここには、俺と繋がりにある人が多くはないが少なくもないくらいには居る。それを再起の為とはいえ見捨てるのは俺の心に鋭い楔となって突き刺さるような痛みを感じさせた。
だが、今のままではアルを倒し切るほどの魔力を俺もチサも持っていないことも確かだった。結局俺はその声に従って、アルの目が眩んでいる間になけなしの魔力でチサと俺に気配遮断をかけるとその場を後にするのだった。
否、そうするしかなかったのだ―。