第2話。
「なんでこんなことにっ……」
息を切らしながら走り続ける。
そして俺の頭の中にはあの悪夢が蘇る。
「皐っ……」
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「はい、本田 一誠君」
教卓をトントンと指で軽く叩きながら、先生が言う。
「うっす。本田一誠です。
好きな食べ物はみかん。
好きな教科は体育っす」
俺が通っているこの学校、藤咲中学校の1年1組では、自己紹介が行われている。
自己紹介はなぜか入学してから1ヶ月後に行われた。
大体みんな名前覚えちゃったってば。
俺の紹介については、さっき言った通りだ。
「次〜、結崎 紫織さん」
赤縁メガネの女の先生が、今度はメガネのフレームをトントンと叩きながら言う。
結崎紫織。
この女は、俺の妹“だった”、本田皐の親友だった人だ。
そしてまた、俺の好きな人でもある。
紫織はこのかなり頭のいい学校、
藤咲中学校の中で1番頭がいい。
中学3年生の人達も、
高校3年生の人たちも圧倒してしまうぐらいだ。
とにかく、天才。
こんな天才と親友になった皐って、一体何なんだろう。
皐も頭はいいし、運動神経は神レベルだし、凄かった。
けれどあの悲劇で、そんなのなんてどうでもよくなった。
“聖ハスカ突然大量死事件”
世界一の名門校、聖ハスカ小学校で起こった事件。この学校に、6年1組のメンバーとして俺の妹は通っていた。この聖ハスカ大量死事件では、聖ハスカ小学校6年1組の人のみが死んだのだ。36名が全員死んだのだ。
もちろん俺の妹、皐も。
その中で唯一生き残ったのが、
聖ハスカ小学校で1番頭がいい……
つまり、世界中の小学生の中で1番頭のいい人だ。
それは、あの“紫織ちゃん”
それも、何事もなかったかのように、
傷一つ負っていない状態で生き残ったのだ。
そして不思議なことに、俺の学校でも聖ハスカとそっくりそのまま同じ事件が起こったのだ。
俺以外全員死んだわけで。
俺が当時好きだった有村 夏実も死んだわけで。
だから俺と紫織は同じ境遇だから
すぐに仲良くなれたんだ。
だから初めの方は、
「頭脳の天才、結崎紫織と、
笑いとスポーツの天才、本田一誠、
我らが片桐絵糸、
女子力高すぎ、冬坂然闇、
合わせて天才カルテット! 」
なんて言われてた。
天才なんて言われたの初めてだから、ちょっと驚いた。
「絵糸くぅ〜ん! 」
「おい、一誠、助けろ」
お、丁度この2人の紹介をしようと思っていた。
まず、初めのキモい声出してきたこの女が絵糸を異常なほどに好いている、
冬坂 然闇。
冬坂は女子力が超高いで有名。
すぐぶりっ子になるけど、
女子力が高いから、女ともいい感じに
仲がいい。
そんで次に俺に助けを求めてきたのが
片桐 絵糸。
クールな瞳とSっ気溢れ出す口調で、
女子から絶大的な支持を得ている。
俺と同じぐらいモテている。
(別に俺がモテてるって言いたいわけじゃないからな? )
「あ、冬坂さんと片桐くん。
なにか久しぶりね」
紫織が相変わらず大人っぽい口調で言う。
おっと、紫織の説明が少し足りてなかったかな?
結崎紫織。
世界で1番頭が良く、
鋭い瞳を持っている。
“着こなすのが難しい”
と言われている藤咲中の制服を、
見事に着こなしている。
髪は腰辺りまで伸ばして、
その髪を頭の上の方でいわいている。
紫織のノートはとても綺麗で、
常に黒板に目を向けている。
本人曰く、中学に入ってからメガネをつけ始めたらしい。
ストレスで視力が急激に落ちたらしい。そんなことあるんだな。
男からはモテモテ。
まだ始まったばかりの中学校生活だが、早くも年上から告白されているらしい。
それも数え切れないほど。
同じ学年の俺も尊敬する。
「おっす。
ってか、絵糸喋るの久しぶりじゃね? 」
そう。絵糸は普段あまり喋らないのだ。すっかり声を忘れてた。
そして俺がそう言うと、絵糸は途端にまた喋らなくなってしまった。
わりぃな、絵糸。
あ、絵糸といえば、あれだな。
俺が紫織のことが好きだって最初に見抜いたやつだな。
さっきも言ったけど、
この4人で天才カルテット。
紫織はこの天才カルテットと呼ばれることをものすごい嫌ってる。
なんでかはあまり深くは聞いてない。
ザワザワザワザワ……。
ん?
なんか騒がしいな。
それに、藤咲中に来た時から、
やけに静かだなんて思った。
なんつーか、学校全体が静か。
このクラスは騒がしいが。
なんだ?
なんかこの感じ、どこかで感じたことがあるような気がする。
紫織の顔も青くなっている。
これは……?
「ッーーーー。ツッツーーーー。
えーっ……。藤咲中学校1年1組の皆さんに連絡です。
単刀直入に言うと、まぁ、今から
殺人ゲームを始めます」
途端にクラス中が騒つく。
俺の心臓の動きが早くなっているのが分かる。
嘘だろおい……。嘘だろ?
嘘だと言ってくれよ。
あの悪夢を再び? まてよ……。
本当にマジで?
「嘘だろ……。
またかよ!?!?ふざけんn……」
俺が怒鳴りかけた時に紫織が
相変わらず落ち着いた口調でこう言った。しかし、落ち着いているようにみえて、その声は震えていた。
「みんな、騒つかないで。
この放送が冗談と思った人もいるかもしれない。
けど、この放送は恐らく“マジ”よ。
ね? 本田君? 」
突然紫織が俺に振ってきたから、
俺は「おぉ、おう」と少し変な感じに返事をしてしまった。
「とりあえず今から私の言うことを落ち着いて聞いて。
まず静かになって。
そして落ち着いて放送を聞きなさい」
紫織と俺はこの状況を体験したのは2回目同士だ。
藤咲中の結果発表の日に殺人ゲームをお互い体験していたということを知り合ったという感じだ。
そして紫織は俺とは落ち着きさがケタ違いだ。改めて尊敬する。
「ルールを説明します。
制限時間は明日の日の出まで。
殺人ゲームという名の鬼ごっことでも思ってください。
ただし鬼に見つかったら、ほぼ確実に死ぬと思ってくださいね」
「し、死ぬ……!? 」
冬坂の高めの声が教室に響き渡る。
気づいたら一組の担任がいなかった。
どうせまたあれだろ?
先生に追いかけられんだろ?
前の渡辺 碧みたいに。
「鬼は1年1組担任と3組担任の、
宮沢先生と前田先生だ」
そこで再び、驚きの声が聞こえてくる。
「み、宮沢先生!?
うちらの担任の宮沢 莉乃先生!? 」
宮沢が鬼なのは察せた。
だが、鬼が宮沢以外に前田 史也も追加されているのに少し驚いた。
まぁ確かに、人数も増えて、足の速さも速くなった中学生だから、
一人じゃ手に負えないってことか。
そう考えると考えられなくもない。
「しっ! 静かに! 」
紫織のその合図で、騒がしくなっていた1組が、一瞬にして静かになった。
紫織が小学生の頃どんなキャラだったのかも、何となく想像できる。
「それでは、鬼出動までカウントダウンをします。10……9……」
その声で、クラス中の人が全員一組から出る。
さすが名門校。
生徒たちの飲み込みが心ヶ丘より早い。
あ、心ヶ丘は俺が前まで通ってた小学校のことね。
そんなに頭がいいわけじゃないから、
殺人ゲームが始まってすぐはみんなテンパってたなぁ。
春日が殺された時は本当に
死んだと思ったな。
目をギュッとつぶると、まるであの頃に戻ったかのように、つい最近のことのように、あの頃の記憶が蘇ってくる。
「皐……」
俺が思わずそう呟くと、
紫織は俺の方を向いて
「優しいお兄ちゃんを持ったんだね、
皐は」
と言った。
「8……7……6……」
「よし、逃げよっか! 」
紫織と俺は、1組を後にした。
そして俺は少し不思議に思ったのだ。
「このスピーカーから聞こえる声、
どっかで聞いたことねぇか? 」
紫織は首を傾げながら、
「さぁね」
と言って、足のペースを少し早めた。




