32 蜘蛛
なんだこれ(自問)
ミサーナが学校に通い始めてから、二年経った。
その間、それはそれはもう聞くも涙、語るも涙な出来事が……特に無かった。
精々ミサーナがアルフェルにこき使われたくらいで、平和そのものだった。
「平和、だったんだけどなぁ……」
「ミサーナ!そっち行ったわよ!」
「あぁぁああ!?助けて!タスケテ!」
「あぁ!?リオンが集られた!?」
そうポツリと呟くミサーナの前には、大量の蜘蛛がいる。
一匹一匹のサイズは20cm程で普通にデカイのだが、何より数が多い。正確には判らないし数えていないが、七百は下らない気がする。
「ちょっ!ちょっと待って!ホントもうム……リ……」
「リオンー!?」
どうしてこうなった。
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時間は少し遡る。
入学から二年が経ち、ミサーナは三度目の夏休みを迎えた。
ただ、勿論休ませてもらえる筈もなく、案の定アルフェルから任務のお達しが来た。のだが、その任務はいつもと少し毛色が違った。
というのも、仲間を連れて行け、と言われたのだ。
なんでも、生徒達にも経験を積ませておきたいらしい。
そして、その仲間に誰が選出されたかは、言うまでもないだろう。
アリアとリオンだ。
この二人とも、二年の間にかなり仲良くなった。元々アリアとは仲良くしていたのだが、リオンとも仲良くなれた。
人見知りだったらしく、最初の頃はまともに話せなかったが、二年も経てば流石に慣れる。
そんなわけで、二年の間にミサーナが最も仲良くなったのは、この二人だった。
それで、話を戻そう。
今回の任務は蜘蛛の魔物、土蜘蛛の討伐だ。
土蜘蛛は名前の通り土魔法を使う巨大な蜘蛛、らしい。
実際、途中まではそうだった。
任務を命じられてすぐに、ハンナによる安心安全安定の転移魔法で土蜘蛛のところまで送られたミサーナ達は、早速発見した土蜘蛛と交戦を始めた。
「行くわよリオン!」
「う、うん!」
そう言って、二人が土蜘蛛に突っ込んでいった。
今回ミサーナはサポート係だ。そうしないと、経験にならないので。
ただ、二人が怪我をしそうになったら全力で助けに行くつもりなので、今回の任務で失敗する事はないだろうと、そう思っていた。
事件は、突然起こった。
アリアとリオンが、特に危なげもなく順調に土蜘蛛に魔法を当て、最終的にトドメを刺したのだ。因みにミサーナは何もしていない。
ここまではなんの問題も無い。むしろ上出来と言ってもいいだろう。
ただ、問題はこの後起こる。
トドメを刺した土蜘蛛が爆発したのだ。
別に『爆裂弾』を撃ったりはしていない。
それなのに、何故か土蜘蛛の腹が内側から弾けた。
だが、これだけなら事件などとは言わない。大事なのはこの後だ。
その弾けた腹から、小さな土蜘蛛が溢れてきたのである。
それも、どう考えても腹に入りきらないであろう数がだ。その数は、凡そ七百くらいだろうか。まぁ、数えるのも馬鹿らしくなる数なのは間違いない。
そして、場面は冒頭に戻る。
この状況を一言で表すなら、大惨事が相応しいと、ミサーナは思う。
リオンは蜘蛛が全身に張り付いたショックで失神。アリアはそのリオンを助けに行こうとし、より多くの蜘蛛に張り付かれる。地味に蜘蛛が苦手なミサーナは蜘蛛を焼き払おうとするも、二人と森に配慮して火魔法の使用も控えざるを得ない。それと、下手な方法で倒すと、体液が飛び散り更に悲惨な状況になる為、迂闊な事も出来ない。
なるほど、大惨事だ。
今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるミサーナだが、二人を見捨てるわけにはいかない。
因みにだが、ハンナは転移でさっさと逃げた。薄情すぎる。
今は姿が見えないメイドへの憤りを糧に、全く数が減っているような気がしない蜘蛛を駆除する。
そして、ミサーナがちまちまと蜘蛛を駆除しているうちに、アリアがリオンを救出した。
ただ、リオンが目覚める様子はなく、アリアは彼の守りで精一杯らしい。
ミサーナもどうにかアリアのフォローにも向かいたいが、蜘蛛が邪魔で進めない。
その中をミサーナは無理矢理進もうとし、ミスをした。
それまで蜘蛛の駆除は、一度凍らせてから砕いていた。
「あ」
しかし、それを間違えた。
凍らせる前に潰してしまったのだ。それも、自分より上に居る蜘蛛を。
するとどうなるか。
まぁ、考えなくとも分かるだろう。
ミサーナに青味がかった半透明な蜘蛛の体液がブチまけられた。頭からしっかりと。
妙に冷んやりとしていて、とても気持ちが悪い。生温かくても気持ち悪かったと思うので、どっちが良いかは微妙だが。あと、なんか臭いがキツイ。生臭くて鼻にツンと来る。
とりあえず、アリアとリオンの救助を放棄して、『障壁』を張る。これで蜘蛛は近づいて来れない。
最初からこうしておけば良かったのではないか、という思考が頭を過るが、もうミサーナは気にしない。気にするほど心に余裕が無い。
『障壁』に群がっている蜘蛛を見なかった事にして、『水球』を頭から被り、体液を洗い流す。まだ少し臭うが、そのままにしているよりは余程良い。
少しだけ気分をリセットしたミサーナが、『障壁』を張ったまま二人に近付いて行く。本当に、最初からこうしておけば良かった。
紆余曲折を経て、無事(?)二人とミサーナが合流した。
あとは蜘蛛を駆除するだけだ。
そして、その為にミサーナが発動させた魔法は、『大焼失』。効果は単純で、辺り一帯を焼き尽くす魔法だ。火魔法を控えるとか言っていた気がするが、二人はもう確保しているし、森については、もう気にしない方向で。
残念ながら、今のミサーナにはそんな事を考えている余裕が無い。今考えているのは、早く帰って全身を石鹸で洗いたい。それだけだ。
ともあれ、森への配慮は放り投げられ、『大焼失』は発動された。
流石『大焼失』などと名付けられるだけあって、その威力は中々のものだ。
今も『障壁』の外で、大量の蜘蛛と木々が焼け焦げ、灰と化している。
ギィギィと汚い音を立てながら蜘蛛が苦しんでいるが、現在のミサーナに慈悲は期待出来ない。特に蜘蛛相手では。
どうにか『障壁』を砕こうとした個体もいたが、そんな健気な抵抗も虚しく、炎に包まれ消えてゆく。
そんな光景を何度か繰り返し、ミサーナが『障壁』を解除した時、そこに残っていたのは、アリアと、リオンと、灰と、木々の燃えかすだけだった。
「終わったの……?」
アリアが、そう言った。
「うん、全部終わったよ……」
ミサーナがそう応え、ふと、空を見上げた。
その時見えた空は、不思議と、いつもより美しかった。
このあと滅茶苦茶風呂入った




