3741.間接的な抗議
モーフが働く工場も、工業高校も帰りに寄る店も、エアコンが効いて家よりずっと涼しかった。
戦争が終わるまで、エアコンと言う機械の存在を知らなかったが、これも、魔道発電機のお陰で、貧乏人でも戦前より使いやすくなったものらしい。
モーフと母ちゃんが住むアパートは毎日、暑さで寝苦しい。工場や学校では寝不足が続く身がホッとして、つい、気が緩んでしまいがちだ。
工場では単純作業の区画でラジオを流す。社長は居眠り防止だと言っていた。
ラジオのおっちゃんジョールチが、一緒に旅した頃と変わらない声でニュースを読み上げる。
「十時のニュースをお伝えます。一昨日、午前八時十二分頃、租借地の仮設アルブム港湾病院で発砲事件がありました」
……病院で発砲? 星の標のテロか?
モーフは手が止まったが、先輩と目が合って慌てて作業を再開した。
ラジオのおっちゃんは、いつもの調子でニュースをわかりやすく読んでくれる。
「この直前、アーテル軍フリグス基地では巨翼の顎が出現。アーテル陸軍とバルバツム連邦陸軍は、兵員輸送車や救援物資輸送車などで東西に分かれて避難しましたが、道路上で西行き火の雄牛、東行きは双頭狼に襲われました」
……あれっ? こないだ、ニュースの板で、フラクシヌス教団の神官戦士が食い物とか運ぶってやってなかったか?
「我が国の租借地駐留部隊が出動し、生存者を仮設アルブム港湾病院に搬送しましたところ、バルバツム連邦陸軍に所属する兵士の一人が、診察中のセプテントリオー殿下に発砲しました」
「何でだよッ?」
モーフは思わず疑問が飛び出した。
久々に市民病院のセンセイの呼称が出たと思ったら、ロクでもないニュースだ。
工具を握る手に力が籠る。
「あぁ……まぁ……俺も気になるけど、仕事してくれよ」
先輩に苦笑され、モーフは身を縮めて頷いた。
「セプテントリオー殿下は、軍医用白衣を着用しておられた為、ご無事です。バルバツム連邦軍の兵士は、魔獣の襲撃で錯乱状態にあったとして、不問に付されましたが、跳弾で負傷しました」
跳弾は、弾丸が何か固いものにぶつかって跳ね返ったものだ。予想外の方向から飛んで来て、自分や味方に不意打ちを食らわせ、当たり所が悪いと死ぬ。跳弾が自分や味方に当たらないように弾道の読み方を訓練しなければならない。
モーフは、星の道義勇軍の訓練で教えられたことを思い出した。
……センセイ、撃たれたのに怪我しなかったんだ?
軍医用白衣とやらがどんな服か見たことはないが、銃で撃たれても平気なくらい頑丈な魔法の服なのだろう。
モーフたち無原罪の清き民が着る普通の服では、こうはゆかない。撃たれたら運が良くても大怪我、当たり所が悪ければ死んでしまう。
「錯乱状態でセプテントリオー殿下を銃撃したバルバツム兵は、魔獣に襲われた際の骨折と銃創の治療を受け、回復しました」
……って言うか、センセイ、仕事できるようになったんだ?
じわじわ喜びがこみ上げる。
「ラキュス・ラクリマリス王国政府とラキュス・ネーニア王家は、恩を仇で返す愚行であるとして、キルクルス教団を通じ、バルバツム連邦政府に共同で抗議しました」
……教団が? あぁ、ローク兄ちゃんがバルバツムの野郎に文句言ってくれたんだ?
戦時中、一緒に旅したローク兄ちゃんは、魔哮砲戦争が終わってから割とすぐ、キルクルス教の大司教になった。
今はクレーヴェルの教会に居るが、時々はモーフたちの住むリストヴァー市の教会にも来てくれる。
……でも、何で国が直接文句言わねぇでローク兄ちゃんに伝言頼んだんだ?
「これに対して、バルバツム連邦政府は、救急搬送時の武器の管理に不備があったとして、反論しました」
「はぁ? センセイに迷惑掛けた癖に謝らねぇで言い返すとか何様だよ?」
「モーフ、そいつらここに居ねぇんだから、仕事しろ。なっ」
先輩もニュースの内容に腹が据えかねるようだが、今は仕事中だ。うっかりすると怪我をする。
モーフは頷いて作業に戻った。
市民病院のセンセイが働き過ぎでぶっ倒れた後、工業高校の教室で、年上の同級生に言われた言葉がモーフの中を駆け巡る。
その医者、仕事多過ぎてぶっ倒れたんだろ?
だったら、医者の仕事増やさないように病気も怪我もしなきゃいい。
バルバツム兵は魔獣に襲われた怪我だけでなく、自分がセンセイを撃った時の跳弾で大怪我して、センセイに余計な手間を掛けさせた。
……ちょっと魔獣に襲われたくらいで誰彼構わず撃ちまくるようなビビリ、軍隊なんざ辞めちまえばいいのに。
モーフは一日中、怒りで身体が熱かった。
日曜、モーフは工業高校の宿題そっちのけで山裾の畑へ行き、蝉に負けない大声でソルニャーク隊長に聞いてみた。
隊長が、夏蒔き用の畝を作る手を休めずに即答する。
「王国と連邦には国交がないし、王国が国連を脱退して、直接話せる場がないからだ」
「えッ? 国同士なのにサシで話せねぇの?」
「戦時中までは国連に加盟していたから、バルバツム連邦のサンデラエ市に我が国の事務所があったのだが……憶えているか?」
「えぇーっと……何か、会議したのにネモラリスの偉い人が喋り始めたらみんな会議室出てって聞く耳持たなかったとか何とか言ってたっスね?」
モーフは記憶を手繰ったが、その会議室がどこにあるか思い出せなかった。
「我が国は、昔からバルバツム連邦とは国交がないが、国連を通じてなら対話できた」
「へぇー……? それって、ネモラリスの頃からっスか?」
「その頃もそうだが、旧王国時代からずっとだ」
「何でっスか? 遠いから?」
「さぁな?」
ソルニャーク隊長にもわからないコトがあるらしい。
モーフは質問を変えてみた。
「それで何で、役所の偉い人はローク兄ちゃんに伝言頼んだんスか?」
「バルバツム連邦は、憲法では信仰の自由を謳って国教を定めないが、新しい大統領が就任した際は、連邦議会の議場でキルクルス教の聖典に手を置いて宣誓するなど、実質的にはキルクルス教国だ」
「それって……例えば、フラクシヌス教徒が大統領になったら……フラクシヌス教って聖典ねぇのにどうするんスか?」
モーフは新たな疑問が涌いた。
☆ニュースの板……「3126.ニュースの板」参照




